徒然モノクローム①

1.悲しき過去()


 タカミナとのタイマンから一週間。

 俺の読み通り奴とは友達になった。いや具体的に言葉にしたわけではないけどね?

 毎日のようにテツトモ連れて遊びに来るようになったのだ。

 今日も放課後、うちの中学来て今は一緒に屋上で日向ぼっこをしていたりする。

 良い流れだ。タカミナには敬意を払っているがそれはそれとして俺にとっては実に都合の良い展開である。光フラグの見本みたいな奴だからなタカミナは。


「ねえねえニコちん」


 ニコでもアレだけどちんつけると別の意味を持つだろ。

 とツッコミたいがこの手の陽キャには敵う気がしない。

 タカミナは直情馬鹿。テツは陽気な馬鹿。トモは一歩引いたクールキャラ。お約束みを感じるバランスの良さだ。


「ニコちんって女の子に興味ある?」

「……何、急に?」


 苺ミルクキャンディを舌で転がしながら問い返す。


「いやほら、あと二ヶ月ちょいで夏休みじゃん? なのにこれで良いのかなーってさ」


 はぁ? と首を傾げる俺達にテツは続ける。


「男同士でつるむのも楽しいよ? でも俺ら中二よ? 色々真っ盛りの中学二年生よ? コレ、欲しい……欲しくない?」


 小指おっ立てるテツ。表現があまりにも古過ぎる。

 前世じゃ俺も中学生からすりゃオッサンと呼ばれるような年齢だったよ? でもこりゃないわ。

 あの糞上司でもこんな表現は使……どうだっけ? 思い出すと無限に怒りが沸きだして来てよく分からんな。

 まあ良い。とりあえずはテツだ。女が欲しいのは分かった。


「なら作れば良いじゃん。何で俺に聞くの? 一人じゃ寂しいから連れションならぬ連れ恋がしたいと?」

「甘いなニコ。コイツのセコさをまるで分かっちゃいない」


 スマホを弄っていたトモが会話に入って来る。

 セコさ、とはどういうことだ? 俺の視線にフッ、と笑うとトモは語り始めた。


「大方、お前を連れてナンパにでも繰り出そうと思ったんだろうよ。

お前が一緒なら爆釣は約束されたようなもの。お零れに預かって美味しい思いを……ってところか」


 無言でテツを見ると奴は照れ臭そうに笑った。

 こういう憎めない程度のクズさのキャラって良いよな。時々痛い目も見るけど収支で見れば確実にプラスだし。

 俺もなー、こういうキャラのが良かった……ああでも愛想がなあ。

 マジで俺の顔面の筋肉どうなってんだ。肉体変わっても精神に引き摺られて硬直してんぞ。


「テツゥ! おめーなぁ……女に現抜かすのも情けねえが、情けないならないなりにだなぁ」

「エロ本捨てられてそうな場所回ってシコシコ収集してる奴が硬派ぶるのは情けなくないの?」

「んな!?」

「タカミナさぁ~バレてないと思ってるみたいだけどバレバレだから。俺もトモちんも知ってっから」

「ああ、何ならお袋さんも知ってるぞ。知ってて知らない振りしてるだけだからな」


 陸で溺れる金魚のようにパクパクと口を開くタカミナ。

 この年頃の子らからすれば恥ずかしいってレベルじゃないんだろうけど……なあ?

 中身オッサンの俺からすれば微笑ましいわ。


「ちなみにニコ、どうなんだ? 女に興味は?」

「ないよ。他人の色恋にまで口を出すつもりはないけど、あんまり良い思い出がないからね」


 ぎゅるん、と全員の視線が俺に向けられた。

 ……? ああ、この言い方だと俺が経験豊富と取れなくもないか。

 いやまあ、前世じゃ一応彼女は居たけど……あれも結局なあ。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って……え、裏切り? ニコちん、俺らより先に昇っちゃってる……? 大人の階段」


 裏切りも何も付き合い始めてまだ一週間だろ。

 心の距離詰めるの早過ぎ。いや、ありがたいけどさ。


「いや俺じゃなくて俺の身近に居た人間だよ」

「ほう……詳しく聞きたいな」

「いや俺は別に興味ねえけど、コイツらが聞きたくてしょうがないみたいだし話してやってくれよ」


 ワクワクしてるところ悪いが、そういう楽しい話じゃないんだけどな。

 空気を読むならテキトーに誤魔化して流すべきだろう。

 だが、


(俺の過去を知ってもらう良い機会だしなぁ)


 俺の口からか他人からかは分からないが展開を考えればいずれ三人は俺の悲しい過去()を知ることになる。

 その手順を早期に済ませておくのは悪くない。

 アレな過去を世間話のようなテンションですることにより欠落を演出することも出来るしな。

 そういうわけで悪いな。うんざりする話に付き合ってもらうぞ。


「俺さ、父親が愛人との間に作った子供なんだよ」

「「「え」」」


 やだ何それ聞いてない。そういう話なの?

 みたいな空気が漏れ出しているがすまん、ギアを上げていくぞ。


「俺の実母は愛人稼業で食ってた女でな。冗談みたいな数の男と関係を持っていたんだ。

そこに愛はなかったんだが……ある時、一人の男に本気になっちゃったんだよね。そう、それが俺の父親さ」


 何が良かったかは俺には分からない。

 だが色恋なんてそんなもんだろう。惚れた腫れたは理屈じゃない。


「愛人稼業なんてやってたんだから弁えてるはずなのにねえ。やっぱり恋をすると馬鹿になるのかな。

ベッドの上で聞かされた甘い言葉ほど信じられないものもないだろうに……俺を孕んでしまった。

ただ父親は自分の家庭を壊すつもりなんてさらさらなくてね。手切れ金を渡して関係を絶ったんだよ」


 しかし、父親も婿養子の立場でようやるわ。

 これが愛のない結婚で、婿養子って立場から肩身の狭い思いをしてたとかなら分かるけどそうじゃないし。

 惚れてる女があそこまで自分を立ててくれてるのに何で浮気なんかするのかね。


「実母が俺を産んだ理由は……正直、わかんない」


 胎児とは言え子供を殺すことに抵抗があったのか。

 或いはもしかしたらってか細い期待に縋ったのかもしれない。

 一つ言えるのはあのヒトにとって俺の存在は何一つとしてプラスにはならなかったということ。


「元々褒められた性根ではなかったけど捨てられたことでその心は更に歪んだ。

性格が悪いせいで誰に手を差し伸べられることもなく加齢と困窮、絶望の末に彼女は自ら命を絶った。

偽物の愛を弄んで来た女が真実の愛を求めるも遂には届かず、奈落へ真っ逆様――……まるでイカロスだよ」


 もしくは桃色の蜘蛛。


「女の話はこれで終わり。次は男の話だ」

「え、まだ続くのこれ? お腹いっぱいとかそういうレベルじゃないんですけど。胃が溶解するレベルなんですけど」

「…………俺はどういう目でお前を見れば良いんだ」


 から元気、のようなものか。

 テツトモは冗談めかした物言いをしているが内心はかなり動揺していると見た。

 タカミナだけは一人、俺を見つめ黙って話に耳を傾けている。


「父親についてだ。同じ男の失敗談だし、聞いて損にはならない……かもね」


 教訓を得られるのはプラスだろう。

 その代わり、愉快な話でもないから数日はモヤモヤするかもしれんがそこは授業料ってことで。


「俺の実母は自殺したがただ死んだわけじゃない。自分を捨てた男へ当てつけるように死んだ。

各方面に金をばら撒いて傷口は最小限に留めたが無傷ってわけじゃない。

だらしない下半身のツケを払っただけとも言えるが、当人からすれば堪ったもんじゃないよね。でもそこで終わりじゃない」


 そう、俺の存在である。

 認知もしてねえし俺じゃない、アイツがやったこと、知らない、済んだことでスルー出来れば良かったのにね。


「父親の本妻――俺の今の母親がさ、がこれまた立派な大人でねえ。俺の境遇を憐れに思って引き取ってくれたんだよ。

普段は自分を立ててくれるが今回は負い目もあるし、何より妻が微塵も譲らない。

愛のない夫婦なら良かったが父親は本妻にぞっこんでね、俺を引き取らざるを得なかった。父親からすれば最悪だ」


 正直、同情している。一度の失敗でやり直しが利かない羽目に陥るなんて、なあ?

 俺も似たようなものだが俺と違って父親には地位があった。

 金と権力があれば一般人よりも多く、チャンスは転がっているだろうに……可哀想。


「妻だけじゃなく娘もこれまた出来た人間でね。愛する妻と愛する娘は忌々しい子供に惜しみない愛情を注いでいる。

それが気に入らなくて俺に当たるんだが、そのせいで妻子との関係に溝が生まれてしまう。悪循環だ。

おっと、無視すれば良いなんて簡単に言っちゃダメだよ? あの人にとって俺はゴキブリみたいなものだからな」


 無視するにはあまりにも鬱陶し過ぎる。ただそこに在るだけで害悪なのだ。

 そんなものを無視しろと言うほど、俺は鬼畜じゃない。

 現に俺もイジメっこ相手にキレちゃったしな。人のことをとやかく言う資格はない。


「ストレスだけが溜まっていく。本来は心休まるはずの家庭は針の筵。さあ、そんな男はどうしようか?」

「………………まさかとは思うが、女か?」

「トモ、正解。父親は新しく愛人を作ったのさ」


 まだギャンブルにでもハマってくれた方が良かった。

 経済的な意味で高峰の家は強いし、父親の実家も相当らしいからな。身持ちを崩すことにはならんだろう。

 だが女はダメだ。それで一度手痛い目を見ているのにまたとなれば、なあ?


「結果どうなったか。離婚だよ。四日ほど前に家を出て行った」


 離婚したのは俺のためだろうな。

 俺が見る限り、義母の父への愛情はとっくの昔に尽きていたように思う。

 今になって切ったのは……父親として見切りをつけたのだ。

 義母は父が俺に親として情愛を注いでくれることを願っていたがもう無理だ。これ以上は俺にとって害悪でしかないと。

 俺と実母のせいで一つの家庭が壊れてしまったことには申し訳なさしかない。

 父親は追い出されたのに血の繋がりのない俺は家族のまま……改めておかしな状況だと思う。

 だがここで俺が施設に行くと言い出せば二人は傷付くだろう。善人であるがゆえに一生、引き摺る。難しい問題だ。


「父親は婿養子でね。婿入りした家の会社に勤めてるんだがクビにはならなかったらしいけど随分、肩身の狭い思いをしているらしい」


 義母や姉から聞いたわけではない。二人がそんな醜聞を俺に話すわけがないからな。

 じゃあどうやってかっつーとSNSだ。一流企業だからな。SNSのプロフに堂々と社員ですって書いてるのも調べればわりと簡単に見つかった。

 そこで初めて父親が置かれている状況を知ったのだが……まあ、酷い酷い。

 優秀ではあったが人望はないらしく愛人と隠し子の露呈で2アウト。二度目の浮気で3アウト。

 昨今じゃ堂々と陰口を叩かれている状況だそうで。いや、堂々とやってる場合は陰口に入るのか?

 実家(これもまた太い家らしいが)からも勘当状態で正に踏んだり蹴ったりだ。


「プライドの高い人だ。早晩、耐え切れずに会社を辞めるだろう」


 再就職するとしても厳しいだろうな。

 不義理を働いた相手が相手だ。義母や義母の実家が何を言わずとも情報は出回るだろう。人の口に戸は立てられない。

 信用を著しく損なう行為をした以上、就職は出来ても大きな企業ではまず働けまい。

 生活のグレードはどうやったって下げるしかないがそれに耐えられるのか。

 いやそれ以前に細々とやってる中小企業で働く自分に耐えられるのか。未来は暗い。


「とまあ、こんな感じで色に溺れて破滅したのが二人も居るんだ。色恋に興味は持てないかな」

「お、おう……そ、そりゃそうだよね」

「仮に興味があっても――……うん、俺みたいなのは恋をするべきじゃないだろう」


 だって、なあ?


「蛙の子は蛙。屑と屑の間に生まれた俺も同じだよ。到底、誰かを幸せに出来るとは思えない」


 前世からし立派な人間ではなかったのに今生の生まれがもう地獄の配合だもん。

 俺はどう足掻いてもメタルグレイモンにはなれない。スカルグレイモンへの道しかないのだ。

 などと考えていると、


「……ねえ」


 押し殺したような声がタカミナの口から漏れた。


「?」

「お前は屑なんかじゃねえ!!」


 うぉ、びっくりした。急に大声を出すのは止めてくれよ。

 お前俺が心臓の弱いご老人だったら三割ぐらいの確率で心臓止まってたぞ。

 立ち上がったタカミナは睨むように俺を見つめ、続ける。


「俺には分かる! 拳から伝わって来るお前の心は……ああ、どっか寂しかったよ。

胸に穴が開いて、そこから冷たい風が吹き抜けていくような。でも、それだけじゃねえ!!

泣きたくなるぐらいあったけぇもんも確かにあった! 何度でも言うぞ。お前は屑なんかじゃねえ!!!」


 ……何と言うべきかな。


「殴り合って心が通じるとか、素面の台詞かい? 恥ずかしくないの?」

「お、お前! 俺は真面目に――……」


 語気が弱くなり、タカミナの表情が呆気に取られたような風に変わっていく。

 見ればテツトモコンビも間抜け面を晒している。急にどうしたんだ?


「何さ」

「な、何って……い、今ニコちん……笑った? 笑ったよね、ねえ?」

「あ、ああ。ホントに僅かだけど確かに。タカミナも見ただろ?」

「お、おう。いや、今までの全部忘れるぐらい衝撃的だったわ」


 あらやだ、何かお約束っぽいイベント起きた?

 とは言え俺に自覚はないんだがな。顔面の筋肉も相変わらずピクリとも反応せんし。


「ねえ、もっぺん! もっぺん笑ってみてよ!」

「はははははは」

「ホラー映画に出て来る人形みてえな笑い方止めろや!! 夢に出たらどうしてくれんだ!?」


 そう言われてもこれが俺の全力笑顔なんだからしゃーないだろ。




【Tips】


・漢字

基本、馬鹿なヤンキーも漢字にはわりと強かったりする。多分、カッコ良いからだろう。

主にチーム名や特攻服の刺繍などに使用される。

「天上天下唯我独尊」「天下無敵」「愛羅武勇」などは使用率が高い。

中には真面目に学びを得ている人間でも首を傾げるレベルで難しいものが使われることもあるが

彼らは本当にそれをそらで書けるのだろうか?意味が分かっているのだろうか?

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