第7話 二人きり

1996年8月9日(金)


アカリ、トモサカ、エンドウ、タカミヤは

屋台の方に行ってしまった……。


おおう……。


夜、残されたのは二人。

俺と清水さんだけ……。


ど。どうしよう……。

二人で話したことが無いわけじゃない。

図書館で二人で話していたことだってある。


けど。今は夏祭りのテーブルで二人きり。


なっ。

何しゃべればいいんだっけ?

清水さんと夏祭りで二人きりになって何を話していいか分からず

パ二くった。


ちらっと。

清水さんを見る。


いつも見ている制服とからテニスをしている姿ではない

浴衣姿の清水さん。


周囲はライトアップされている

太陽ももう沈んでしまった、だがうすぼんやりしてる。

でも…。

うん。綺麗だと思う。


あー。

いや。

そうじゃない。

見とれてる場合じゃない!

会話だ。会話!


話したい事。言いたい事……。


そうだ!!

アカリに帰り道で二人きりにさせられるかもしれないから……

そう考えて、準備してあったハズだ。



ええと……。


-花火綺麗だったね-


……。いやいや。まだ花火はじまってねーし。


-あの屋台の???美味しかったね-


……。いやいやいや。アカリに喰われて。俺、碌に食べてねーし。



だぁー。

ちきしょう。

アカリとトモサカめ!

俺の思惑、全部台無しにしやがって!!



他に他に。

何か会話になること。

小さい脳みそを高速で回転させる。

中身が沸騰して、オーバーヒート寸前だ。



もう正直に言いたいことを言えば……。


‐好きです。付き合ってください。‐


いや。

チガウ。チガウ。早すぎる。

考え方が短絡的になっちまってる。


うーん。うーん。と頭をうならす。


何か話したいこと。


あッ。あった!あった!!!


「あっ。あのさ。俺。たまにさ。テニスボール拾ってるだろ」


「あ。うん。ありがとう。

でもごめんね。

本当はテニス部が拾わなきゃいけないから……」

清水さんは申し訳なさそうな顔をしていた。


「いや。あの。その。全然気にしなくていいよ。

それでさ。あんまり出来なくなっちゃうっていうか。

その9月に新人戦あってさ。

タイムとか測るようになっちゃってさ。

その。今まで見たいに

外周とかとりあえず、

走ってればいいとかじゃ無くなっちゃって……」


何だか勢いでまくし立てた。

本当は拾ってあげたいのに拾えなくなってきていた。

新人戦に向けて練習にもタイムトライアルが増えてきた。

流石にタイムを計っているときにはボールを拾えない……。


「鬼塚君。そんな……。気にしなくていいよ。

本当に私達が拾うべきだと思うから……」


「あ。いや。でも何か。うん」

ヤベ―。会話が思いつかない。

皆がいる時には他の誰かが話を切り出してくれるんだが

イザ二人きりになると会話が続かない。



……。

…………。

……………………。

こ。これじゃ。ヘタレな遠藤と変わんねーじゃねーか!



沈黙という程では無い、僅かな間の後に

清水さんからそ声を掛けられた。

「そっか。鬼塚君も新人戦……あるんだよね」


「あ……の。その。うん」

我ながら何とも情けない答えだと思う。


「新人戦。がんばってね。応援してるから」

そう言って、彼女は笑顔を見せてくれた。


その笑顔を見て。顔の温度が急上昇するのを感じ

咄嗟に俺は清水さんから顔を背けた。


‐だめだ。

‐だめだ。

‐好きだ。

‐好きすぎる。

これは。家に帰ってまた

布団を丸めて抱き着いてゴロゴロしてしまいそうだ。

いや……。それどころか、はずみで二階から

FLYしてしまいそうだ。


「どうしたの!?」

清水さんが心配そうにこちらを伺ってくる。


「な。なんでもないなんでもないよ。なんかその。ほら。ちょっと虫がいて」

顔の周囲とかをワザとらしく手で払う。

下手な言い訳だと思う。

……。

心臓がバクバクいってた。


「大丈夫!?」


「あぁ。うん。追い払ったから」

そう言いながら少しだけ冷静になってきた。


"鬼塚君も"

清水さんはそういったはずだ。


まだ真正面から彼女が見れない。

すこし顔を斜めに背けてチラッと彼女の方を見ながら、話し始めた。

「その。清水さんも。新人戦近いの?」


「うん。9月の下旬」


「清水さんも。あっ。あの。そのっ。頑張って!」

気の利いた言葉がスラスラでてこない。どもりながらだ

我ながらかっちょわりぃ……。


「うん。有難う」

それでも彼女は笑顔だった。


顔をそむけたくなるのを我慢して俺は続ける。

「あっ。あの。俺も。その俺も……。応援してるからさ」

言いたい言葉がスラスラと出てこない。

つかえてしまう。


「うん。それとアカリちゃんも応援してね」


「えっ。何で!?」

なんで!? ここでアカリが……。


「だって。私達ダブルスだし……」

そういって清水さんは笑った。


「あー。あの俺。そんなにテニス詳しくないんだけど。

ダブルスってことは……

アカリとコンビ組むってこと?」

そう言えば、二人で同じ側のコートに立っているのを見た気がする。


「うん。そうだよ」


「あいつと組んだら大変じゃない!?」

というか大変なはずだ。


「うーん。大変な時もあるけど。アカリちゃん上手いよ。サーブも速いし

それに……

新人戦でれるのもアカリちゃんのおかげだし……」

そう言って清水さんは少し顔を曇らせた。


「アカリのおかげって……」

それは少し違うんじゃないかと思う。


「テニス部って人多いし……出れない人も……いるから」

そういうこと。

清水さんは自分が試合に出れることに自信が無いようだ。

試合1か月前……。

ナイーブになりかける時期と言えばそうかもしれない。


「俺はテニス分かんないから、何とも言えないけど……

アカリ一人だけで、ダブルスの相手と戦って勝てるもんなの?」

少し考えてこう答えた。


「えっ。流石にそれは無いよ」


「じゃ。アカリだけじゃないんじゃない?

清水さんの実力も認められてのことだと思うよ」

正当な評価と俺なりの励ましだった。


「そ。そうかな?」

少しだけ清水さんの顔がほぐれる。


「そう。そう。自信もって!」

そう言って俺は両の手で軽く握りこぶしを作った。


清水さんの瞳に、少しだけ笑みが射していた。


「それとアイツと組むと大変なんでしょ。

アイツは気に入らない相手とか蹴り飛ばしたりするんじゃない?」

俺や遠藤にしてることを対戦相手にもするんじゃないだろうか?


「そ。そんなことしないよ。

あー。うーん。でも……。

プレーにムラがあるっていうか……」


「ムラって?」


「試合中に集中力がフッと切れちゃうことがあるの」


「でも。まぁ。誰にでもあるっていえばあることだけど?」

アカリのフォローをするわけじゃないけど。

自身に顧みてもそういうものがあった。

なんか、フッと意識が途切れるような時がある。

スポーツやってりゃ、みんな経験あるんじゃないかな?


「アカリちゃんの場合。それがたまに酷いときがあって……」

そう言って今度はゲンナリした表情を見せた。


「疲れてミスが続いちゃうと。

もういいかって感じで集中力が切れちゃう事があって……」

アイツらしいと言えば、アイツらしい。

興味ある事にはものすごく集中するんだがね。

集中しなくていい、人の色恋とかね……。


「立て続けにサーブミスしたりとか、サインミスしちゃったり……」

清水さんのゲンナリした表情が続く。


「サインミス? サインてどんなの」

テニスにサインなんてあるのか?


「テニスのダブルスって。前にいる人が後ろにいる人にこうやってサインだすんだよ」

清水さんが手の形をかえる。

野球の捕手が投手にサインするみたいだ。


「へー。それじゃサインミスって……、

野球で例えるとストレートのはずが、変化球が来たみたいな?」


「うん。うん。そう! そう! そういうの!」

清水さんがうんうんと頷く。

それにしても駄目じゃん。アカリの奴。


「あ。でも私もたまにしちゃうから、人のことは言えないけど……」

清水さんが少ししおらしくなった。

多分、アカリを過度に責めない為に言ったんだと思う。


「そういう時はあれじゃない? 集中力を元に戻す"おまじない"をするとか」

ちょっとフォローしておこう。


「え。何それ」


「あー。だから集中力を増す為にする動作だよ。ルーティンっていうか……」


「あっ。ルーティンかぁ……鬼塚君は何かしてるの?」

清水さんが興味津々だ。


ええっと……。少し頭と言葉を整理して切り出した。

「俺は……試合前だったら

深呼吸して頬っぺた叩くとか……。とりあえず心を落ち着かせる為に

"いつも決めてた動作をする"。

試合の中盤だったら、呼吸を出来るだけ落ち着かせて

フォームの確認とかしてるかな……。

背筋曲がってないかとか、左右に体がぶれてないとか」


「あ。私もしてるよ。

サーブ打つ前は必ずボールを2回つくようにしてる!」


「あ。そうそう。そういうの!

何か心を落ち着ける儀式みたいなことだよ

アカリにも勧めてみたら?」


「うーん。してると言えばしてると思うんだけど……。

でも言われてみれば確かに、

疲れてる時とかそういうのも崩れてる気がするかな?」


……。

何か思ってたよりも気楽に話せた。

ただ、話に色気は全く無いが……。


身構えて自分が話す事ばかり考えていたのが

駄目だったのかな?

それより清水さんから話を聞きだした方が良かったのかもしれない。


……ちゃんと相手の話を聞くようにしないとな。

俺はそんなふうに思えてきた。

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