必要な決断

「ああああああああああああああ!!!!!」


 俺は学校の廊下で一人、叫んでいた。

 今は昼休み、この棟は放課後の部活時以外基本的に誰も来ない。

 何かあれば叫び放題と言うわけだ。


「おかしかった!絶対におかしかった!」


 朝の俺はどうかしてた…本当にどうしたんだ俺。

 病気か?病気なのか?

 あの時学校からチャイムの音が聞こえてきてキスが中断されたから良かったものをあそこでキスまでしてたら本当に取り返しがつかないことになっていた。


「多分相当追い詰められたんだな…」


 今でもそうだが俺の生活には露那との関係性というものが常に頭の隅に引っかかっている。

 その呪縛から解き放たれようとして優那ちゃんの幻聴まで聞こえてきて…


「あああああ最悪だ!!」


 どうする…露那にはもうハッキリと承諾すると言ってしまった。

 今からでも謝りに…でも付き合うって言った途端にまた別れるなんて言ったらどんな目に遭わされるか…


「…奏方?」


「…え?」


 俺が一人廊下で唸っていると、ある一人がやってきた。


「姉…さん?」


「どうしたのですか?奏方、叫び声など上げて」


 聞かれてた…今になって恥ずかしくなってきた。


「な、なんでもない…姉さんはここに何しに?」


「私は機械の点検と部活用具の確認です」


 姉さんはそれらしき帳簿を両手に持っている。

 相変わらず姉さんは忙しいな。


「ごめん、大声なんてあげて…」


「…何か、あったのですか?」


「何もないって…」


「…奏方、私は奏方の姉ですよ、なんでも言ってください」


 姉さんは手に持っていた帳簿のような物を地面に置くと、俺のことを抱きしめた。


「えっ…」


「何があっても、奏方には姉が居ますよ」


 姉さんは俺の耳元で囁く。


「……」


 こんなことを言うとシスコンと言われてしまうかもしれないが、やはり姉さんの包容力というか…安心感はすごい。


「そう、奏方には姉が居るんです、そのことを忘れてはいけません」


「…姉さん」


「はい」


「俺、どうすれば良いんだろう」


 何も事情を説明していない姉さんにこんなことを言ったって無駄なのはわかってる…それでも。


「奏方は奏方の好きないようにしてください、私はずっと奏方の味方ですから…そう、私だけは絶対にいつでも奏方の味方です」


「……」


「…はっ、いけません、昼休みが終わってしまいます」


 姉さんは俺から離れると、すぐに帳簿を持った。


「奏方、また家に帰ったらじっくりとお話ししましょう」


「…あぁ」


 姉さんはそう言い残すと、この廊下を後にした。


「…そうか」


 どうしても一人で抱えきれないことがあったら、一人で悩まずに姉さんに相談する…なんて選択肢もあったのか。

 今までは自分のことは自分で、と思ってたけど…


「頼れるときに頼らないと、だな」


 たった一人の姉弟、これからは頼れるときに頼ろう。


「か〜なくんっ!放課後デートしよ?」


「露那…言いたいことがある」


「ん〜?なぁ〜に?」


「…朝は感情というかその場の雰囲気に合わせて承諾したけど、やっぱり成り行きで恋人になるのは良くないっていうか…本当に一度承諾したくせにこんなことを言うのは悪いと思う…でも、また別れ……」


「無理だよ?」


「…え?」


「もう奏くんと恋人じゃない人生なんて私無理だよ?」


「露那ならきっと俺なんかより良い人と……」


「あぁ、そういうのいらないよ」


「……」


 まぁ…そうだよな。

 これに関してはどう考えても確実に俺が悪いことだしな…


「あ、朝結局キスできなかったね」


「…そう、だな」


「今しよっか」


「え…!?」


「奏くん、自分がしたことわかってる?奏くんは私と恋人になるって言ったんだよ?それを今また覆そうとしてるの、私の心を弄んでるんだよ?そのことの重さを奏くんは理解してないの?」


「…そうだ、本当に俺が悪いのは絶対に変わらな……」


「悪いって自覚してるなら大人しく私の言う通りにして?なんなら悪いことをしたことに対する償いと取ってくれても良いから」


「償い…」


「本当は純粋に恋人として愛して欲しいけど、それができないなら仕方ないよね…私にとって一番重要なのは奏くんが私のことをどんな形であれ恋人だって認識してくれることなんだから」


「……」


 償い…償いか。

 償いという名目で露那と恋人になっていればこの申し訳なさは解消されていくのだろうか。

 …結局はそれも自分のためになってしまうのではないだろうか。

 ならそれを償いと呼んでもいいのか…?


「…はぁ、仕方ないなぁ、私ちょっと外すね」


「え…」


 露那は突然教室から離れた。

 …ここで待っていてば良いんだろうか。


『♪』


 スマホから通知音が鳴る。


「…優那ちゃん!?」


 最近はツイート頻度が高くて嬉しいなんて思いつつ、俺は優那ちゃんのツイートを見る。


『彼女の思いに答えてあげるって大事だよね〜、それがどんな形であれ、それが一人の人間の幸せになるんだから、それだけで自分も幸せにならない?』


「…なるほど」


 そういう考え方もあるのか…流石優那ちゃんだ。

 俺が自分で償いと思って露那と恋人になるだけで露那が幸せになる。

 それだけで自分も幸せに…でも自分が幸せになったら償いとして…

 ダメだ、頭がこんがらがってきた。

 何が正しいんだ…


「奏くん、考えは変わった?」


「…ちょっと考える時間が欲しい」


「ダメ、奏くんが弱ってる間に他の女が奏くんにすり寄ってこない保証は無いから…どうしてもっていうなら家の外に居る時はずっと私と一緒、それなら良いよ」


「…わかった、それでも良い」


「…え?良いの?」


「…あぁ」


 それで露那が待ってくれるなら今はとりあえずそれが最善だろう。

 とにかく今は考える必要があるはずだ、焦る必要は無い。

 …ゆっくり考えよう。

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