徒然モノクローム⑤

1.釣り


『……誘ってやがる』


 花咲笑顔の監視をしていた者は直ぐに理解した。

 学校にも病院にも行かず人気のない廃工場に一人で行くなんてどう考えても誘っているとしか思えない。


『真面目な奴って話だったからな』


 監視に回された人間は少ない。

 調査によると白幽鬼姫は不良というわけではなく授業はしっかり受けるタイプらしいとのこと。

 赤龍に喧嘩を売られた際も放課後まで待てと言ったぐらいだ。

 だからこそ監視は念のためで数人しか居ない。通学路で白幽鬼姫を襲撃した仲間もとっくに中区を出てホームに戻っている。


『どうすっべ?』

『こういう時はボスに判断を仰ぐっきゃねえだろ』


 監視員は即座にボス、黒狗こと梅津 健うめづ たけるに連絡を入れた。

 ボスの判断は迅速だった。


『直ぐに人を送る』


 追加の兵隊が来たら襲撃をかける。

 そう指示を受けたのだが増援が来る前に事態は動いた。


『せ、赤龍……!!』


 自分達の頭である黒狗と同じ四天王、高梨南の参戦だ。

 流石にこれは無視出来ない。またしてもボスに判断を仰ぐ。


『……十中八九罠だろうが、周囲に人影は?』

『工場の中に居る二人以外には』

『少し待て』


 黒狗は東中に友人を持つ部下に様子を探らせ、兵隊が動いている様子がないことを知る。

 ならば少なくとも工場に入った途端、逆に包囲されるようなことはあるまい。

 そう判断した黒狗は更に兵隊を増員し、襲撃に向かわせることにした。


『お流れになった奴との決着をつける良い機会だ。赤龍も白幽鬼姫も徹底的に削ってやれ』


 そうして六十人の兵隊が動員された。

 ただの六十人ではない。四天王とそれを倒した男を相手取るのだ。

 西区の中学生の中で黒狗を除き、上から順に強い者を集めた精鋭六十人である。


「これ、削るどころか普通に勝てるんじゃね?」

「へっ、ボスがわざわざ出張るまでもねえわな」

「名を上げる絶好のチャンスじゃんよ~!!」


 彼らは意気揚々と用意したドウグを手に工場へと乗り込んだ。

 当然と言うべきか赤龍も白幽鬼姫も動揺などはなく実に淡々とした様子だった。


「五、六十ってとこか。よォ、これ釣れたって言って良いのか?」

「どうだろね。雑魚ばっかだし」

「雑魚を馬鹿にするもんじゃねえぞ~? おめえ、スイミー知らんのかスイミー」

「僕が目になろうってか。どうかな、スイミー達ほどの団結力なさそうだし。あと俺、国語の教科書だともちもちの木が好きだから」

「もちもちかー……あの絵、微妙に怖くね?」

「絵はあれだけど話自体は優しいじゃん」


 完全に舐められている。

 それは誰の目にも明らかで、


「オルァ!!」


 この集団のまとめ役を任されている“重戦車”村井が前に出る。


「状況が分かってねえのかテメェら!?」

「状況、ねえ。劣化スイミーに囲まれたから何だってのさ」

「お前が目になんのか? あ~ん?」


 呆れたような白幽鬼姫と、へらへらと笑う赤龍。

 村井は顔を真っ赤にしながら、それでも何とか余裕を保とうと口を開く。


「……一応、聞いといてやる。大人しく俺らの傘下に加わるなら“優しく”躾けてやるよ」

「「……」」

「土下座じゃァ! 頭を地面に擦り付けて詫び入れんかい! 生意気な口聞いて申し訳ありませんってなァ!!」


 鉄パイプを地面に叩き付ける。

 しかし、二人はまるで怯まない。それどころか白けた顔をしている。

 最初に動いたのは白幽鬼姫だった。腰掛けていた機械から降り、散歩に行くような気楽さで村井に近付く。


「そっちのが数では勝ってるのに“許しを乞う”なんて恥ずかしくないの?」

「あ゛?」

「俺らとやるのが怖いから降参してくださいって言ったじゃん」

「テメ……!」


 白幽鬼姫の右脚が消えた。そう思った次の瞬間には村井が吹っ飛んでいた。

 ハイキック。振り抜い右脚をゆっくり戻す白幽鬼姫を見て多くの者はようやく何が起こったかを理解した。


「お、おい……冗談だろ?」


 この中で一番耐久タフであろう村井がぴくりとも動かない。

 信じられない、何かの冗談だろう。さっさと起き上がれと乾いた笑いを浮かべるスイミー達。

 それを見て赤龍がクク、と笑い立ち上がる。


「ニコ、ゴチャマンの基本を知ってるか?」

「雑魚から狙う?」

「それもあるが――――“速攻”だよ!!」


 白幽鬼姫と赤龍が同時に駆け出した。

 まずい、と思った誰かが叫ぶ。


「か、囲め! 一斉にかか……がぁ?!」


 そこからは圧倒的だった。

 白幽鬼姫は一撃一殺。赤龍も全て一撃とまではいかなかったが二発で確実に仕留めていた。

 そして彼らはほぼ無傷。精鋭六十人はたった二人に成す術もなく敗れた。

 数で勝っていてもそれを十全に活かせなければ脅威にはなり得ないのだ。


「アイツか」


 死屍累々。地に倒れ伏し呻き声を上げる黒狗の手足を見渡し、白幽鬼姫はぽつりと呟いた。

 かつかつとある男の前まで歩み寄り、


「死んだぞ……て、てめぇ……こんなことしてただで――あぁあああああああああああ! おれ、折れたぁああああああああ!?!!」


 右手を踏み砕いた。一切の躊躇なく、僅かな呵責すら見せずに。

 そいつは今朝、原付で白幽鬼姫に襲撃をかけた少年だった。


「ニコ、そいつか?」

「うん。止めないでよ」

「それは聞けねえ相談だな。お前を止めなきゃって思った時は止めさせてもらうぜ」

「……君らしい」


 それはもう、地獄だった。

 白幽鬼姫は淡々と少年を破壊していく。まずは指、丁寧に丁寧に一本一本折り曲げていく。


「ぎゃぁあああああああああああああああああ!!!?!?!」

「おいおい、人体には二百六本も骨があるんだぞ? たかだか数本折れた程度で大袈裟だなあ」


 指を折り終わるや腕の骨を圧し折った。

 その次は足。腕の時と同じ要領で指から壊していく。

 涙、涎、鼻水、小便。あらゆる液体を撒き散らしながら許しを乞うも馬耳東風。


「次は肋骨にしようか。胸を踏み付けて折ろう。一度に何本折れるかスコアチャレンジしてみよう」

「か、堪忍してください……堪忍……堪忍してぇ……」


 あまりに凄惨な光景に恐怖を抱くのは当然。

 痛む身体を無理矢理動かし逃げようとする者も当然、現れるが……。


「逃げても良いよ。ただ、その場合は逃げた奴も同じ目に遭わせる。どこまでも追いかけて必ず潰す。

いや、足りないな。俺は家族を狙われたんだ。ならお前らの家族にも同じことをしよう。

肉を裂いて骨を砕く。殺しはしないが俺の気が済むまで徹底的に嬲り続ける。それでも良いなら逃げろよ」


 それをハッタリと受け取る者は誰も居なかった。

 ことここに至り、襲撃者達は理解した。


(……と、とんでもねえ化け物に手を出しちまった……)




2.暴露


 姉を狙ったカスの仕置きを終えた後、俺は残る連中に服を脱いで全裸になるよう命じた。

 脱がないならカスと同じ目に遭わせると言えば皆、快く差し出してくれた。


「何てきたねえ光景だ……」


 それはまあ、ごめんなさい。

 チンコ丸出しのヤンキーが正座させられてる光景とか地獄だよね。

 でもごめんね、まだ終わりじゃないんだよ。クソイヌに与えられた恐怖を塗り潰すためにはここで手を抜くわけにはいかないのだ。


「それじゃあ一番左の列から一人ずつ前に来てもらおうか。ほら、早く」

「ひゃい!?」


 股間を押さえぶるぶると身体を震わせながらやって来たそいつに告げる。


「はいポーズ取って。がに股で両手はピースね」

「え」

「早くしろよ。ほら、笑って。笑えないなら俺が笑えるツラに整形してやろうか?」


 引き攣った笑顔で指示通りのポーズを取った。

 よしよし、それじゃあパシャっとな。


「ヴぉえ……いや、マジかお前」


 マジです。

 吐き気を堪えながら六十……あ、カスはそれどころじゃないから五十九人か。五十九人分の撮影を終わらせる。


「プリントして西区のあちこちに貼り付けるか。ネットに上げてデジタルタトゥーに変えるか。ねえ、どっちが良い?」

「! すいません、ごめんなさい! ゆ、ゆるし……」

「許して欲しかったらどうすんの? 謝るだけ? 行動で示すべきだと思うんだけどな」


 俺を外道と罵る輩も居るだろう。実際その通りだがコイツらはコイツらでたった二人を六十人でリンチしようとしたことを思い出して欲しい。

 つまるところこれは屑と屑の潰し合い。少なくとも片方の屑は消えるので見逃して欲しい。


「も、もう二度とあなたに逆らいません! 何でも言うことを聞きます! だから、どうか……どうか……!」

「そう。なら、君らには色々やってもらおうか。まずはそうだな、梅津と連絡取れる奴は?」


 数人が手を挙げる。

 全員ではなく限られた人間にだけ直通のラインを――徹底してるなあ。

 俺は近場に居た奴に起立の許可を出し、スマホを持って来るよう命令した。


「ど、どうぞ」

「ありがと」


 既にコールをかけてくれたらしい。

 えーっと、全員に聞こえるようにスピーカーモードに切り替えてっと……良し。


『中島か? 首尾は……』

「よう磯野、ベースボールしようぜ」

『誰……いや、テメェ……花咲笑顔か?』


 おいおい、普通に呼んでくれるとかちょっと好感度上がるじゃねえか。

 まあだからって予定を変えるつもりはさらさらないけどさ。


「正解。お前が梅津か? 随分と舐めた真似をしてくれるじゃないか」

『ハッ、随分と甘っちょろいことを――っと、お前は元々不良こっち側の人間じゃなかったか」


 狙い通りの流れになったな。

 こう言えばそんな風に返してくれると思ってたよ。


『綺麗だ汚いだのくだらねえ。勝ってこその不良アウトローだろうが。

筋を通す~? アホらしい。一々負けた時の言い訳しなきゃ喧嘩も出来ねえのかっつー話だ。

花咲、テメェもだ。その気がなかろうとお前はこっち側に――――』


「違うだろ」


 さあ、始めようか。


『あ゛?』

「そういう理屈で突っ張ってる奴も居るだろうさ。でもお前はそうじゃない」

『何を』

「俺にこっち側じゃないとか言ったけどそりゃそっちもでしょ。ねえ?」


 動揺が感じ取れた。だが手を緩めるつもりはない。


「――――お前、元イジメられっこだろ」


 電話の向こうで息を呑むのが分かった。やはり俺の推測は当たっていたらしい。


「前に住んでたとこじゃ寄って集ってイジメられてた梅津少年。だがある時、彼は遂に限界を迎えてキレてしまったのです」


 普通ならイジメられっこがキレたところでどうともならんが幸か不幸か黒狗は強かった。

 いや強いとは少し違うか。潜在的なものとイジメという環境で攻撃性が先鋭化していったのだろう。

 それが一気に爆発してイジメっこ達に注がれた。


「相当酷いことになったんだろうねえ。それこそ地元に居られなくなるぐらいさ。

だがお前にとっちゃそんなことはどうでも良かった。あるのは自覚した力が齎す昂揚と、二度とあんな惨めな思いはしたくないという恐怖。

負けるってことは以前の自分に逆戻りするってこと。だからお前は何が何でも勝とうとする。決着がついたのに執拗に攻撃を加え反抗心を折ろうとする」


 ある意味、俺に似ているのだ。

 差異があるとすれば噴火の理由と恐怖の有無か。

 俺は鬱陶しさが限界に達してキレた。イジメられてた俺だけど怖かったわけでも憎かったわけでもない。うざい、これだけだ。

 決着がついた相手を叩くのもそう。反抗されるかもって恐怖ではない。単なる躾だ。


「数を恃みにするのもそう。お前にとっての恐怖の象徴がそれだからだ」


 あの頃に戻るという一番の恐怖を払拭するために、自分が一番恐ろしいと思うものを使う。

 理に適ったやり方だが、


「不良のやり方じゃないね。タカミナみたいなタイプにとっては当然としてもヘラヘラと一般人を食い物にする屑どもとも違う」


 後者は楽しいからやっているのだ。恐怖から逃れるためとかそういう難しいことを考える頭はない。

 群れることで強くなったと勘違いして気持ち良くなれるからやってるだけ。


「だから事前に警察を呼ぶなんて情けない真似も平気で出来る」

『!?』


 バレバレなんだよアホ。


「お、おいニコ。サツを呼ぶって……」

「そ。タカミナが前に負け犬とやり合った時のことさ。あれは負け犬の仕込みだよ」


 そうと気付かなかったのは警察が来ても不思議ではない環境が整っていたからだ。

 そしてその環境は偶然作られたものではなく負け犬が意図して作ったもの。


「多分、タカミナが腰を上げた時点でもう逃げる気満々だったんじゃない?

確実に勝てない、負けるかもって恐怖が脳裏をよぎったから警察を呼んだ。誰にもバレないようにね。

根っこが小心なイジメられっこのままだから負け犬は何時だってバレないよう逃げ道を作ってるんだ」


 不良の発想じゃないんだ。だから不良には気付けないし、逆に不良じゃない俺にはよく分かる。

 いや汚い策謀を巡らせるタイプも漫画じゃお約束だけどね。

 けど、そいつらは追い詰められるまでは調子に乗りまくってるから常にいっぱいいっぱいの負け犬には当てはまらない。


『で、出鱈目を……俺は』

「じゃあ、タイマンだ。明日の放課後、俺と立会人のタカミナ達と四人でそっちのホームに乗り込んでやるよ」


 最初はさぁ。やられた振りして向こうまで連れてってもらって奇襲で仕留めるつもりだったんだよ。

 そういうやり方なら相手の顔も立てられるしな。でも、負け犬は自分でその選択を潰した。


「俺の言葉が出鱈目ってんなら受けるよね? 不良ならここまで虚仮にされて引き下がるなんてあり得ないよ」


 部下が六十人もやられた挙句、本人も散々馬鹿にされたのだ。

 面子を重視する不良ならば絶対に逃げない。タカミナだけじゃない、この話を聞いてる六十人のアホどももそれは同じだろう。


「警察も当然“やって来ない”し思う存分、殴り合おうじゃないか。

だって俺の言ってることは出鱈目なんでしょ? なら警察はやって来ないし当日、体調不良で学校を休むこともない」


 逃げ道を作るならそれを全部塞いでしまえば良い。

 逃げ足が速い小動物も、逃げ場を無くしてしまえば簡単に狩れる。


『…………後悔するぜ』

「楽しみにしてる」


 電話を切ってスマホを投げ渡す。

 さて、と口を開こうとしたところで俺のスマホが震える。テツからの連絡だ。もう直ぐこっちに着くらしい。


「さて、それじゃあ早速俺の忠実な下僕くん達にお願いしちゃおうかな」


 何、そう難しいことを頼むつもりはない。実に、実に簡単なことだ。




【Tips】


・スイミー

言わずと知れた国語の教科書における定番の一つ。

小さくか弱い小魚達が巨大なマグロに力を合わせて立ち向かう健気な姿に全小が泣いた。

「僕が目になろう」

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