姉さんの想い人
「お帰りなさい、奏方」
「…ただいま、姉さん」
「今日は色々と、大変だったようですね」
「…あぁ」
「お疲れ様でした」
姉さんはいつものように俺のことを自分の胸で抱き止める。
「今晩は姉とお話にしますか、一緒にお風呂に入りますか、それとも私が居ないとすぐに泣いてしまう奏方のために添い寝してあげましょうか?」
まともな選択肢が一つしかない。
あと断じて姉さんが居ないとすぐに泣いてしまうなんて事は無い。
「…姉さんと話すことにする」
「っ…!姉…ショックです…!」
「え?」
姉さんは膝を地面に着けて言う。
「奏方もお年頃の男の子なのでお風呂は無理でも姉の私なら添い寝は許してもらえると思っていたんですが…あぁ、やはり私のようなダメな姉では奏方と添い寝なんてしてはいけないんでしょうか…明日からこのことに気を取られてお仕事に気が回りそうにありません…」
「悪かった!す、好きなだけ添い寝もしてくれ!」
「姉、元気です!明日から仕事にさらに身が入りそうです…!」
ふぅ…危ない、危うく俺のせいで姉さんの仕事効率を下げてしまうところだった。
「では奏方リビングでお話ししましょう、奏方の悩み…この姉が責任を持って解決してみせます」
「た、頼もしい…」
俺と姉さんは玄関からリビングの机前に移る。
…頼もしいとは言ったものの、姉さんにはおそらく恋愛経験というものが無いため、今回についてはあまり参考にならないかもしれないということを念頭に置いて相談しよう。
…いや、決めつけは良くない。
過去に何回か聞いているが、今一度聞いておこう。
「俺が今回相談したいのが恋愛絡みなんだが、姉さん誰かと交際…じゃなくても誰かを好きになったりした事はあるか?」
まぁ…なんて言ってもつい先日彼氏に興味が無いとか言ってたし、当然ここはノーだろうな。
「はい、ありますよ」
「えぇ!?」
俺は声を大にして驚く。
え?え?姉さんが誰かを好きに…?
俺にとっては露那が転校してくると分かった時ぐらいに衝撃が強い。
「わ、私にだって誰かを好きになった…好きな気持ちは存在します」
わざわざ過去形から言い直した…!?
今も好きって事なのか…!?
「え、ね、姉さん?人間的にじゃなくて恋愛的にだよな…?」
「もちろんです、ちゃんと想い人がいます」
「……」
正直自分の話がどうでも良くなってしまうほど、姉さんのその話にすごく興味がある。
本当に姉さんは今までそういうものには無頓着だった。
そんな姉さんが、まさか好きな相手を見つけていたとは…
「相手はどんな人なんだ?」
他人の恋愛に口を出すのは趣味では無いが、これは聞きざるを得ない。
「え…お相手は…」
姉さんは何故か俺の方をじっと見ながら黙っている。
俺に言って良いのかどうか悩んでるのか…?
まぁいくら姉弟とは言え恋愛相手を言うのは相当勇気がいるか…
「やっぱり無理に応えなくて良い」
俺がそう言うと、姉さんはほっと一息ついた。
「それにしても姉さんに好きな相手か…俺で良ければなんでも手伝うからなんでも言ってくれ!」
「むしろ奏方にしか務まりませんよ…」
「え?なんて?」
「な、なんでもありません…!』
姉さんが小さな声で何かを言っていたが、良く聞こえなかった。
「ですが、お手伝いしてくださると言うのなら、そうですね…今度私と二人でお出かけしませんか?」
「二人で…?」
「はい、その…デートの練習というものを…」
あぁ、なるほど。
流石に一発目から本命の相手とデートに行くのは相当ハードルが高い。
よって、弟でかなり気が楽な俺と行こうということか。
「あぁ、分かった、今度姉さんの好きなところに行こう」
「ありがとうございます…!」
姉さんはここ最近で一番嬉しそうにしている。
…最近は暗い顔にしかなかったが、これが俺が姉さんにできることなら俺だって喜んで姉さんを手伝おう。
そして陰ながら姉さんの恋愛が成就することを祈っていよう。
「あ、でも好きな人がいるならやっぱり添い寝はしない方が良いんじゃないか?やっぱり好きな人ができたなら好きな人と添い寝した方が良いだろうし」
「…だから奏方なのですよ」
「だから…?悪い、もう一回頼む」
「いえ…!か、奏方と添い寝するのは、奏方が今日は落ち込んでいるのでそれを姉として解消するためのものです…!ですから添い寝はなんの問題もありません」
「そ、そうか…?」
姉さんがそう言うならまぁ…それで良いか。
「それで…奏方、奏方の悩みとはなんなのですか?」
「あぁ、実は…」
俺は露那と元々恋人だったこと、何故別れたのか、軽率に露那と恋人に戻ると言ってしまったこと、結論を出すまで猶予をもらっていることを姉さんに話した。
「…外出時はその方も同じ?」
「あぁ…ちょっと束縛が強くて…それでも今回のは俺が悪いからそれは受け入れたんだ」
「…奏方はその女子生徒のせいで苦しめられているのですか?」
苦しめられているなんていう言い方をしたら露那だけを悪者にしてしまう気がして良い気はしないが、まぁ露那が転校してきてなかったらと考えるとここまで俺が悩むこともなかっただろう。
…でもそれを姉さんに言って姉さんを不安にさせる必要は全く無い。
ここは姉さんを安心させよう。
「全然苦しんでなんかない、心配しないでくれ」
「……」
姉さんは俺の顔を見て、一瞬何故か苦しそうな顔をしたが、すぐに下の表情に戻った。
「…そう、ですか、良かったです」
「あぁ」
「では…そうですね、姉としてはそのような女性とは縁をしっかりと切るべきだと思います」
まぁ…そうだよな。
姉さんならそう言うと思った。
現に俺もそう思ったから、前完全に別れた…つもりだったんだが。
「前だから俺は別れたんだけど、それでも相手は別れたなんて思ってなかった…正確にはただ俺が拗ねたなんて思われてたらしくて…」
「大丈夫です、今度はその時とは違います」
「え?」
「今の奏方には姉がいます、その時は奏方一人で辛かったでしょうが、姉がいる限り、そんな方に奏方へ危害など絶対に加えさせません」
「姉さん…」
姉さんがそう言ってくれるのは本当に心強い。
「ですから奏方、奏方は奏方の思っていることをその方に告げてください、そして私とお出かけいたしましょう」
「あぁ…!ありがとう」
その後俺は姉さんが作ってくれたご飯を食べ、お風呂に入り、姉さんと共に一つのベッドで眠った。
姉さんは寝言で俺の名前を呼びながら俺に抱きついてきたりして眠りの世界に落ちるのに少し時間がかかった。
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