第77話 愛に年の差なんて

「ねぇ聞いたよ、エデルくん! ナインスターズの第八席を倒しちゃったんだって!?」


 授業前、同じクラスの女子生徒であるティナに声を掛けられ、エデルは首を傾げた。


「ナインスターズ?」

「生徒会のことだよ! それも知らないってことは、もしかして噂は嘘……?」

「……ああ、あのガイザーの」


 言われて思い出す。


「倒したっていうか、軽く相手しただけだよ。本当はしっかり躾けたかったんだけど、アリスに止められちゃったからさ」

「やっぱり本当だった!? ええと、相手は生徒会なんだよ? まぁでもエデルくんだしね……生徒会のメンバーを倒しても今さら驚かないかも……」


 しみじみと頷くティナ。


「(ということは、今後のエデルくんの生徒会入りは間違いなしってことだよね? 歴代の生徒会メンバーたちは、例外なく各分野で大活躍してるっていうし……うん、やっぱり将来、超絶有望っ! しかも平民だから私にもチャンスがある! これは絶対に逃すわけには……じゅるり)」


 彼女が獲物を狙う肉食獣の目をしていると、教室へ教師が入ってきた。


「……それでは……薬学の……授業を……始めますね……」


 腰まで届く長い髪に、青白い顔をした女教師である。

 ボソボソと聞き取りにくい声で喋り、陰鬱な印象を受ける彼女だが、長い前髪から微かに覗く顔立ちは思いのほか整っていた。


 彼女の名はメリシアナ。

 専門は薬学で、まだ二十代後半という若さながら、すでにポーション調合の分野においては、この国でも有数の研究者として知られていた。


「あ……その前に……」


 そんな彼女が、真っ直ぐとある生徒の方へと歩いていく。

 やがて立ち止まったのは、エデルのすぐ目の前で。


「これ……エデルくんのために……作ったの……手作りで……」


 そう言って差し出してきたのは、ハート形の箱だ。


「よかったら……食べて……」


 くねくねと腰を動かし、恥ずかしそうに告げるメリシアナの目は、乙女そのものである。


 実は最初のこの薬学の授業で、エデルがいきなり彼女でも作れない特級ポーションを作成したことで、すっかり好意を寄せられるようになってしまったのだ。


 最近はよくストーカーもされていて、もちろんエデルはそれに気づいている。

 殺気は一切感じられないので、とりあえず放置しているのだ。


「ちょっと、先生! エデルくんはまだ十二歳なんだけど! 先生はもう二十八だよね!?」


 エデルを取られてはなるまいと、声を荒らげて割り込んだのはティナである。

 さすがにその年齢差では……と思うものの、可能性は潰しておかなければならない。


「愛に年の差なんて……関係ない……」

「関係なくないし! ていうか、十二歳に手を出そうなんて、それもう犯罪じゃない!?」


 断言するメリシアナに、いやいやとティナは首を振った。


 エデルは一応、差し出されたその箱を受け取って、


「ええと……これは?」

「……チョコレート、だよ……」


 中身はチョコレートらしい。


「っていうと、あの甘くて美味しい?」

「うん……」


 魔界にチョコレートなどというものはなく、エデルが人間界に来て初めて知った食べ物だった。


 たまたま女子生徒たちが食べているのを見て、その黒いものは何だと聞いてみたら、驚きながらも一口くれたのである。

 そして口の中いっぱいに広がる甘みに、エデルは感動したのだ。


「エデルくん!? 受け取らない方がいいよ!」

「? せっかくくれたんだし、食べないと勿体ない気が」


 慌てて忠告するティナだが、エデルは気にせず箱を空けた。

 入ってきたのはこれまたハート形をした大きなチョコレートである。


「(ちゃんと食べてくれるなんて……脈ありの証拠……すなわち、両想い……ぐふふふ……)」


 ただチョコレートが好きなだけなのだが、エデルの様子から盛大に勘違いするメリシアナ。


「(でも、これを食べたら、もっと二人の愛が深まる……だって、チョコの中に……アレを、入れておいたから……)」


 どうやら中にヤバいものを混ぜたようである。


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