別れた本当の理由

 なんでこんなところにいるんだ…?

 用事があるとかで一緒に来ることはできないって言ってたのに。

 薄らと露那の声が聞こえてくる。


「疲れた〜、奏くん喜んでくれたかな〜」


「ん?俺がなんだって?」


「…え?」


 俺は遠くから見ていても仕方ないと思い、露那に話しかけてきた。

 今確かに俺の名前を呼んでいたと思うが、何を言っていたかまでは明確には聞こえなかった。


「か、奏くん!?なんでここに!?」


「それはこっちのセリフだ、用事で今日のイベントには来れないって言ってたのになんでここに居るんだ?」


「え、え?え〜っと…」


 露那は気まずそうにしながら頭の中で文章を綴っているようだ。

 …本当に何もかもが分からない。

 今まで露那が俺と同じ目的地に行くのに俺と別々に行くなんてことはなかった、これが初めてだ。

 俺と一緒には来たくなかったのか…?

 でもそれは露那の人格とは解釈不一致だ。

 露那なら俺と一緒に行くためにどんな手でも使ってくる…と思っていた、少なくとも今までの露那ならそうしたはずだ。


「ち、違うの、奏くん、本当に、奏くんと来たくなかったとかじゃないの」


「いや、そう思ってるなら別にそれを隠さなくていい、たまには一人で何かに興じたいと思うのはごく普通のことだ」


「違うよ!本当に、本当に…違うの…」


 露那がここまで弱気になるのはかなり珍しい。

 いつもは俺が押されてばかりだが…それとも、それだけ何かこの行動には意味があったのか?


「私が奏くんと居たくないなんて思うわけないじゃん…むしろ私は奏くんを喜ばせてあげようとしたのに…」


「お、俺を喜ばせる…?」


 露那は目の前で少しだけ涙を流し始めた。

 片手でそれを必死に拭っている。

 …ちょっとキツく言いすぎてしまったのかもしれない。


「悪かった、だから泣かないでくれ」


「何もわかってないのに謝らないでよ!」


「……」


 返す言葉が見つからない…

 本当に今がどういう状況なのか全くわかっていない、別に露那が一人でこのイベントに参加したかったなら俺はそれを否定しようなんて思わないからそう言ってくれれば済む話だ。

 それに俺を喜ばせるだって…?

 ますます意味が分からない、露那と一緒に居ないことが俺が喜ぶことだと思ってるなら今までの発言と行動の両方と全てが矛盾することになる。


「はぁ…一年前私が告白した時もそうだったけど、奏くんって鈍感だよね、まぁ私はそれのおかげで助かってたりする…のかな」


 露那は吐き捨てるように言う。

 …鈍感?


「俺が何かに気付いてないっていうのか?」


「…そうだよ」


 そこまでハッキリ言われるとは…


「奏くんはさ、別れた理由全部私が悪いって言ってたけど、奏くんにだって問題はあるんだよ?」


「い、今更何を言ってるんだ?ちょっと女子の方を見ただけで浮気とかっていうのは常識的に考えたらどう考えてもおかし……」


「確かにそこだけ見たら常識的にはおかしいのかもしれないけど、奏くんにだって多少の問題はあるんだよ?」


「問題…?」


「例えば他の女と話してる時すぐ他の女の胸見たり」


「いや、それは…悪い、無自覚なんだ…」


 それに関しては完全試合で俺の負けで俺が悪い。


「それだけなら俺が確かに悪い…のかもしれないが、それは治す努力ができることだし、本能的にっていうのもある」


「そうだね、だから私もこれだけで言ってるんじゃないよ」


「他にもあるのか?」


「うん、他の女にも私と同じ接し方をするところとか」


「同じ接し方…?」


 それは俺が俺である以上どうしようもない気がする…二重人格とかじゃない限りは。


「例えばだけど奏くんって、私に甘えてくれたこととかないよね?」


「それは露那が怖かっ……」


「私が浮気に対して敏感になったのは、不安が強いからだよ」


「不安…?」


「不安しかなかったよ、奏くんなんてすぐ騙されちゃいそうだし、涙見せられたらすぐその女に構っちゃいそうだし、私に言葉で愛情表現もたまにしかしてくれなかったし」


 それは…確かに否定できないかもしれない。


「私だって最初からこうじゃなかったのは奏くんだって覚えてるよね?」


 露那の言う通り、露那は最初の方…と言っても最初の一ヶ月ぐらいの間は、普通の女子という感じだったが、そこから少しずつ影が見えていた。

 俺はてっきり近づいたからこそわかる露那の本性だと思っていたのと、純粋に恋愛経験がなかったためそれが普通なんだとばかり思っていたが…


「奏くんが私のことを不安にさせるからこうなったんだよ、しかも私が不安そうな素振りをしても奏くんは全然気付いてくれないの」


 …なんだかだんだん話してるうちに俺が悪い気がしてきた。


「それで散々不安にさせといて私がその不安を指摘したらなんて奏くんに言われるんだよ?」


「…露那の言いたいことはわかる、だが監禁とかはちょっとやりすぎ……」


「確かに合意を得ずに監禁したのはやりすぎだと私も思ってるよ、でもそれが私の悪いところで、奏くんにも悪いところはあるって理解して欲しかったの」


 …なんだか少しスッキリした気がする。

 全てに当てはまるわけじゃないだろうが、基本的に物事に片方だけが悪いことなんて存在しない。

 別れてしまった本当の理由…それには俺にも悪いところがあったんだな。


「…わかった」


「何をわかったの?」


「俺にも悪いところがあったってことだ」


「…そう、わかった上で奏くんはどうするの?」


 …今までは露那が全て悪いと思っていれば俺の心も楽でいられた、少なくとも無意識のうちにそう思っていたんだろう。

 だが…今は。

 お互いに悪いところを認められた今なら、改めて前に進んで行けるかもしれない。

 なら…


「露那、俺とやりな……」


「天海〜!」


 声の方向に振り返ると、秋ノ瀬が俺の方に手を振っている。


「奏くん、今の続き…ちゃんと聞かせてね?」


「…あぁ、約束だ」


 俺は一旦露那との話に区切りをつけ、秋ノ瀬が俺たちの方に来たので秋ノ瀬に向き直る。


「どうしたんだ?秋ノ瀬」


「うん!あのね、落とし物コーナーにスマホあったから、これ多分天海のじゃないかなって思ってさ!」


 秋ノ瀬に渡されたスマホを見てみると、これは確かに俺のスマホだ。


「お〜!ありがとう秋ノ瀬!」


「う、うん、大丈夫」


「……」


 助かった…スマホをわざわざ落とし物コーナーに入れてくれる優しい人なんて居るんだな、本当に感謝しないと。


「…ん、秋ノ瀬?」


「ん、ん?な、なに?」


「なんか…焦ってないか?」


「え、え?何が…?」


「いや…」


 気のせいか。


「…タイミング良すぎでしょ」


「え?」


 露那はボソッとそう呟いた。


「あぁ、そうだな、スマホが見つかってよかった」


「…はぁ」


 露那はため息を漏らした。

 …ん?


「あ、奏くん、そういえば奏くんのお姉さんがこのイベントが終わったら生徒会室に来てって言ってたよ?今後のためにこのイベントの感想が聞きたいんだって」


「え?なんで露那が姉さんと…?」


「たまたま廊下で会ったの」


「そ、そうか、じゃあ行ってくる!悪い、秋ノ瀬すぐ戻る!」


 俺は急いで生徒会室に向かった。

 …体育館には露那と秋ノ瀬の二人だけ、か。

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