第8話 テニス部一年男子
※鬼塚がいないので三人称視点となります。
1996年8月9日(金)
アカリとトモサカ、そして遠藤と高宮は
射的に来ていた。
棚の上には大中小、様々な景品が並んでいる。
的当てに興じる客足もそこそこあり、
それが棚の上に並ぶ品々をいつもより魅力的にしていた。
「あっ。あのネコ。かわいい」
タカミヤがある射的の景品に目をつけ、足を止めた。
彼女の指先にある景品は黒猫のジ○に似ているた。
「よーし。取ってみせよう!」
遠藤が張り切りだした。
「それじゃ。僕もやってみようか。アカリは何か欲しいものある?」
彼等につられて足を止めたトモサカがアカリに気さくに声を掛けた。
中学の時と変わらない笑顔がそこにあった。
「えぇ。んー。何でもいい…。かな?」
トモサカからの質問にアカリは上手く返答が出来ていない。
「あーいうのがいいんじゃない?」
トモサカがある射的の景品をさして、アカリに問う。
ヒマワリあしらった小物だった。
「う。うん。いいんじゃなかな?」
アカリは曖昧に答える。
だがトモサカが選んだそれは確かにアカリの好みに合っていた。
遠藤は既に支払いを済ませて、銃を構えている。
高宮がそのそばで手を握りしめながら、その彼を見つめてた。
「目標をセンターに入れてスイッチ
目標をセンターに入れてスイッチ…」
遠藤が射的の銃を構えながらなにやら怪しげにブツブツとつぶやいた。
と。その瞬間、
アカリの空手チョップが遠藤の頭に突き刺さった。
「ちょ。痛いな。何するんだよ!」
遠藤が当然の如く、非難の声を上げる。
「あんた。バカぁ!」
「これ。射的の銃よ。真っすぐ飛ぶわけないじゃない。
目標に真っすぐ銃を向けても、重力で落ちるに決まってるでしょ。
物理得意なんだったらそれぐらいわかりなさいよ。
目標に対してちょっと上を狙わなきゃ当んないわよ!!」
紛れもない正論だった。アカリにとっては。
「い。言ってみたかっただけだよ!」
遠藤が慌てて答えた。
「はぁ。何それ!?」
アカリはエ○ァを知らなかった。
◇
「開園まではまだ少し時間がありそうだけど…。20時まで後15分ぐらいかな」
トモサカが時計を見ながら皆に聞こえるように告げた。
もう少しでステージでのイベントがはじまるはずだ。
「もどろ…」
遠藤が何か言いかけた。その瞬間。
「金魚すくい行きましょー!」
アカリが割り込んだ。
その手元には射的の景品があった。機嫌は良さげだ。
タカミヤの手元にも黒猫をあしらった小物があった。
ただしこれを得る為に遠藤は大金を投入していた。
「いやけど……」
遠藤が食い下がる。
アカリが遠藤の耳をムンズと引っ張る。
「いて。いて。イタイ!イタイ!」
当然のごとく遠藤が痛がる。
そしてアカリは遠藤の耳を引っ張って自身の口に近づけ、遠藤にだけ聞こえる声で伝えた。
「アンタ分かってんの。二人キリにさせてあげなきゃダメでしょ」
「いや。ちょっと。耳! 耳! 耳を引っ張るの止めてよ!」
遠藤がまたしても非難の声を上げた。
「アンタもねぇ。彼女に気遣いの出来ない男だと思われたいの!」
アカリが不満げな顔をして、遠藤にだけ聞こえる小声で言った。
ただし先ほどより声の迫力は若干増していた。
「い。いや。だからそれは……」
遠藤は付き合い始めに、二人きりというのはどうにも気はずかしくて、
話が進まないことを実体験していた。
だから少し様子を見に戻ろうと考えていた。
「だったら言う事聞きなさい!」
だがしかし、アカリはその辺の事情を分かっていなかった。
「おいおい。また愛川が男、引っ叩いてるぜ!」
その二人のやり取りを嘲笑う人混みがあった。
テニス部男子1年の面々が軽口を叩き、アカリを嘲笑っていた。
そこにはアカリから平手打ちを喰らった男子も……いた。
「へー。高宮いるじゃん」
テニス部男子の一人が高宮を見つける。
その声に高宮の体がビクンと反応し、こわばった。
「テニス部……丹波もか……」
トモサカがテニス部男子の中に紛れ込んでいる
中学時代のクラスメイトの名前を口にした。
丹波はどこかばつの悪そうな顔をしていた。
「何? あんた達。また私の平手打ち喰らいに来たの?」
アカリが敵意をまき散らしながら、テニス部男子に吐き捨てる。
アカリの表情は同じ部活の同期に見せるそれではなかった。
「ちょ。ちょっと。声掛けただけだろ!? そう睨むなよ」
アカリに軽口を叩いた男子が少したじろぎながら答えた。
「お。おい。むこう行こうぜ」
そして彼等はそのまま足早に立ち去って行った。
遠藤はいつのまにかアカリの手を離れ
高宮の前、テニス部男子と高宮の間に入る位置にいた。
ちょうど高宮を守るような位置に……。
テニス部男子に向けた遠藤の表情にもアカリと同種の敵意が満ちていた。
そして高宮の表情は……暗く沈んで凍り付いていた。
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