12話 親友のねんざ、保健室で二人



 夕月ゆづきと本格的に肉体の関係を持つようになって、一週間ほどが経過した。


 ある日の部活の最中にて。


「痛っ……!」

贄川にえかわ!」「四葉ちゃん、大丈夫!?」


 体育館でバスケの練習をしている。

 男子と女子は合同で練習することが多い。


 コートの端っこで、俺の親友……四葉よつばが倒れていた。


「へ、平気だって……いっつう……!」

「アイシング! 氷もらってきて!」


 女バスのキャプテンが一年に指示を出す。


 俺や他の部員達が四葉の元へ駆け寄る。


「あ、あはは……大袈裟だってみんな。動けるし……いっつ……」

「バカ! 足ぐねったんだから動くな!」


 キャプテンに言われて四葉が大人しく黙る。

「保健室に四葉を連れてこう。男子、誰か手ぇ貸して……!」


 女バスキャプテンに言われて、周りの男どもが、鼻息荒く言う。


「はいはいっ! おれおんぶしまーす!」


「ばっかおめえ、贄川にえかわのおっぱいが目当てだろ!」


 確かに四葉の胸はほどほどにでかい。

 足を捻挫して、おぶってくとなると、なるほど、あの大きな胸を触ることになる。


「はぁ!? べ、別に胸とかかんけねーし」

「緊急事態なんだからおれがいくよ! おんぶ、なんだったらお姫様だっこでも」

「下心見え見えなんだよバカぁ!」


 ……人が怪我してるってのに、バカな奴らだ。


「四葉。ほら、乗れ」

「え……?」


 俺はすぐに四葉を負ぶって、持ち上げる。


 背中にいろいろ当たるが、まあ別に。


「俺、こいつおぶってきますんで、キャプテンは先に行って先生に知らせといてください」


「え? あ、うん……わかった!」


 女子バスキャプテンが離れていく。

 一方で残された男子たちが俺を茶化す。


「おいおい飯田ぁ……なんだ真っ先におんぶしてよぉ」

「そんなにおっぱい触りたいのかよぉ」


 ……はぁ。まったく。


「別に」


 胸なんて、別にな。

 ここで触らなくても、家じゃ飽きるほど触ってるし。


「飯田」

「乗鞍先輩……」


 男バスのキャプテンが俺の元へやってくる。

 背が高く、イケメンだ。


贄川にえかわをお願いな。早く言ってあげてくれ。あと……おまえら。ちょっとこっち来い」


 茶化した男子達をあつめて、乗鞍先輩が端っこへ行く。


「……緊急時に、仲間が怪我したってのになんだあの態度は。ふざけるのも大概にしろ。そんな意識でスポーツマンを名乗るな」


 先輩がしかってくれてるので、まあそっちは任せよう。


 俺は四葉を負ぶった状態で体育館をあとにする。


「…………」


 四葉は無言だった。


 俺は階段を降りながら問いかける。


「すまんな、痛いだろ」


「……うん。マジ痛え」


「だよな。悪いな、バカどものせいで無駄な時間くっちまってよ」


「……いいよ。りょーちんのせいじゃないし」


 俺は四葉を連れて、一度体育館を出る。


 その間こいつは一言もしゃべらなかった。


 校舎に到着し、保健の先生に四葉を任せる。

「俺、一階戻って着替えとかバッグとか持ってきます」


 ベッドに座る四葉が、俺を呼び止める。


「あのさ、あんがと」

「おう。まあ、大人しくしてろな」


 俺は保健の先生に四葉の治療を任せ、いったん体育館へ戻る。


「飯田、お疲れ」

乗鞍のりくら先輩」


 ハンサムなキャプテンが体育館の下駄箱で待っていた。


 その手にはスポーツバッグが。


「これ、贄川にえかわの。着替えとかも入ってるから。あ、もちろん女子に取ってきてもらったから安心して」


 ……俺が頼む前に、この先輩は先んじて用意してくれてたらしい。


贄川にえかわ妹に頼んで、家族を呼んでもらったから。1時間もしたら学校に来るから、それまで保健室で待っててだってさ」


「そこまで手配して……ありがとうございます」


「なに、部長の仕事だから気にしないで。ほら……行ってあげて」


 乗鞍先輩に頭を下げて、俺は出て行こうとする。


「そうだ飯田。さっきのおまえの行動、とても偉かったぞ」


 振り返ると、乗鞍先輩が微笑んでいる。


「誰よりも早く、口じゃなくて行動に移す。簡単なようだけど実行するのは難しい。おまえはすごいやつだよ」


 別にたいしたことしたわけじゃないのに、褒められてしまって、ちょっと気恥ずかしかった。


「……そりゃ、どうもです」


 俺はペコッと頭を下げて先輩の元を離れる。

 校舎へと向かい、保健室へ入る。


「四葉、大丈夫か?」


「うん、おかげさんで」


 ベッドに四葉だけが腰をかけてる。


「先生は?」

「職員室。治療は終わってるよ」


「あ、そう。ほら、着替えとかバッグ」

「どーもどーも」


 俺は四葉の隣にバッグを置く。


 正面のベッドに腰を下ろして、四葉の素足を眺める。


「足、どうだって?」

「捻挫。2ヶ月くらいはかかるかもってさー。まじかー」


「そっか……まあ、ウィンターカップまでには治りそうで良かったじゃん」


 ウィンターカップとは冬の全国大会のようなもんだ。


 12月の下旬に行われる。

 今は9月中旬くらいだから、まあ間に合うだろう。


「良くないよ。2ヶ月もバスケできないんじゃ、暇持て余すよ」


 ぶらぶら、と無事な方の足をぶらつかせながら四葉が言う。


「彼氏でも作れば?」

「あほか。あたしみたいなのに彼氏なんてできるかっつの」


「そうか? 普通に美人だし、体も引き締まっててスタイルいいし、すぐ作ろうと思ったらできるんじゃないの?」


 俺は思ったままを口にした。


 だが四葉は黙ってうつむいてしまう。


「……あの、さ」


「おう」


「……なんか、りょーちん、雰囲気変わったよね」


 唐突に彼女が言う。

 うつむいたまま、なぜか手で髪の毛を触りながら。


 なぜか……俺に顔を見られないように、しながら。


「そうか?」

「うん。2学期から、まるで別人みたいになったよ。大人になった、っていえばいいのかな」


 ……二学期からいろいろあったからな。

 親の再婚とか、あとは……夕月ゆづきと関係を持つようになったのが大きいかも。


「りょーちん、ほら、他のバカな男子たちみたいにさ、がっつかなくなったじゃん」


「がっつかない?」


「うん……ほら、男子ってさ、走るたびにお尻とか、胸とかさ、ガン見してくるじゃん? 今日だって誰がおんぶするとかで揉めてたし。ガキみたいにさ」


 確かにあれはガキっぽかったな。


「でも……最近のりょーちんは違う。前はちょいちょい見てきたけど、最近は全然だし。おんぶしても、別にいやらしいさわり方しなかったし。……なんで?」


 なんで、と言われても……。


 別に胸なんて、家に帰れば嫌というほどみれる。


 だから別に、四葉でセクシャルを満たす必要は無い。


「……もしかして、さ。こないだの、その……ゴム。ほら。あれ……さ。使ってる、とか?」


 ……先週、俺は四葉に、コンドームを買っているところを目撃された。


 あれ以降、特に四葉は追求してこなかった。


 ……だが、少し意識されているのは気づいていた。


 毎週月曜日になると、俺のとこに週刊少年マガジャンを読みに来るのに、今週はこなかったし。


 なるほど、ずっと聞きたかったのか。


「おまえには関係ないだろ」


 別に俺が使ってるか否かなんて、この場において全く意味の無い話だ。


「そ、だね。てっきり梓川さんに使ってるのかなって思ったけど、別れたんだもんね」


「まあな」


「やっぱり、りょーちん変わったね。別人みたい。なんか、大人びて、なんかその、ちょっとカッコいい」


 カッコいい?

 俺が?


「ねえ、新しい彼女、いるでしょ?」


 唐突にぶっ込んでくる四葉。

 

「いないよ」

「あ、そ。じゃあ義妹ちゃんとどういう関係なの?」


 じっ、と彼女が俺を見つめてくる。


 さて、どうするか。


 夕月ゆづきかとの関係が俺はまだ、はっきりと固まっていない。


 セックスをする関係ではある、義妹でもある。


 でも恋人関係では決して無い……とは思う。


「ただの、兄妹だよ」


 ……だが、彼女は決定的な発言をする。


「えっちなことしてるのに?」


 ……しばしの、沈黙があった。


 黙ってしまったのが駄目だった。

 相手に、ばれてしまった。


「あそっかぁ、やっぱやってたんだー」

「なん……で?」


「昼休みになると、必ず教室で、5階の多目的トイレ行くでしょ?」


 この学校には多目的トイレと言って、車椅子の人でも使えるようなトイレが、いくつかある。


 一番人気の無いのが、5階のトイレだ。


「義妹ちゃんがいなくなったあとに、りょーちん必ず、そこのトイレに入っていくじゃん?」


「……見てたのか」


「まあね」

「つーか、そもそもなんであと付けた?」


「気になるじゃん。……好きな人のことなら」


「え?」

「なんでもないよっと」


 ……確かに。


 四葉が言うように、俺は夕月ゆづきと、学校でもするようになっていた。


 前にあいつから、昼休みに呼び出されたのだ。


 俺は断りきれず、やってしまった。


 以降も、呼び出されては、ズルズルと行為を重ねてる。

 

 いつかバレるかもと危惧していたが。

 ……まさか、親友につけられてとは。


「義妹ちゃんとは、付き合ってるん?」


 俺が妹とやってるって知ったのに、四葉の表情には、嫌悪感のようなものは見られない。

 頬が赤かった。


「いや、付き合ってないよ」

「でもやってるんだ。あのときのゴム使って?」


「いや……もう無い」

「あんな買ってたのに、もう使いおわったんかい。ふーん」


 しばし、無言。

 俺が妹とやってると知って、彼女は何を思ってるんだ?


「ね、りょーちん」


 小さく、四葉がつぶやく。


「お願い、あんだけどさ」


 頬を赤く染めながら、俺の眼を見上げて言う。


「あたしとも……さ。してくれない?」


 少し照れつつも、妙に早口でいう。


「義妹とできるなら、親友あたしとも、できるよね?」

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