秋ノ瀬と校舎裏

「天海…私と恋人にならない?」


「…は?」


 朝早くに校舎裏に呼び出されて何かと思えば秋ノ瀬が突然そんなことを告げてきた、前回の告白からそう時間は経ってないし何より先日に秋ノ瀬よりは露那の方が恋人として見ることが可能だという話をしたばかりなのにこのタイミングで告白…どういうことだ?


「俺は、まだ……」


「うん、天海がまだ悩んでるってことは分かってるよ、だからその迷いを断ち切るためにも、私と恋人になってくれないかなって」


「…どういうことだ?」


 俺は秋ノ瀬の言っている意味が理解できず、思わず聞き返してしまう。


「一度試しに私と恋人になってみて、もし私と合わないって思ったりやっぱり黒園さんの方が良いって天海が思ったらその時点で私はもう諦めるから…でも、その代わりその時は私のことをバッサリ切ってね」


「…え?」


「中途半端に振られちゃったんじゃ、私だって後味悪いし…どうかな?」


「どうかなって…」


 試しに恋人になんて…


「恋人なんて試しになるようなものじゃない」


「そうなんだけどさ…やっぱり初めて好きになった初恋の人だし、どうしても手放したくなくて…」


 秋ノ瀬が珍しく弱気な部分を見せた。


「…黒園さんとはどうして別れたの?」


「え…ちょっと馬が合わなかったんだ」


「馬って?」


「…ちょっと束縛が厳しかったりとか、な」


「そうなんだ…」


 あの時の露那は本当に酷かったな…印象に残っていて思い出せるはずだが鮮明に思い出そうとすると恐怖の感情が邪魔して上手く思い出すことができない。


「…天海は、私のことどのくらい異性として認識してくれてるの?」


「…告白されるまでは、素直に言うと本当に普通の友達っていう認識だった、ただもちろん可愛いとか性格が良いとか、そういうイメージももちろんあった」


「それでも…私のこと好きにならなかった?」


「あぁ…なんで、だろうな」


 今考えると逆に不思議だ。

 どうしてこんな美少女の秋ノ瀬があんなにも話しかけてくれていたりしたのに俺は秋ノ瀬に恋をしなかったんだろうか。

 …そうか。


「もしかすると…恋に疲れてたのかもしれない」


「……」


 一度目の恋愛であんなにも手痛いしっぺ返しをくらったとなると、やはり無意識の内にもう恋愛は一旦良いか、という考えに至ってしまうのも無理のない話だ。


「そっか…あ〜あ、もし巡り合わせが違って、私が先に天海と出会ってたら、私と天海が今頃仲良く恋人になってる世界線もあったのかな〜」


「…そうかもしれない」


 本当に巡り合わせ…なんだな。


「天海、天海はどんな女の子がタイプなの?」


「え…?」


「良いじゃん、教えてよ、どんな子が理想?」


「うーん…」


 難しい質問だ。


「…優しくて優しくて…優しい?」


「あははっ、なにそれ、恋人に求めること優しいだけ?可愛いとか無いの?」


「それも…まぁ、最低限あってしまうが、最優先は優しいだと思う」


「そっか…私って、天海にとっては優しくない?」


「それは……」


「なんて、今のは意地悪だったね」


 秋ノ瀬は小さく笑う。

 その笑みは冗談なのか、それとも別の感情が含まれているのかは、今の俺には分からない。

 だが次第にその笑みは消え…


「…私が言えるのは、私は、少なくとも黒園さんよりも、天海にいっぱい色んなものをあげられるよ」


「…色んなもの?」


 秋ノ瀬は俺に一歩近づくと、俺の手を取った。


「うん、なんでも…あげるよ」


「なんでもって…」


「天海が望むなら、本当になんだって…」


 そう言いながら俺の手を自分に抱き寄せようとする秋ノ瀬。

 だがこれを受け入れてしまうと大事なものが決まってしまいそうな気がしたため、俺は咄嗟にその手を離した。


「あ、秋ノ瀬、なんでもなんて、そんな簡単に言うもんじゃない」


「あ…そう、だよね…簡単じゃ無かったんだけどなぁ…まぁ!なんでもって言っても!もし浮気なんてしたらその時は多分黒園さんと同じような対応しちゃうと思うけどね!でも浮気のハードルは黒園さんよりも低いと思うよ〜?」


 そう言った後、秋ノ瀬は何故か自分の中の服を覗く素振りを見せた。


「どうした?」


「う、ううん、なんでも…そうだ、今度の夏祭りなんだけど、天海は黒園さんと一緒に行くの?」


「……」


 この夏祭りに行く相手というのは、今の状況で言うと大分大きな意味を持ってしまう気がする。


「…まだ分からない」


「…そっか、もうあと一ヶ月も無いんだから早く決めないといけないよ〜、あ!そうだ天海!」


「…ん?」


「前に私が言った、黒園さんと恋人になると後悔するよって話の内容、今ここで教えてあげよっか?」


「…え?」


 前は知りたくして仕方がなかったその話の内容だったが…


「…いや、大丈夫だ」


「言わなくていいの?」


「…あぁ」


 今、俺はそれを本能的に避けた。

 その先に待ち受けるものを、俺は、恐怖した。


「そろそろ教室行かないとね〜」


「そうだな」


「…夏祭り、一緒に行こうね」


 校舎裏からの去り際、秋ノ瀬はそう伝えてきた。

 …この夏、俺にとって大きな転換点があるんだろうということは、少なからず感じ取っていた。

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