第5話 トモサカの気になる人

1996年8月9日(金)


みんなが戻ってきた。

アカリが宣う公平(?)というもので物が分けられて

皆、思い思いの物を食べながら談笑していた。


そんな中、高宮が直球でトモサカに聞いてしまった。

「トモサカ君は学校に気になる人とかいないんですか?」

高宮が何故そんな質問をしたのかは分からない。

イケメンで何かと女子の話題になるからだ……とは思う。


「気になる人か……。だったらいるかな?」

トモサカがさらりと答えた。

意外だ。

"誰とも付き合う気は無い"とか言っていたけど

気になる人はいるのか。

トモサカも。


「私、分からなかったです。トモサカ君。みんなと仲良くしてるし……」

トモサカと同じクラスの清水さんが付け加える。

確かに……。

高校ではクラスが別だが、

中学でもそんな奴だった。トモサカは。

クラスの全員と仲がいいという状態に意図的にしていたんだと思う。

清水さんもそれに気づいていたようだ。

ただトモサカの人付き合いには

少し壁のようなものも見えるときがあるのだけど…。


「何度誘っても袖にされてね」

トモサカが残念そうに告げる。


「トモサカ振るって。スゲーな!?」

思わず俺はその言葉を出してしまう。


それといつの間にかアカリの喋りが俺達の会話から消えていた。

ピリピリした存在感は増してるんだが……。


「どういう人なんですか?」

タカミヤがさらに突っ込む。


アカリが無言……。

だが、無言である事がかえってその存在感を増していた。

こういう話題には口を必ず挟む奴だからだ。


「んー。そうだね。勉強はそこまで出来ないけど、まぁスポーツは出来る人だね」

そう言いながらトモサカはチラッと俺とアカリの方を見る。


瞬時に"アカリじゃ無い!"と思った。


アカリが勉強できる方だからだ。

と同時に横から黒いオーラみたいのが噴き出してきた。


ちなみに座席はこんな感じ。


アカリ 俺   清水

――――――――――――  

|   テーブル    |

|           |

|______________________|

遠藤  高宮 トモサカ



「あのー。気になるだけなんですよね?」

清水さんが空気を読んだ回答をしてくれる。

いくらか俺の横にある黒いオーラが縮む。


「そうだね」

トモサカが答える。


「でも気になるんですよね!」

高宮が嫌らしい重ね方をする。

高宮には空気を読む力が無いのか

読んだとしても、それに構わず恋バナに食いつきたいのか

どちらなのかが見えない……。


「そうだね!」

トモサカからのはっきりした回答とともに、

横から黒いのが、黒いのがチロチロと増えだす。


タ・カ・ミ・ヤーーー! アカリを煽るの止めてーーー!!


黒いのが、黒いのが……。

俺の横に黒いの出してる人がいるから。

うん。女子は恋バナが好きなのは分かるけど……。

俺の横にいるアカリの存在感が半端ないので。

できればこの話題は避けたい。

アカリの正面に座っている遠藤は

既に小動物のようにびくびく怯え出している。

……。あれは、喰われる前の草食動物の面だな。


「結構友達想いな人なんだけど。割と他の人からは誤解されてるみたいでね」

またしてもトモサカはチラッと俺とアカリの方を見ながら答える。


「そういう誤解は確かに。……。

何というか。誤解を解いてあげたいなって思いますけど…」

清水さんが微妙な相づちを打つ。

アカリの纏う微妙な空気が清水さんにも見えているらしい。



しかし、あれ?

……。

これまでのトモサカの返答を思い出してみる。

……。

……。

これって。もしかして俺の事じゃないのか?



トモサカの口にした内容を振り返ってみる。


その1

気になってる人を何度も誘ってる

→俺は何度もサッカー部に誘われてた。


その2

気になってる人は勉強はできないようだけど、スポーツできる。

→俺は期末テストで75位(162名中)。

……。悔しいが勉強が出来る方では無い。

ただ運動は出来るっちゃ、出来る方だ。


その3

結構友達想いの子なんだけど、誤解されてる。

→友人の遠藤の告白を手伝ってる。だが中二の時の事件で怖がられてる。


トモサカは終始ニヤニヤしながら、時たま俺の方をチラ見していた。



このやろう!!!



この"腹黒イケメン"め!!!

楽しんでやがるな。この状況を。この会話を。


会話を最初から思い出してみる。

高宮はトモサカの好きな人を聞いたわけじゃないんだ。



"気になる人"を聞いてたんだ。



だからトモサカの発言自体、間違っちゃいないのかもしれないが

周囲に誤解を与える発言だ。

たまったもんじゃない!!!


横にいるアカリがまずいことになってる。

ついに黒いオーラが遂に実体化したようだ。

アカリは盛大に飯をかっ食らっていた。

……やけ食いだ。

黒いオーラが彼女の手となり、足となり

周りにある飯という飯を口に入れ出した。

被害に遭ったのは遠藤のたこ焼きと俺の焼きそば。


「そっ。それ……僕の」

たこ焼きが消え失せ、遠藤がか細い声を上げた。


ギロッ!


だがそのか弱い反抗に対してアカリは眼光だけでその場を制し、飯を平らげていく。それに反して遠藤が縮こまっていく。


……。これ以上の被害は見過ごせない。

深刻な食糧難に陥る可能性がある。

飢饉になる前に何とかこの状況を改善しないと……。


「トモサカ。お前ねぇ。何度言われたって俺はサッカー部にはいかねぇよ」

俺はトモサカにこう言い放った。


「駄目かい? これだけ誘っても」

他の4人は俺達の突然の会話に理解が追い付いて無いようだ。


「トモサカの"気になる人"って、サッカー部を強くすることができる人材って意味だろう?」

俺は付け加えて話す。


「そうだね。カズ以外にも誘ってはいるんだけどね」

このあたりの会話でおそらく清水さんと高宮が気付きだした。


「トモサカ君の気になる人って」」


「「鬼塚君の事!!!」」

清水さんと高宮の声がハモった。



「正解!」

トモサカが晴れやかな笑顔で答えた。



「だから"気になる人"ではあっても、"好きな人"ではないよ」

トモサカがその笑顔のまま答えた。

その言葉と共に、俺の横から這い出てきた黒いオーラがスーッと消えていった。

たこ焼き、焼きそば、カステラ焼、リンゴ飴等々という尊い犠牲を払ったが……。

遠藤もしおしおに干からびていた。

妖怪か何かに捧げた人柱になってしまった。

……。すまん。

迷わず成仏してくれ。


それともう心臓に悪いからもう止めてくれ……。

この"腹黒イケメン"。

そう思いながら晴れやかな笑みを見せているトモサカを一瞥した。

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