閑話 優理の生まれた日 5月2日
ダンジョン生活13日目。
優理がこの世界に来て85日が経過した今日この日。前世を含めると35歳になるこの日は優理の誕生日に該当する日だった。
この日、0時を回り日付が変わったあたりで優理は久しぶりに夢を見ていた。昔の夢だ。テントで横たわる優理はその夢を見て無意識に一粒の涙を流し、その優理の涙を見ていたソフィアは、そっと優理の胸に頬を当て、優しく添い寄る事にした。
「優理ー。」
「さち。お待たせ。うん。」
「うん。久しぶりー。今日はいきたいとこがあるから、着いてきてね。」
「あーいうんわかったよハーイ!」
「やめてそれ! うける! それ言ってすぐ話しの途中で電話切るんだから!」
「あはは。まぁ・・・行くか。」
「うん・・・そだね」
高校を卒業してからずっと会っておらず、久しぶりにさちと会った優理は、心の中で浮かれていて、心の中にあるモヤモヤな気持ちを一旦心の奥に仕舞いながら言いたい事も伝えたい事も全て押し込め、さちに言われた通りに黙って着いていく事にした。
待ち合わせは優理が住んでいる街の一番大きな街の駅の中で、忙しいサラリーマンやショッピングを楽しむ人々に溢れ返り、ざわざわと忙しく移動する人の流れの中、立ち止まった二人だけがその場にいるような感覚になるほど鮮明に、優理の脳内には目の前に映る少女の姿しか映らないほどの幸福感があったのを記憶している。
「電車に乗る感じか?」
「うん。」
少女は何も語らず、ただ歩き続ける。昔とは違い、手を繋いだりする事もなく、優理の目に映るのはさちの後ろ姿だけで、年の割には子供っぽい服のデザインで有名なブランド物のワンピースと、浅めに被った帽子がよく似合うさちの定番のコーデに、優理は懐かしさと若干の寂しさを感じながら何も言わずついていく事にした。
駅のホームにいる間はたわいない会話を楽しみながら雑談し、お互いに踏み込むこともなく、ガタンガタンという音と共に電車が止まる音が近づいてくるまで不自然なく会話しながら過ごせたと優理は感じていた。
それから電車に乗り、乗り換え等を1,2回行いながら目的の場所に着き、「ここだよ」と言いながら優しく笑みを浮かべながら降りていくさちに追従する形でついていき、優理も何度か足を運んだ事がある全国的にも有名なその場所に到着した。
「いこ。」
「うん」
優理が異世界に行く前には連日人で溢れ返り、若者や観光で賑やかな場所として話題の場所だったが、その当時は観光の人やとある目的で訪れる人以外はそこまでいないような、昔ながらの古い商店街のようなその場所を通り、二人で観光しながら更に奥へと進んでいく。
「優理と、来てみたかったんだ」
「そか」
池がある場所の橋の上で振り向く彼女は少しだけ大人びて見えて綺麗で、真っ直ぐにどこか遠くを眺めながら優理にそう語りかけ、優理はその彼女を見上げながら単調な返事で返すと、彼女が見ている場所とは違う、池の中に泳いでいるコイに視線を移しながら眺めその時を過ごしていた。
「少し、歩こうか」
「うん」
「手、繋いでもいい?」
「うん」
彼女からのお誘いで、二人で手を繋ぎながら散歩コースのある外周を周り、優理の記憶では桜の花が満開でところどころの舗装された道路上に花びらが落ち、先日の雨で地面が少し濡れていたのを覚えている。手の感覚は暖かく、昔とは違い少しだけ大きくなった彼女の手の感覚を優理は忘れる事がこれからも出来ないだろう。
沢山の事を質問され、沢山の話をした。踏み込む話はしない。ただただ関係性をお互いに理解しながらも、当たり障りのない話、ほとんどが昔の話題で盛り上がったのを記憶している。当然笑顔も溢れ、あの頃の2人に戻ったかのような不思議な感覚を何もかも忘れ、その永遠とも呼べるほどの短い時間を、二人は楽しんでいた。
「優理。」
「うん」
1周一時間もかからないその外周を十分に時間をかけて周り、入り口が見えたあたりのちょうど一番花が綺麗に咲いている何の建物かわからない建物の横にある一本の大木、その大木の前で彼女は優理の手を離し、優理はそれに気づいたがそのままゆっくりと速度を落としながら歩き続け、少しだけ距離を離したところで彼女から声をかけられ、振り向く事もなくその言葉に耳を傾ける事にした。
「今日で会うのは最後。」
「うん」
「今日は楽しかった。」
「うん」
「初めて、浮気、しちゃった」
「うん。」
「何も、言ってくれないんだね」
「・・・・・」
「わかってる。私、迷ってたんだよね。」
「・・・・・」
「だから今日ここに。優理と来れて。」
「・・・・・」
「楽しかったし、嬉しかったよ。」
「俺も、楽しかった」
「そっか。よかったー。」
「いつかは来ると、思ってたからな」
「うん。私、結婚するんだ」
「おめでとう。どんな奴だ?」
「優しくて、お金持ち。少しだけ子供かな。怒りっぽい」
「そうか。さちが決めたんだったら、応援するよ」
「うん。子供が出来たから。」
「子供か。めでたいな」
「うん。こんなつもりじゃなかったんだけどね・・・出来婚とか・・・でも子供の事考えると、仕方ないかなって。最初は色々考えたんだけどね、優理に名前一緒に考えて貰おうかなーとか」
「それはまずいだろ。変なキラキラネームにしかならんしな」
「ぷ。それは嫌だな。まだ男の子か女の子か、わかんないしね」
「猶更、浮気なんかしてちゃだめじゃん」
「別に会話しにきただけだしー」
「それは嬉しいな。さちの幸せを願ってるよ。ずっと」
「うん。だから最後、もう、迷わないかな。」
さちは優理の背中に頭を付けながら勢いよく抱き着き、彼女の小さい身体の柔らかさを優理は全神経で感じ、互いの思いを言葉で語らないまでも理解し、全てを受け入れながら安心し、思考の全てを委ねるように身体も心も任せる形に脱力した。
「そっか」
「うん。会いに来てよかった。これで私も思い残す事はなくなった」
「うん。俺も頑張るよ。さちも、幸せになってな」
「うん。ありがとう。優理も、必ず、幸せになってね」
「・・・・・うん。」
「そ。それを聞けて安心した。約束だからね」
「・・・・・」
「今日は帰るね。送らなくていいから」
「うん。じゃあな」
さちは回していた手を外し、無言でほほ笑みながら歩いていき、最後まで振り向く事もなく、歩き去っていった。優理はその場に残り、池の中心にある足場の先にある場所に腰掛けながら、終園時間になるまで感傷に浸る事にした。
優理はさちの事を愛していた。異世界に行った今も、その思いは色あせる事なく、あの頃と変わらない気持ちで今も愛している。誰と身体を重ねようとも、どんなに時が経とうとも、優理の中の絶対であり、1番であり、変わる事がない思いがそこにはある。そしてそれはさちにとってもそうであろうと、自意識過剰とは感じず、優理の中の感覚ではよくわからない確信がそこにはあった。
優理の異常な思考回路は、その強すぎる思いに反して一緒にいる事を望まず、高校生の一時期、僅か3カ月間だけ付き合った後、全てを悟った優理が別れを決意し、二人は別々の人生を歩む事になった。その強すぎる愛ゆえに、さちの幸せの隣にいる人物は自分ではないと理解してしまったのだ。
そこからはお互いを認識していながら時々会った時などに会話する事はあれど、必要以上に近づく事もなく、ただ日常を過ごし、卒業して別々の人生を進んでいった。
ただ卒業後もお互いに定期報告を携帯電話でどちらからし出したのかはわからないが行うようになっていて、3カ月に一度、どちらからかが連絡をとるのが当たり前になっていて、適度な雑談と状況報告をする事をどちらも当たり前のように行っていて、とても歪で、言葉では簡単にいい表す事が出来ないほどの関係性が構築されていた。
そうして過ごす中、時間も流れ、さちも出会いや別れ、恋愛を繰り返し、子供を身籠り、結婚を決意する事になった。優理は今日この電話で予定した日が最後に会う事になるだろう事がわかっており、さちもそのつもりでリスクを負って会いに来ていた事でお互いに最後を楽しみ、そして最後の定期連絡を終え、その後一切の連絡をとる事なく、真の意味で別々の人生を過ごす事になった。
優理が、さちの状況を噂で耳に聞くまでは。
(ふう。この前からこれの繰り返しだな。何度も夢に出てくる。もうあの頃の俺はもういないのに。記憶が、魂が同じだからか? それにここの世界にいる間、俺の追体験がよく起きる。偶然か、俺が・・・勝手に寄せて意識しているからそう思うだけなのか・・・俺の心が求めている。ふう。考えすぎか)
(ユーリ・・・)
ソフィアは優理の胸の上で寝ていた為、内容はわからないまでも優理の気持ちを理解してしまった。今までもそのような事が何度かあり、ソフィアの中の優理像のイメージがより確実な物へと変わっていった為、ソフィアもとある事を決意する事になった。
優理が求める事で優理が出来ない事を『代わり』にやる事。自分が優理に成り代わり、同じ感性で、同じ追体験を持って、より理解を深め、同じ苦しみを背負ってあげられるように、ソフィアはそうなりたいと思ってしまったのだ。
夜も開け、今日もダンジョンでの活動が始まる。恐らく何気ない顔で優理もソフィアも行動し、心の奥に潜ませた闇の部分を表に出す事はこれからもないだろう。
ただこの日を境にソフィアと優理の中にある絆がより深まった事は、お互いに認識しており、語らないまでもお互いに協力していく事になる、真のパーティーのあるべき姿として完成した一日となったのであった。
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