第118話 絶対に見つかるはずがない

 屋敷が慌ただしく厳戒態勢へと移行する中、セネーレは一人、地下へと逃げ込んでいた。

 ここは屋敷内の人間でも、ごく一部にしか知られていない秘密の場所で、その出入り口を見つけ出すことすら簡単ではない。


 加えて、ダンジョンのように複雑に入り組んだ迷路となっている。

 魔物こそいないが、もし部外者が立ち入ろうものなら、悪逆なトラップが発動するようになっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……ここなら、絶対に見つかるはずがない……」


 荒くなった息を落ち着かせ、地下道を進むセネーレ。

 ちなみに身に着けているのは、ここに来る途中で適当に羽織ったバスローブだけである。


 やがて彼が辿り着いたのは、無数の檻が並べられた牢獄のような場所だった。


 しかし檻の中に収容されているのは、犯罪者たちではない。

 ある実験に利用される予定の、イブライア家が所有する奴隷たちである。


「おお、殿下ではございませんか。今日はどうされましたか?」


 セネーレに声をかけてきたのは、身長が彼の半分もない白髪の老人だった。

 常に薄気味悪い笑みを浮かべている男だが、しかしイブライア家になくてはならない有能な研究者で、名はオーエンという。


「……その後、どうだ?」


 一瞬迷ったが、事情をこの男に説明しても仕方がないと思い直して、セネーレは研究の進捗状況を訊ねることにした。


「すでに人間の素体を使って、融合実験を行っていると聞いているが……」

「ええ、もちろん、大変順調ですぞ。少しご覧になられますかな」


 そう言って、老人がセネーレを扉の向こうへ誘導する。

 その先にあった実験室の中央には、幾つものチューブに繋がれた状態で、ベッドのようなものに寝かされた男たちの姿があった。


 彼らはそろって半裸だったが、身体の部位にあるものが


 それは剣や槍、鞭、それに盾といった武器だ。


 実はすべて、古代に作られた魔導兵器である。

 ただの武器と大きく違っているのは、素体となる人間と融合させて使われる代物であるということ。


「12号よ、目覚めるのじゃ!」


 オーエンが命じると、そのうちの一人、右腕の先が剣と一体化している男が、ゆっくりと目を開いた。

 部下の研究員たちがチューブを外していくと、ベッドの上から起き上がる。


「王子殿下がいらっしゃっている。お前の力を少し、お見せして差し上げるのじゃ」

「……」


 眠りから覚めたばかりのためか、虚ろな目でこくりと頷いてから、男は剣を構えた。

 次の瞬間、ウィイイイインッ、という起動音が鳴り響き、刀身から猛烈な魔力が溢れ出してくる。


「な、何という凄まじい魔力なんだっ!?」


 これだけでこの剣、いや、魔導兵器が、恐ろしい力を有していることが分かる。


「しかもこの魔導兵器と融合した人間は、身体能力が何倍にも跳ね上がるのですぞ!」


 直後、男が床を蹴ったかと思うと、一瞬にして十メートル以上は離れた部屋の端へと到達。

 そこから壁を駆け登り、さらには天井を走って元の場所まで戻ってきた。


「…………素晴らしい」

「そうでしょうそうでしょう。そして殿下のために取ってある兵器の性能は、この比ではありませんぞ。もし融合すれば、もはや四英雄など歯牙にもかけない。間違いなく世界最強の存在となるでしょう」

「う、うん、そうだな」


 非常に魅力的な話ではあるが、一度融合すると、二度と取り外すことはできないという。

 それなりの大きさもあって目立つため、王族としてずっと姿で生きていくのは、正直難しいだろう。


 そんなセネーレの内心を余所に、オーエンは自慢げに言った。


「やはりこの儂にかかれば、古代の兵器を今の時代に蘇らせることなど造作でもないのですぞ」

「……その割に、機竜は自壊してしまったが」


 思わず呟いてしまう。


 実はハイゼンに貸し出したあの兵器も、この老人が修理したものなのだ。

 この魔導兵器も使用中に壊れてしまう恐れがあった。


「いいや、あれは完璧だったはずですぞ! 自壊するなど絶対にあり得ぬのじゃ!」

「わ、分かった分かったっ。お前が言うのなら、きっとそうなのだろう、うん」


 急に声を荒らげて否定し始める老人に、さすがのセネーレも頬を引き攣らせて頷くしかない。


「(ともかく、ここなら絶対に安全なはずだ)」


 そこでようやく安堵の息を吐いたときだった。

 この実験室の扉が弾け飛んだのは。


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