第113話 手心というか

 その日、王都の目抜き通りを、恥ずかしそうに顔を歪めながら歩く一人の若い女性の姿があった。


「ねぇ、ママー。あの人……」

「こら、見ちゃダメよ」

「ぷふふっ、もしかして斬新なファッションかしら?」


 休日ということもあって、大勢の人通りがある中、彼女に視線が集まってくる。

 その最大の理由は、彼女の前と背中、両方に張り付けられたとある紙だ。


 そこにはこう書かれていた。


『私はシャルティア様に敗北いたしました』


 その若い女性――ラーナは、顔を真っ赤にしながら叫ぶ。


「この屈辱っ……絶対に忘れないわっ! 次は必ずあんたにも味わわせてあげるから……っ!」


 王都のメインストリートを、敗北を宣言する紙を身体に張り付けて練り歩く。

 それこそが、二人が取り決めた罰ゲームの内容だった。


 しかも、すれ違った人たちに笑われ、指をさされながら、およそ一時間、道を何往復もしなければならないのだ。

 貴族の家に生まれ、エリート街道を進んできたラーナにとって、これ以上ない辱めはなかった。


 一方、そんなラーナの様子を、シャルティアは建物の陰に隠れながらひそかに見ていた。


「そもそもあなたの方から提案してきたのですからね。せいぜい悔しがってください」


 そうほくそ笑みつつ、同時に勝つことができてよかったと安堵するシャルティア。

 あの晒し者のような姿だけでも恥ずかしいというのに、もし知り合いに見られでもしたら、しばらく立ち直れないだろう。


「ただ……………………ちょっと、やってみたいかも……」







 エデルは首を捻っていた。


「うーん、みんな自分から希望してきたっていうのに、何ですぐやめちゃうんだろ?」


 その疑問に、アリスとガイザーが呆れたように返答する。


「……想像の上の上の上、そのまた上を行くくらい厳しかったからに決まってるでしょ」

「オレたちも何度やめたいと思ったことか分からないっすよ……」


 一年生のクラス対抗戦、その最終競技で圧倒的な力を見せつけたことで、その直後からエデルのもとに弟子入り志願者が殺到するようになったのだ。

 もちろんその背後には、競技で活躍したアリスやガイザーの二人が、エデルと一緒に訓練をするようになってから、急成長したとの情報が広がったこともある。


 だがエデルの特別訓練がスタートするなり、脱落者が続出。

 当初は三十人近くいたというのに、気づけば全員いなくなってしまっていた。


『やつの訓練、どう考えても正気じゃねぇ!』

『こ、殺される! 大袈裟じゃなくて、これはマジな話だって! あいつ、俺たちを殺す気なんだよっ!』

『あんな死ぬような思いをするくらいなら、強くなれない方がマシだわ!』


 とは、参加者の生の声である。

 残ったのはアリスとガイザーだけだ。


 なお、最初は逃げた人たちを連れ戻そうとしたエデルだったが、泣きながら許しを請われたり、アリスやガイザーに止められたりしたため、途中から去る者は追わない方針に変えた。


「まぁ、あの程度で音を上げちゃうようじゃ、頑張っても大して強くなれないだろうしね」

「辛辣……」

「……兄貴、もうちょっと、こう、なんというか、手心というか……」


 はっきり言ってしまうエデルに、苦笑いするアリスたちだった。






 誰もが寝静まった真夜中。

 エデルもまた、学生寮の自室――に設けられた亜空間で眠っていた。


「……誰か来たみたい」


 しかしある気配を感じ取って目を覚ます。

 常に危険と隣り合わせである魔界で育った彼は、仮に寝ていたとしても敵対的な存在の接近に非常に敏感なのだ。


 念のため様々なセキュリティを施しているが、実はそれがなくても十分だったりする。


「明らかに殺気だね。もう少し隠せないものかな……? まぁ魔族も大抵こんな感じだけど」


 ベッドから起き上がったエデルは、欠伸を噛み殺しながら出迎えの準備をするのだった。

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