第93話 このくそビッチが

「あら、シャルティアじゃなぁい。ねぇ、聞いたわよぉ?」


 教職員用の給湯室。

 そこでたまたま遭遇してしまった人物に、シャルティアは思わず顔を顰めた。


「……何でしょうか、ラーナ


 同僚で同期の女教師だ。

 しかも同じ一年生のクラスを受け持っており、年齢も同じ。


 だが生憎とその関係性は、犬猿の仲と言っても過言ではないだろう。

 淡々と返すシャルティアに、ラーナは教師とは思えない妖艶さで嗤う。


「うふふ、相変わらずつれないわねぇ? かつて生徒会で序列を争った仲じゃないのよぉ。六年生の時には、あたしが第三席で、あなたが第四席……だったかしらぁ?」


 わざわざ当時の互いの席次を口にし、自分が上だったことを強調するラーナ。

 相手の煽りに乗るべきではないと思いつつも、シャルティアは思わず言い返す。


「ええ、確かにそうでしたね。実力では到底、私に敵わないと悟って、選出委員を篭絡させるという手に出たことが、その是非はともかく、功を奏しましたね」


 あろうことか、ラーナは当時の選出委員に枕営業を仕掛けたのである。

 その結果、二人の序列が入れ替わったことは周知の事実だった。


「うふふ、負け惜しみはやめてほしいわねぇ? それよりも、シャルティア、この間は大変だったみたいねぇ? ハイゼン先生が起こした事件のことよ」


 底意地の悪い目をしながら、先日の一件を話題に出すラーナ。


「あなた、ハイゼン先生にやられて真っ先に戦線離脱しちゃったんだって? 生徒を護る立場にありながら、何もできなかったなんて……教師としてこれ以上ないほど辛いわよねぇ……」


 うんうん、とラーナはワザとらしく頷く。


「でも大丈夫よぉ。あなたならきっと、この挫折を乗り越えられるはずだからぁ。学生時代から真面目さが取り柄のあなただもの、ね?」


 慰めている風で、まったくそんなことはない。

 完全に相手の傷を抉り、嘲笑っている。


(冷静に……冷静に……この女は学生時代からずっとこうでした……教師になって相変わらず、反吐が出るくらい性悪なままで、きっともう一生治りません……こんな輩を相手にするのは時間の無駄……そう、時間の無駄です……)


 額に青筋を浮かべながらも、シャルティアは懸命に自分に言い聞かせた。


「ま、そんなんだから、その歳になって恋人の一人もできないんだけれどねぇ?」

「それは今関係ねぇだろごらあああああああああああああああああっ!?」


 突如としてぶち切れるシャルティア。

 実は生まれてまだ一度も恋人ができていないことが、彼女のコンプレックスなのである。


「このくそビッチが。今ここでぶち殺して差し上げましょうか?」

「あら、怖~い。それに、くそビッチだなんて、教師が使う言葉じゃないわぁ」

「あなたにだけは言われたくありません」

「こう見えて、あたしは生徒たちから、とぉっても慕われてるんだけれどぉ?」

「どうせその卑猥な体つきで、生徒を誘惑しているのでしょう。もっとも、女子生徒からは蛇蝎の如く嫌われているでしょうが」

「無駄に厳しくて、男女問わず嫌われてるあなたよりはマシねぇ」


 バチバチと火花を散らしながら睨み合う二人。

 その様は到底、生徒たちに見せられるものではない。


 と、そこでラーナが何かを思いついたように手を叩く。


「そうだわぁ。もうすぐクラス対抗戦よねぇ? せっかくだから、あなたのクラスとあたしのクラス、どっちが上か勝負しなぁい? 当然、勝った方がより優れた教師ってことねぇ」

「……生徒を出汁にする気はありません」

「あらぁ、自信がないからって、もっともらしいこと言っちゃってぇ。まぁ仕方ないわよねぇ。だって、あなたのクラスって、落ちこぼればかり集められたクラスなんだものぉ」

「訂正してください。生徒たちへの侮辱は許しませんよ?」

「うふふ、だったら、証明してみせればいいじゃなぁい。そうじゃないってこと。それとも、生徒が信じられないってことかしらぁ? あたしは自信があるわぁ。だって、うちのクラスは素晴らしい生徒ばかりだって、信じてるものぉ」


 ラーナの言葉に乗せられるのは癪だったが、シャルティアはここまで言われて引き下がれるような性格ではなかった。


「……いいでしょう。どのみち対抗戦でのクラスの勝敗が、担任の優劣の評価に繋がるのは避けられないこと。ならば、あなたの挑発に乗って差し上げましょう」

「あはは、そうこなくっちゃ! でも、ただ優劣を決めるだけじゃつまらないわぁ。そうねぇ……それじゃあ、こんなのはどうかしらぁ? 負けた方は、罰ゲームとして――」

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