第68話 実際に何度か死んだし

 魔法陣から出現するのは、アリスとガイザーが今まで見たことも聞いたこともない種類の魔物ばかりだった。


 それもそのはず。

 いずれも魔界の魔物たちなのだ。


「何よ、こいつら!? 強くない!?」

「め、めっちゃ強いっす!」

「そう? かなり弱い魔物しか出ないようにしてるはずだけど」

「どこが!?」

「どこがっすか!?」


 エデルが言う通り、一応、どの個体も魔界においては脆弱な部類に入る魔物ではあった。


 だがそれはあくまで魔界基準。

 地上の魔物とは根本的にレベルが違う。


 さらに初見の魔物とあって、二人は大いに苦戦してしまう。


「しかもどんだけ出てくるのよっ!?」

「や、ヤバい、数が増えていく一方っす……っ!」


 倒しても倒しても、途切れることなく次々と出現する魔界の魔物。

 減るよりもむしろ増えるペースの方が早く、次第に追い込まれていく。


「兄貴っ! 全部で何体くらい出るっすか!?」

「え? もしかしてもう限界? まだ五十も行ってないよね? たぶん、千体は出てくると思うよ」

「「せっ」」


 そろって絶句するアリスとガイザー。

 すでに息が上がっていて、このままでは魔物の餌食になってしまう。


「がっ!?」

「ガイザーっ!」


 二足歩行の獅子の魔物が振るった爪が、ガイザーの身体へと叩きつけられた。

 激しい血飛沫が上がり、顔を歪めるガイザー。


 そこへ容赦なく魔物が襲いかかっていく。


「ま、マジっすかっ……」


 必死に応戦しているが、今の負傷により動きが一気に鈍くなっていた。

 さらに他の魔物の猛攻を受けて、ますます傷が増えていく。


「あ、兄貴っ……た、助けてっ……」


 もう限界だと、救助を懇願するガイザーだったが、エデルは壁に背をもたれさせたままで動かない。


「ちょっ! 本当に死んじゃうわよ!? これ訓練よね!?」


 ついにはガイザーがその場に倒れ込んでしまい、アリスが悲鳴じみた叫び声を上げる。


「大丈夫だよ。ほら」


 ガイザーが押し寄せる魔物の群れに呑み込まれたかと思った、そのときだ。


「っ? 身体が……」

「「「グルアアアアアアアアアッ!」」」

「くっ……の野郎……っ!」

「「「~~~~~~~~ッ!?」」」


 不意に俊敏な動きで立ち上がったガイザーが、豪快に剣を振るって周囲の魔物をまとめて斬りつける。

 さらに先ほどまでの疲労と負傷が嘘のように、再び元気に戦い始めた。


「身体が回復してるっす!?」

「どういうことっ?」


 驚く二人にエデルが種明かしをした。


「この部屋の中だと、死にかけたときに自動で回復魔法が掛かるようにしてあるんだ」

「それなら早く言ってほしかったっす! 本当に死ぬかと思ったっすよ!?」

「最初に言ったら緊迫感が薄れるでしょ?」


 抗議するガイザーに、エデルは当然のことのように言う。


「ついでに言うと、もうちょっと早めに回復してほしいんだけど!」


 ぜぇぜぇと息を荒らげるアリスも、すでに身体のあちこちが傷だらけだ。


「むしろそれが良いんだよ。人間、ギリギリの状態まで追い込まれてこそ、一気に強くなれるものだから。でも本当なら自力で回復する方がいいんだよ? 僕の場合はそうしてたから、完全に死んだと思ったことが何度もあったなぁ……」


 生と死の狭間を縫うような訓練を通して、エデルはここまで強くなったのである。


「まぁ実際に何度か死んだし」

「どういうこと!?」

「どういうことっすか!?」


 その後、魔法陣から魔物が出てこなくなるまで、およそ三時間。

 アリスとガイザーは、一切休憩することなく戦い続けた。


 途中、幾度となく心が折れそうになりながらも、必死に戦い抜いた二人は、


「や、やっと終わったわ……」

「もう、限界っす……指一本すら、動かしたくないっす……」


 ぐったりと床に倒れ込み、消え入りそうな声で呻いていた。


「うん、お疲れ様。最初としてはちょうどいいレベルだったね」

「どこが!?」

「どこがっすか!?」


--------------

『無職の英雄』コミカライズ版の6巻が発売されました! こちらもぜひよろしくお願いします!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る