第4話 捨ててやる

 改めて勝手に入ったことを詫びられたが、そのおかげで元気になれたので、逆にお礼をいうことだ。


「カイ、来てくれてありがとう。助かった」


 お礼を伝えると、急にそっぽをむく。

 ベッドから降りようとすると待ったがかかった。


「治ったみたいに思えても、体力使ったはずだし、今日は寝てた方がいい」


 わたしは素直にカイの言葉に従って、また横になる。


「それより、お前、いつからひとりなんだ?」


「4日前」


「通いのメイドさんが来てたのか?」


 多分、屋敷の外から鍵がかけられているからだろう。


「……うん、そんな感じ」


「親は?」


「……知らない」


「名前は?」


「ない」


「あ?」


「呼ばれたことないから、わからない」


 あるのかどうかさえも。


 ばあやの雇い主は裕福な部類に入るだろう。小さくてもこんな庭付きの家だし、ちょろっと聞いただけだが、7年であれだけ貯められる金額を生活費として渡されていたぐらいだ。

 裕福だが、わたしを見るのも近くにいるのも嫌なんだと思う。だから名前もつけられてないかもしれないと思う。名前があったら、○○お嬢さまって、ばあやは呼んでくれたと思うから。


 カイを見上げれば眉根を寄せた顔で口をへの字に結んでいる。


「今日はもう寝ろ。明日、また来る」


 床に置かれたカイのバッグから何かを出した。新聞紙に包まれた何かを枕元に置く。


「食べられそうだったら、食え」


「あ、ありがとう」


「じゃあな」


 背を向けてカイが出ていった。


 体を起こして、枕元に置かれた新聞紙を広げてみる。

 あ、パンだ。UFO型で上の方に蜜がかかっている。

 甘い匂いに誘われてぱくっと食いつく。パンというかスコーンをもっと固く、そして密集させたような噛みごたえ十分なものだったが、上の蜜を含んだところはちょっと柔らかくなっていて、味もあっておいしい。喉を詰まらせそうになって慌ててお水を飲んだが、カイの優しさに泣けてきそうだ。カイが来てくれなかったら、どうなっていたかわからない。


 バッグちゃんに中にポーションが入っているか尋ねてみると、初級、中級、上級と揃えられていた。ただ、10歳以下が使うのは初級のみと注意される。

 わたしは子供なだけでなく、この世界のことを何も知らない。貨幣の価値も。この状態でひとりで生きていくには無理がある。


 食べたら元気が出てきたので、日が暮れる前に、家の中をチェックだ。何があるか、持ち出すものを決めて、バッグの中にどんどん入れていく。


 裁縫道具、大人用ではあるがハサミがあるのは良かった。

 替えのシーツやカーテンは使いどころがいっぱいだ。バッグちゃんに聞いてみたところ、高性能で妖精の粉を使ったバッグはなかなかないものらしいから、偽造しようと思う。


 ということで、大きいものを入れるための風呂敷が必要だ。風呂敷は優秀だ。結び方次第でいろんな手提げとすることができるのだ。そんな企画のページを担当したことがある。風呂敷作家さんからいろいろ聞いたし、ご本もいただいたので熟読した! ダミーバッグを買うまではこれでしのごう。


 カーテンの布地をただ四角くなるように切るだけだけど。大人用のハサミは両手を使わないと閉じたり開いたりができなかった。下に布地を置いてハサミを両手でギュッと閉じて切るを繰り返して進めたので、ガタガタなのは愛嬌だ。


 あと困ったのが靴だ。探したところ、柔らかい室内ばきしか持っていない。外に出ちゃいけないとされていたから、靴は不要なものだったんだろう。


 わたしは桶に水瓶の水を入れて、手拭いを浸し、それで身体を拭いた。髪も売りたいから洗いたいが、それは寒過ぎてできなかった。早いところお湯を沸かす能力を身に付けないと、これ以上寒くなったら命に関わる。課題はいっぱいだ。


 明日は髪を切り、その髪を売り、靴と服を買って、ここを出る準備をしよう。

 ベッドによじ登り潜り込むとスッと眠りに入っていけた。



 朝早いうちから、服を着替え、床に昨日のカーテンを広げた。カーテンを切るのも大変だったのに、髪はわたしの頭についている。置くということができない。

 首を傾げて髪を垂らし、両手をプルプルさせながらハサミを持ち上げ髪を切ろうとしているとドアが開いた。


「お前、何して!」


 早技でハサミを取り上げられる。

 カイの顔が真っ赤だ。

 これは何か勘違いさせた。


「あの、髪を切ろうとして」


「か……み?」


「髪って売れるって聞いたことあって」


 カイは長く息をはいた。


「今日も、メイドさん来なかったのか」


 うんとわたしは頷く。


「……教会に行くか?」


 カイは多分、孤児院を勧めてくれているんだと思う。


「うーうん、わたしは違う生き方をする」


「なんだよ、違う生き方って」


「教会じゃなくて連れて行って欲しいところがあるんだけど」


「どこだよ?」


「髪を売れるところと服が買えるところ」


 わたしはにっこり笑って見せる。


「本当に切るのか? 髪って女にとって大切なんだろ?」


「ん? 男として生きてくからいいんだ」


「は?」


「だって、女だと路上で眠っちゃだめなんでしょ? だから男になる」


「髪きったぐらいで男にはなんねーだろ?」


 強い調子で言われる。


「それはそうだけど」


「まさか、お前、俺たちのシマに入り込もうとしているのか?」


 ここが正念場だ。


「ずっとじゃなくていいんだ。わたしが働き方を飲み込めるまででいい。お願いします。行くところがないんだ」


「教会に行けばいいだろう?」


「お願いします。なんでもするから! 仲間にして」


「働くって簡単なことじゃないんだ。それが10歳以下の子供なら余計に」


 それはごもっともだ。それはわかっている。


「こっちも余裕があるわけじゃない」


 そりゃそうだ。視線が床に落ちる。優しいカイにつけこもうと思ったのだ。


「わかった。ごめん、無理言った」


 頑張ってにっこり笑ってみせる。


「でも、今日だけ付き合ってくれない?」


 とりあえず男の子の格好は必須だろう。この家の主人も探しはしないだろうが、足取りを掴まれたくない。

 結局、カイは始終むすっとしたままだったが、髪を切るのを手伝ってくれた。斜めってみっともなかった髪も整えてくれた。ずいぶん軽くなった気がする。顎ぐらいのラインになった。


 室内履きだったので注意されたが、外に出ることがなかったのでこれしかないんだといえば、納得してくれた。

 上着も持っていなかったので、天使くんが貸してくれた上着が大活躍だ。とても大きいので膝まで隠れ、髪も短いし、男の子っぽく見えるだろう。


 道すがら思いついたことをとにかくカイに尋ねていく。カイたちは一日どれくらい働いて、お金をもらって、そのお金で何が買えるものなのか。普段、どうやって暮らしているのか。文字は読めるのか、文字はどうやって習うものなのか。途中から、コイツ本当に何も知らなさ過ぎと思われているのは感じていたが、質問を続ける。情けないが、本当に何も知らないのだ。

 記憶が曖昧というところもあるが、わたしは今まであまり何かを思うことなく生きてきたのでは?と思えてきている。ばあやから出されたものを着て、食べ、頷き、自分から考えることをしなかった。出されたものを当たり前に受け取って、それ以上のことは何も考えなかった。疑問もなく、あの部屋の小さな世界の中で静かに暮らしていた。


 カイはまずいろんなものが売っている雑貨屋みたいのに連れていってくれて、そこで靴を選んでくれた。銀貨5枚で超破格値らしい。お金はあるのか尋ねられわたしは頷く。銀貨を5枚バッグから呼び出して支払う。お店の外ですぐに靴を履き替えた。足の裏があまり痛まなくなった。続いて髪結屋に行き、髪を買ってもらう。金貨1枚となった。銀髪は人気らしい。

 その金貨で服や下着、上着なんかを買った。少し大きめのを買っておく。バッグから風呂敷を出して、服を包み込む。


 屋台を見つけた。あ、昨日カイがくれたやつだ。


「カイ、昨日のやつだ。そうだ、お礼言ってなかった。おいしかったよ、ありがとう」


 まず昨日のお礼を言って、今日はわたしがごちそうすると手を引っ張る。

 カイがピタッと止まった。


「お前、本当に教会に行かないのか?」


「うん」


「じゃあ、どうすんだよ?」


「わからないけど、あそこを出る」


「出るって……」


「捨てられてるのにしがみつくのは嫌なんだ。だから先にこっちから捨てようと思って」


 不思議だ。グルグルしていた感情がカイの目を見ていると絡まった糸が解けたようになって、どう思っていたのか素直に言葉になった。

 そうだ。わたしは、捨てられたとこれ以上感じるのが嫌なんだ。だから捨てることにしようと思って、あそこから出たいのだ。


「世間はそんな甘くねーぞ。お前、なんもわかってないみたいだし」


 ははは、正論だ。


「うん、そうだね。わたし、全然わかってない。でもきっとなんとかなる。っていうか、していくしかない」


 だって、待っていてもただ哀しくなるだけなのだから。哀しいのは嫌だ。どんなに大変でも哀しみにがんじがらめにされるよりはマシだと思うから。なんとかするんだ。

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