第191話「竈の下の灰まで」
竈の下の灰まで。家の中にあるものは何から何まで残さず燃やし尽くすと、火はやがて炎に変わる。それは赤々とした巨大な火柱となって天高く昇りつめると、最後はぱちぱちと爆ぜて静かに消えていった。その様子を見ていた僕は「あーぁ」と思わず声に出して言った。せっかく綺麗な火だったのにもったいないことをするものだ。すると、隣で同じようにして火を眺めていた父が僕の頭をぽんと撫でた。
「綺麗だろう? 火っていうのはこれぐらいの大きさじゃないと見応えがないんだ」
「でも、もう燃えカスしか残ってないよ?」
「いや、まだだ」
父はそう言って家の中へと入っていった。僕も父に続いて中に入る。そして、その言葉の意味を知った。
――あぁ、これは……。
室内には先ほどまでの赤い炎ではなく、青白い炎が揺らめいていたのだ。そして、それを取り囲むようにして父と母がいた。母は床に座り込み、父は母の肩を抱いて何かを語りかけている。僕は二人の元へ駆け寄った。
「ねぇ、これどうなってるの!?」
「ん? あぁ、お前は初めて見るのか。これが踊り場だよ」
「おどりば……?」
聞き慣れない単語に首を傾げると、母は微笑みながら説明してくれた。
「この家はね、こうして時々踊り場が出てくるのよ。それも決まって夜中にね」
「どうして?」「さぁ? 私たちが生まれる前からこうだから理由は分からないわ。だけど……」
母はそこで言葉を切った。見ると、父の瞳はどこか遠いところを見つめているようだった。
「きっと神様のおかげなんだと思う」
「かみさま?」
「えぇ、神様が私達に新しい命を与えてくれた時に、この家に宿り木を残してくれたんじゃないかしら。そして、また新たな命が生まれてくる時が来ると、その踊り場で待っていてくれるのよ」
「ふぅん」
そんな話をしているうちに、徐々に青白い炎は小さくなっていき、やがて跡形もなく消えてしまった。それを見届けると、僕ら三人は外に出た。すると、いつの間にか辺りはすっかり明るくなっていた。空を見ると、太陽は高く上っている。
「あら、いけない! 学校に行く時間だわ!」
母は慌てて時計を見た後、急いで家に戻っていった。残された僕達は顔を見合わせて苦笑する。
「じゃあ俺達も行くか」
「うんっ」
歩き出そうとしたその時、「おい」と呼び止められた。振り返るとそこには近所のおじさんが立っていた。
「あのさ、昨日の夜、なんかすげぇ火事があったらしいけど大丈夫なのか?」
「はい、大事には至らなかったんで」
「そっか、ならいいんだけどよ」
それだけ言うとおじさんはすぐに行ってしまった。その後ろ姿を見送りつつ僕は思った。そういえば今朝はいつもより早く起きたせいでニュースを見ていなかったな。何があったんだろう? 僕は少し気になったので携帯を取り出してネットを開いた。検索ワードを入力して調べてみるとすぐに記事が見つかった。どうやら放火事件らしい。現場はここから二駅離れた住宅街にある一軒家で、出火原因はガス漏れということになっていた。犯人はまだ捕まっていないらしく、警察が捜査を続けていると書かれている。しかし、それ以上詳しい情報は何も出てこなかった。
「…………」
なんだか釈然としない気持ちのまま、僕は学校へと向かった。
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