56話 戸隠、四葉に声をかけるが敗北【先行版】



 飯田亮太とともに、四葉は体育館にいた。

 

 文化祭が近づいてきている。

 彼女たちの所属するバスケ部は、OB戦をやることになっていた。


 アルピコ学園の卒業生を集めて試合をするのである。


 バスケ部用の体育館には客席がなんともうけてある。

 2階からアリーナがのぞけるようにはなっているのだが。


 しかし毎年そこが超満員で埋まってしまうのだ。


 アルピコ出身者は超一流のアスリートになっている場合がおおく、オリンピック選手も参加する年もあって、毎年客は楽しみにしているのだ。


 よってフロアにも客席用のパイプ椅子を並べておくのである。


「ぜえ、はあ……」

「ごくろー、りょーちん。パイプ椅子運ぶの」


「おまえ少しは手伝えよ……」

「アタシは足、怪我してるからよー」


 パイプ椅子に腰を下ろして、亮太に作業をさせる。


 彼はぶつくさ文句を言いつつも、四葉を非難することは一切しない。


「…………」


 椅子に座りながら、亮太の姿をじーっと見つめる。


 彼は気づいてないようだが、四葉はずっと彼の横顔を見ていた。


 幼い頃から、今日に至るまで。


 好きな男性ひとのことを、浮気することなく、ずっと。


 おどけた態度を取ることの多い四葉だが、亮太以外を好きになったことは一度も無いし、これからもずっと彼を愛すつもりだ。


(文化祭デート……どうだろう。受けてくれるかな……)


 なんとか勇気を出して誘うことまではできた。


 亮太と一緒に文化祭を回れたら、最高だ。

 

 でも彼を狙う女は多い。

 義妹の夕月ゆづき


 …………。


「あれ? 意外と少ない?」


 セクモンことみしろは、多分自分からデートに誘うようなことはしないだろう。


 保健医の百合子は当日も、文化祭参加者の救護班に割り振られるらしい。


 そうでなくとも、生徒と先生が同じ学校でデートするなど、大騒ぎになるだろうから。


(ライバル一人じゃん! ゆづちゃんだけじゃん……! って、そこも強敵だよなぁ)


 義妹の夕月。


 知らぬ間に、突如現れた強力なライバル。


 四葉にとっては、最大の難敵と言える相手。

(ずりーよ、マジでさ。なんだよ義妹って。ずるじゃん)


 常日頃から夕月ゆづきに対する、そういう感情は抱いていた。


 こちらが頑張って距離を積めようとして、関係を作ろうとしているのに……。


 相手は親の都合というとてもインスタントな方法で亮太の隣をゲットした。


(アタシだって……りょーちんのそばにいたいもん。好きだもん。アタシの方が、もう何年も何年もずーっと、好きだもん)


 なのに、夕月ゆづきに取られそうになって、狡いと思ってしまった。


(そんなんもうチートやチーターやん。……言いたいだけやでディアベルはん)


 と、そのときだった。


「贄川さん」


「んえ? って、あんたたしか……」


 そこにいたのはバスケ部のレギュラーで、イケメンの、戸隠とがくしだった。


「と……とが……と……なんのよう?」


 名前を思い出そうとしたが、思い出せなかった。


 あんまり……というか全く興味の無い相手だったから。


「ちょっとここじゃ話しにくい内容なんだよね」


「ほーん。あたしを呼び出すとは良い度胸じゃん? ま、その度胸に免じて話くらい聞いちゃろうかな!」


 と、あからさまにぼけたのに……。


「じゃ、こっちで」


 と言って戸隠は体育館の外へ行こうとする。

 乗りの悪いやつだ。

 とこの時点で、戸隠に対する関心は、ゼロからマイナスになった。


「りょーちーん」


 ぶんぶん! と四葉が亮太に手を振る。


「なんだ?」

「ちょいと席はずすー。勝手に帰らないよーに」


「おうよ」


 ……本音を言えば、亮太に止めて欲しかった。


 呼び出しって誰から、とか。

 そういうふうに興味持ってもらいたかった。

(あたしにもっと興味もたんかいっ。ったく……鈍感なんだから……ま、そういうのもいいんだけどさ)


 四葉は戸隠といっしょに体育館裏へとやってきた。


「贄川さん。おれと文化祭でデートしてくれないかな?」


「ふぁ……?」


 何を急にこのイケメン……と戸惑う四葉。


「実は前から贄川さん狙ってたんだよね」

「へー」


 興味の無いイケメンからそんなこと言われても、興味ない以外の感情がわいてこない。


「おん? でもなんかとが……と……とが……君ってなんか、みしろんのこと狙ってなかったっけ?」


 びしっ、と戸隠の表情が固まる。


 なぜ知っているのか、とでも言いたいのだろう。


 こないだ亮太から聞いたのだ。

 戸隠がみしろに告って、死んだと。


「あ、いや……それは……」

「ははん、さてはてめえ……面のいい女なら誰でも良い、くそ野郎だな?」


 しどろもどろになる戸隠を、四葉は心から軽蔑する。


 そして、ニコッと笑う。


「へーい、ゆー」


 四葉は至近距離まで、戸隠に近づく。


「相手のボールを、股間ゴールにしゅぅううううと!」


 ちーん!


「ふぎぃいいいいいいいいいいい!」

 

 戸隠の股間にケリを蹴りを食らわせた。


 彼は脂汗をかきながら、その場に崩れ落ちる。


「おっさんJKなら簡単に落とせるとおもったかい? 残念だったな! たしかに四葉ちゃんはスタイルもいいし面もいい。貞操観念もゆるゆるの、頼めばやらせてもらえそうな女だけどな」


 でも! と四葉が指を差す。


「アタシにだって好きな人くらい居るし、選ぶ権利だってある」


「好き……なひと……?」


「おう。りょーちん、飯田君だよ。あたしめっちゃ好きなんだよね」


「い、いいだぁー……!?」


 彼が目をむいて叫んでいた。


「また、あいつ、かよぉ……! あんなのの、どこが……いいんだよ!」


「おてぃんてぃんイズそー、でっかーい!」



「おてぃ……?」


 うむ、と四葉がうなずく。


「りょーちんマジででかいんだよね。あ、もちろん内面も好きよ。でもりょーてぃんは別格。あれを味わったらもー彼無しじゃいられなくなるね」


 あ、と彼女が続ける。


「とが……なんちゃら君。きみ、ちんこちっちゃいね」


 蹴っ飛ばしたとき、足に当たった感触から、戸隠のあそこのサイズを把握したのだ。


「君顔はいいけど中身ゴミだしあそこはちっちゃいしだし。悪いけど君と付き合うつもりはないから。てぃんぽもちっちゃいし」


「…………」


 フラれたからって、やれそうな女にコロッと乗り換えるような男はゴミだ、と四葉は思う。


「やれそうな女だからって見下してんじゃねーっつの。えんぴつちんちゃんな君は家に帰ってしこって寝てな。女を抱こうなんて一億光年早いんだよ。あでゅー」


 ひらひら、と四葉が手を振ってその場を離れる。「ん? いちおくここーねんって……距離……? ま、いっか」


 戸隠は「また……負けた……飯田……飯田ぁ……」と絶望の表情でつぶやくのだった。

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