第110話 すごく速く動けば

「(な、何が起こった……? トロルの頭が吹き飛んで、倒された……いや、あの断面。何か凄まじく鋭利なもので切ったような感じだ……。それに、こいつはF組の……まさか、今の一瞬で背後からトロルを……? だが、見たところ武器も何も持っていない……)」


 ノルエは大いに困惑していた。

 二体目のトロルが現れたかと思うと、それが目の前で絶命し、代わりにF組で唯一の出場者である少年が背後から姿を見せたのである。


「君たち、C組だよね?」

「……そ、そうだが、なぜお前がここにいる? ここはF組のスタート地点から、一番遠い場所だぞ?」

「何でって……先生に言われたんだ。競技が始まったら真っ直ぐ進んで、C組を倒せって」


 どうやらこの少年は、C組を狙ってここまで来たらしい。

 この最後の競技でC組を追い抜きたいF組からすれば、最初にC組を全滅させて、トロルの討伐数を稼げないようにしてしまうのはセオリーだ。


「だが、途中にはトロルがうようよいるんだぞ!? たった一人で、しかもこの短時間でここまで来れるはずがない!」

「……そんなこともないと思うけど?」


 ノルエの指摘に、少年はキョトンとしている。


「なんにしても、こっちにも好都合だ! お前を今ここで倒せば、俺たちC組の優勝が確定する!」


 まだ頭の整理はついていないものの、ここでやるべきことはただ一つ、目の前の少年に相応のダメージを与え、強制退場させることだと判断して、ノルエは素早く矢を番えた。

 それに応じるように、仲間たちも一斉に攻撃の準備を整える。


「喰らえっ!」


 ノルエが放った矢が、少年目がけて猛スピードで飛んでいく。

 さらにはほぼ同時に味方が攻撃魔法を発動、複数の方向から少年に迫る。


 だが少年を貫くかと思われた矢は、なぜかそのまま身体をすり抜けていったように見えた。


「……は?」


 直後に魔法が幾つか着弾し、轟音と共に砂煙が舞い上がる。


「やったぜ! 直撃だ! あいつまともに浴びやがった!」


 仲間の一人が嬉しそうに叫ぶが、ノルエは警戒を解かずに注意を促す。


「き、気をつけろ! 躱されてる可能性も……」

「が……っ?」


 突然、予想外の場所から聞こえてきた小さな悲鳴。

 視線を転じたノルエたちは、信じられない光景を目撃することになる。


 いつの間にそこに移動していたのか、F組の少年がそこにいて、腹部を押さえた仲間が地面に倒れ込んでいた。


「「「なっ?」」」

「一人目、っと」


 仲間はそのまま気を失ってしまう。

 ダメージが許容量を超えたようで、通知音が鳴り響く。


「何が、起こった……?」

「確かに直撃したはず……ていうか、何であの位置に……?」


 先ほど少年がいた場所からは、かなり距離があるはずだった。

 しかもノルエだけではなく、いつ彼がそこまで移動したのか、誰一人として分かっていないらしい。


「どうなってんだよ!? 見た感じ無傷だしよ!? ノルエ、さっきお前の矢、当たったはずだろ!?」


 仲間の一人が怒鳴ってくるが、ノルエは首を振った。


「い、いや……矢が当たる寸前、あいつの身体をすり抜けたように見えた……あれは、やつの残像だったのかも……」

「残像!? んなもん、現実には不可能だろ!?」

「え? すごく速く動けば、普通にできるよ?」

「な……っ!?」


 今度は声を荒らげていた仲間のすぐ近くにいた。


「こ、このっ……がはっ?」


 咄嗟に手にした剣で斬りつけようとしたが、目視すら困難な速度の拳を鳩尾に喰らい、血を吐くような声と共にぐしゃりとその場に崩れ落ちる。


「二人目」


 こいつは本物の化け物だ、とノルエは絶望した。

 同時に、残った四人でいかに挑もうと、絶対に勝つことなど不可能だと確信する。


「こんなやつと戦えるかよっ!?」

「に、逃げろぉぉぉっ!」


 怯え切った仲間たちが背中を向け、一目散に逃げ出してしまう。

 これではそもそも戦うどころではない。


 ノルエもまた、その流れに身を任せるしかなかった。


「逃がさないよ?」


 背後から聞こえてきた少年の声に、ノルエは必死に走りながらも、背筋がぞくりとするのを感じた。

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