第42話「思いやり」

「思いやりを。おお、思いやりを」

男性が倒れている男性を揺さぶった。

「……ああ、なんてこと。こんなことが起こるとは……」

女性もよろめきながら立ち上がった。どうやらこの二人は夫婦のようだ。二人の表情には悲しみが浮かんでいる。

それはそうだろう。目の前で人が死んでいるのだ。しかし、すぐに彼らは顔を上げた。そして、その目はまっすぐに僕を見た。

「おお、思いやりを!」

男性が叫ぶ。

「何言ってるんですか?」

僕が返事をする。

「思いやりを忘れないでください!あなたは今、一人を殺しました!」

女性が言う。

「いや、だから僕は殺してませんってば」

「いいえ、殺しました!私たちの目を見て、『殺す』とつぶやきました!『殺す』というのは殺人です!人を殺すことは罪なのです!」

「ちょっと待って下さいよ」

僕は混乱した。いったいどういうことだ? これは殺人事件ではないのか? 確かに死体はあるし、僕の手にも血がついている。でも、本当に殺したかどうかはわからないはずだ。

それにしても、どうして彼らは僕が人を殺したなどと言うのだろうか。

そんなことを考えているうちに、また別の声が聞こえてきた。そちらを見ると、そこには小さな女の子がいた。

「あなたが殺したんでしょ」

少女は言った。

「違いますよ」

僕は答える。

「嘘つき。知ってるんだからね。私が寝てる間にお父さんを殴ったり蹴ったりしたことを。私はちゃんと覚えてるもの」

「……」

僕は黙り込んだ。

「ねえ、なんで殺したの?私のことが嫌いだったの?私がいると邪魔だと思ったの?」

少女は涙を浮かべた目でじっとこちらを見つめていた。

「じゃあ今からお前ら全員殺すよ」

「え?」

「え?」

「え?」

僕はそう言うなり、近くにいた男に向かってナイフを振り上げた。男は悲鳴を上げて逃げ出した。僕はそれを追いかけようとしたが、足がもつれて転んだ。

すると、誰かが後ろから僕を抱きかかえた。振り返ると、それは先ほどの女性だった。

「あなたは誰も殺してませんね」

「そうですよ」

僕は答えたが、彼女は首を振った。

それからしばらくの間、沈黙が続いた。僕は彼女の腕の中でうなだれていたが、やがて口を開いた。

最初に思った疑問をぶつけてみることにしたのだ。

なぜ僕たちはこんなところにいるのかという質問を。

「私たちは神様に選ばれたのです」

という答えが返ってきた。

「は?」

「選ばれた者だけがここに来ることが許されるのです」

「あのー、意味がよく分からないんですけど」

「これから皆さんにはゲームをしてもらいます」

「……」

「ルールを説明しましょう」

彼女は淡々と話し始めた。

「そんなものなどない」

倒れていた男性が起き上がり、パチンと指を鳴らした。

気が付くと僕は寝室のベッドの上だった。

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