第59話 ちょうどいい感じになるから
アリスがディアナの不意打ちで気絶した後。
残った三人を片づけるのは、ハイゼンにとって非常に容易いことだった。
「思ったより時間を食ってしまったな。だが他のチームが戻ってこないところを見るに、野盗どもが上手くやってくれたか……。おい、こいつらも運んでおけ」
「へい、了解っす!」
気を失った生徒たちを、金で雇った野盗たちに命じて運ばせる。
もちろん彼らを奴隷市場に売りつけるわけでも、家族に身代金を要求するわけでもない。
先ほどアリスに明かした通り、英雄マリベルを誘き寄せるための人質にするのが目的だった。
そのためにハイゼンは、グリスやディアナなど、彼の考えに賛同し得る貴族の生徒たちをあらかじめ用意しておいた。
そして彼らを今回の冒険探索のチームに配置し、事が上手く運ぶよう、他の生徒たちを誘導してもらったのである。
「邪魔なシャルティアもすでに排除した。ほぼ想定通りに進んでいる」
その息のかかった生徒たちが続々と戻ってきて、ハイゼルは彼らから状況の報告を受けた。
それによると、全部で十二あったチームだが、八チームはしっかり森の中で片づけることができたようだ。
三チームは森の中で仕留めきれず、ここベースキャンプにまで戻ってきてしまったが、すでにハイゼンが直接手を下したため問題ない。
残すは一チームだけだ。
それも恐らく近いうちに報告がくるはずだった。
だが、それから幾ら待っても、なかなか戻ってくる気配がない。
「……随分と時間がかかっているな? 何かあったのか? ……まあいい。この場は任せて、私は先に砦に向かうとしよう」
森の奥深くに存在している古い建造物。
長らく放置されていたのだろう、風化し、あちこち崩れ落ちてはいるが、それでも近づく者を圧倒する物々しい威圧感を放っている。
かつては砦として使われていたらしいここが、ひとまず生徒たちを捕らえておくための場所だった。
住みついていたオークの群れを殲滅して、今回の計画で利用することにしたのである。
ベースキャンプの方は手を組んだ生徒たちと野盗に任せ、この砦へとやってきたハイゼン。
だがその出入り口となる門の前で、予期せぬ人物が彼を出迎えてくれた。
「あ、やっと来たね」
「……どういうことだ?」
謎の状況に訝しむハイゼン。
そこにいたのはグリスたちのように、彼の息がかかった生徒ではない。
本来ならこの砦の中で拉致されていなければならない、平民の生徒なのだ。
それがなぜ、砦の外に一人で突っ立っているのか。
砦から逃げ出したのだとしても、こんなふうに平然としているはずがない。
「お前は確か、編入生の……エデル、だったか」
「うん、そうだよ」
「そこで何をしている?」
「何をしてるって、先生が来るのを待ってたんだ」
「……なぜお前は捕まっていない? 中にいた者たちはどうした?」
「野盗たちなら全員、寝てるけど」
「なんだと?」
ますます状況が理解できずに、ハイゼンは困惑する。
「(いや、こちらを混乱させて、この場を上手く切り抜けようという魂胆か。恐らく逃げ出した直後に、タイミング悪く私と遭遇してしまったのだろう)」
そう推理し、冷静さを取り戻すハイゼン。
そのとき何を思ったか、エデルがどこからともなく荷物を取り出した。
「詳しいことは彼に聞いたんだ」
一体どこに仕舞っていたのか、エデル自身よりも大きな荷物だ。
いや、よく見ると荷物ではない。
人だ。
「グリス……っ!?」
ハイゼンの考えに賛同し、この計画に協力していた生徒の一人である。
エデルの顔を見た瞬間、彼は悲鳴を上げた。
「ひいいいいいいいいいいいいいいっ!? お、俺がっ、俺が悪かったよおおおおお……っ! だからっ……だからもうやめてくれえええええええええええっ!」
いつもは過剰気味なほど自尊心の強い生徒のはずである。
それが頭を抱えて泣き叫ぶ姿に、ハイゼンは再び困惑へと突き落とされた。
「い、一体何をした……?」
「何って、ちょっと教育しただけだよ」
「明らかに精神が壊れているだろうっ!?」
「大丈夫大丈夫。こういうタイプは、いったん壊してから治すと、ちょうどいい感じになるから」
平然と意味不明なことを言うエデルに、ハイゼンは恐怖すら覚え始めるのだった。
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