第3話 カズの思惑

1996年8月9日(金)


な。何とか上手く誉めれたかな……と個人的には思う。

ただ手が身体が恥ずかしさと緊張のあまりに

少し震えていた。

試合前とは違う緊張だった。


緊張を解そう。

ぺシぺシと両頬を平手ではたく。


さて……。

深く深呼吸をして、頭をクリアにする。

あとは。

アカリがどの辺りで仕掛けてくるかだな……。

フッと頭を落ち着かせてアカリの方を見る。

いつの間にか、女子三人で仲良く談笑していた。

三人とも浴衣だった。

清水さんは黒字に金魚の浴衣。

アカリは赤い下地に大きな朝顔が彩られた浴衣だった。

派手で目立つアカリらしい。

高宮の浴衣には紫の下地にユリが描かれていた。

上品な感じが高宮に似合っていた。


うっ。イカン!

美人どこに目を奪われてはイカン!

アカリのことだ。

どこかで仕掛けてくるはずだ……。

警戒心を強める。


"プール"のときと同じで帰り道だろうか?

清水さんとアカリと俺は帰る方向が一緒だし。

その時に"二人きりにする"とかいう

お節介を働くつもりだろう。


それでいて後ろから付けてきて、

遠藤のときと同じように

人の告白を盗み見ようとするのだろう。

あの"恋愛マスター"は……。




であれば対処は簡単で

"告白"しなければいい。




帰り道ではお祭りでの楽しかったことを話せばいいのだ。

確か……。このお祭りでは花火があるから

何が綺麗だったかとか……

屋台でご飯も食べるから

どれが美味しかったとか……

とにかく祭りの話題を振れば

話下手な俺でも間を取り作れるだろう。



フフッ。アカリめ。

お前の思い通りにはいかんぞ!

遠藤の告白のように俺の告白を盗み見ようとしても

断固として阻止してやる!!



でも。なぁ……。

告白はいずれしたいと思う。

振られるかもしれないと思うと少し怖いのもあるが……。

タイミングは今じゃないと思う。

もう少し……。

二学期が始まって

せめて勉強会が始まってからにしたい。

それにトモサカにも頼みごとがある。



告白は……。

その後だな。



そんなことを考えていたら

夕闇の中に先を行くトモサカから声を掛けられた。

「カズ。そろそろ行くよ」


「それじゃ。みんな揃ったし、行きましょう!」

アカリが音頭をとりながら、光と人の集まる方に、みんな歩き出した。

祭りという光に集まってきた人の流れが出来る。

やがて香ばしい香りや、甘い香りがあたりに漂い出した。

すれ違う人の顔には笑顔と、手には思い思いの好物があった。


「まずは少し腹ごしらえかしら?」

アカリが思いついたように声に出す。


「僕も少しお腹がすいてるから、何か食べたいな」

トモサカがそれに合わせる。


「そうねー。みんなもお腹すいてる?」

アカリが皆に尋ねる。


「私もちょっとだけ……」

清水さんが遠慮がちに答える。


「俺も何か食べたいかな」

俺も付け加える。


「ここってテーブルとか、あるにはあるけど、今日は人が多そうだから早めに食べた方がいいかも」

遠藤が提案する。


確かに今のところテーブルは全て埋まっていないが

人の流れが増えると立ち見になるかもしれない。


「もう少ししたら人も増えると思います」

高宮が付け加えた。


「それじゃ。みんなで美味しそうなものを買いにいって、食べちゃいましょう!」

アカリがまとめた。


「アカリ。僕は先に席をとっておくよ。

あの辺りでいいかな? 僕の食べ物はカズに任せるよ」

トモサカが場所取りを進んで引き受けた。

そこには小さめのテーブルもあった。

珍しく、トモサカが愛川では無く

アカリと呼んでいた。


「それじゃ。ユーリ。お願い」

アカリが答える。

アカリもトモサカでは無く、ユーリと呼んだ。


中学の時、こいつらが二人で学級委員してた時も

こんな感じで言い合っていたし、話を進めていた……と思う。

アカリが持ち前の行動力で前に進める。

トモサカが足りない部分をフォローする。

そうやってクラスを纏めていた。

いいコンビだった……と思う。



俺はあの時の二人とクラスの雰囲気が好きだった。

取り戻すことは出来なかったけれど……。



「おう。わかった。お好み焼きだな」

確かトモサカの好物のはずだ。

俺は俺でトモサカに応える。


「頼むよ」

トモサカが短く答えた。



俺たちはトモサカに席取りを任せて

それぞれの好物を買いに屋台に足を向けた。


「あっ。この人形焼き屋さん。抹茶あんがある」

清水さんが目を輝かせながら声を上げる。

人形焼きで抹茶あんは確かに珍しい。

清水さんこういうの好きそうだよな。


「食べたい人!」

アカリが全員に質問してくる。

高宮と遠藤が手を小さく上げる。

俺は挙げてない。

ここまで甘いのは流石に苦手だ。


「多数決で購入決定! 4人分20個があるからそれでいきましょう」

アカリがどんどん決めていく。

アカリは良くも悪くも元気で行動力がある。

ただ今日は何故か、いつもより元気な気がする……。

注意しとこう……。


「抹茶と普通のは半分づつでお願いします!」

清水さんが食い下がる。

その姿は酷く子供っぽくて可愛らしい。


「りょーうかーい!」

アカリが答えた。


そんな感じで俺たちは

お好み焼き、人形焼き、焼きそば、カステラ焼き、飲み物etc

手にもてるだけの好物たちを集めていった。


手がふさがってくる。

そして人混みが増す。

俺はその人ごみの中に意外な人を見つけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る