86話 夕月と学祭デート5



 文化祭中、校内をぶらついてるときのこと。

「あ、お化け屋敷」

「!」


 夕月が足を止める。

 ん? なんだろうか。


「行きたいのか?」

「ええ!? べ、別にぃ……?」


 彼女は目線を、キョロキョロとせわしなく動かす。なんだ?


「立ち止まったってことは行きたいのかと」

「い、うや……いや別に……りょ、亮太くんが行きたいなら? い、いくよっ!」


「いやそこまで行きたいとは思ってないが……」


 あれもしかして……?


「おまえ苦手なん? こういうの?」

「なっ!?」


 夕月が目をむいて俺を見やる。このリアクションは多分あたりなんだろう。


「へえ……怖いの苦手なのか」


 意外だった。苦手なもんなんて何もないとばかり思っていたから。そう言う意味で言ったのだが。


 むっ、と夕月が顔をしかめる。


「べ、別にっ。怖くないよ!」


 なんだか彼女の勘に障ったようで、入ろうとする。


「いや、行きたくないなら別に無理していかなくても……」


「いきます! いくんです! 怖くないもん……お化けなんて!」


 10秒後。


「ふぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 俺たちは手作りの安いお化け屋敷のなかにいた。


 普通の教室を真っ暗にして、中を迷路のように仕切っている。


 最初に出てきた明らかに手抜きくさい女の幽霊を見て叫び声を上げたのである。夕月が。

「おまえ……声でけえよ……」


 だが俺の声が聞こえてないのか、夕月は抱きついたママ振るえている。


「だ、だって……だって……だって……」


 夕月は俺の腕に抱きついて子供のように振るえている。


 暗い室内から一歩も動けないで居る様子だ。

「りょ、亮太くん……さきいって……わたし……きたみちかえる……」


「それは他の客に迷惑だろ。ほら、いこうぜ」


「でもぉ……」


 おびえる彼女がなんだか新鮮だった。

 怒ってる彼女、笑ってる彼女、そして俺を誘惑するときの彼女……


 今夕月が見せているのは、そのどれでもない新しい顔であった。


「心配すんなって」

「亮太くん……」


 ぎゅっ、と更に強く彼女が抱きついてくる。

「……離さないでね」

「おう」

「ひとりで先に行ったら怒るから」

「わかってるって」


 いつも俺を翻弄するばかりの彼女が、このときばかりは、俺の事を頼っている。


 そのことが、なんだろうか、ちょっとうれしかった。


「ばぁ……!」

「ひぃいいいいいいいいやぁあああああああああああああああああああああ!」


 お化けが影から出てきただけで彼女が絶叫。

 夕月の悲鳴は……。


 悲しいことに……。


「セクモンみしろと、そっくりだ……」


 嫌なことに気づいてしまったのだった。

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