第24話采夏は皇太后と話す
采夏と玉芳は、皇太后の侍女達に支えられるようにして心陵殿へと連れてこられた。
玉芳は皇太后の侍女達によってすぐに怪我の手当てをされて、今はふかふかの布団に横になっている。
「やっば。この寝台。気持ち良すぎるんだけど。めちゃくちゃ良い香りするし。ココなら私一日中寝られる」
玉芳は飲んでしまった池の水を吐き出し、棒でつつかれるなどして負傷を負ったところには薬を塗って包帯を巻かれていた。
しかし、顔色は良くなってきている。
玉芳の元気ないつもの物言いに、采夏はほっと胸を撫で下ろした。
「やはり皇太后さまの宮は他とは違いますね。調度品もどれも品が良くて、それにこの部屋甘くて優しい花の香りがします。そういえば、外でお会いしたときも、服から焚き染めた同じ香りがしました」
「ホントにまじ贅沢な気分に、ゲフ、ゴホン……んん!」
「大丈夫ですか!?」
「あーごめんごめん、ちょっと咽っただけ、大丈夫大丈夫」
そう言って、笑顔を向ける。
(玉芳、明るく振る舞ってくれるけれど、やっぱり体は辛そう……それに)
玉芳の眠る寝台の横にいた采夏は瞳を伏せた。
「玉芳、ごめんなさい。貴方の二胡が、あんなことに……」
「え? 二胡? ああ、いいのいいの。あんなものなんでもないわよ。それに悪いのは貞花妃。私達は何も悪いことしてないんだから」
「けれど、私ももう少し気を付けておけば……」
今思えば、黒瑛にも気を付けろと言われていた。
それに今後のこともどうするべきか考えなければならない。
今日は運よく逃れることができたが、毎回躱せる保証はない。
自分だけならまだしも、玉芳にまで辛い思いをさせてしまうかもしれないと思うと胸が痛かった。
「気を付けるったって、気を付けようもないし。でも、まさか皇太后様が助けてくださるとは思わなかったわ……。いままで貞花妃の横暴には目をつむってたのに」
玉芳がそう言うと、ふすまが開いて皇太后の侍女が現れた。
「采夏妃様、皇太后さまがお呼びでございます」
「皇太后様が、私を?」
采夏が不思議そうにそう言うと、玉芳がにやりと笑う。
「どうやら皇太后様が助けてくれた理由を教えてくれるかもね。早くいってきて」
「玉芳は? 一人で大丈夫?」
「私のことは大丈夫。私は寝てるから。というか眠いし」
そう言ってぴらぴらと手を振る。
玉芳の顔色は良くはないが、先ほどの言葉に嘘はなさそうで笑顔を浮かべている。
それに実際眠いのは本当だろう。目がとろんとしてる。
「わかりました。皇太后さまのところにいってきます」
采夏はそう言って、立ち上がった。
◆
皇太后に呼ばれた采夏は、広すぎる部屋で皇太后と向かい合うようにして座る。
皇太后・永(エイ)は40近い年齢にはなるが、肌は張りがあり背筋をしゃんとして座る姿には、
衰えを感じさせない美貌がある。
「このたびは、危ないところをありがとうございます。玉芳妃の手当てもしてくださって、重ねて感謝申し上げます」
「礼には及ばないわ。貞の横暴を正すのが、本来の私の役割なのだから……。それにしても花妃があれほどまでに無慈悲なことをするとは思わなかった。玉芳妃の体は問題ない?」
「はい、おかげさまで、今は寝台にて眠っておりますし、本人も問題ないと申してました」
「そう良かった。もう少し私が早く迎えていれば良かったのだけど。貴方だけでも無傷で良かったわ。あのまま行けば、貴女も池に落とされるところだったのでしょう?」
皇太后にそう言われて、采夏は目を見開いた。
傍から見たら、池の縁でうずくまっているようにしか見えない采夏は、今にも蹴られて池に落とされそうだったが、采夏にとってはそうではない。
采夏は、ただ、あの時、貞花妃が淹れたお茶(池)を飲もうとしただけだ。
「あ、いいえ、違います。あの時は、目の前のお茶をすべて飲み切ろうと思っていたところでした」
「ん? 飲み切る? お茶?」
「ええ、あの池に茶葉が浮かんでいてお茶っぽいなと思って。もしかしたら貞花妃様流のお茶のお誘いなのかなと思えてきて、言いたいことは、出されたお茶を飲み干してから言うのが筋かなと」
「……ちょっと言っている意味が分からないけど、あんなの飲んだら、お腹を壊しますよ?」
「でも結構良い匂いがしたような気がして……。ああ、話していたらなんだか気になってきました。今からちょっと一口飲んでこようかしら……」
「おやめなさい。良い匂いがしたとかの話ではなくて、あれは池です。飲み物ではありません」
「あ! そ、そうですよね、やっぱり一度煮沸しないと……」
「そういう問題ではないのですが……黒瑛が言っていた茶に対する執着ってこう言うことね」
呆れたように言う皇太后に、采夏が首を傾げた。
「黒瑛様と申しますと、陛下のことですか?」
「その通りよ。私が貞から貴女を守ろうとしたのも、黒瑛に……いいえ、陛下に言われたからに他なりません」
永は、これはあくまで皇帝からの命令なのだと言うように息子の名を陛下を言いかえた。
「陛下がしばらく青禁城を空けるのはご存知かしら? 少なくとも、陛下がお戻りになるまで、あなた方の身柄は私の方で預かるわ。貞が今後どのようなことをしてくるかわからない以上、私の手元に置いていたほうが安全ですからね」
「陛下が……」
そう言えば、以前会った時に、不在の間の安全について考えると言ってくれていた。
「ええ、貞から貴女を守ってほしいって。あの子が私を頼るなんて、初めてよ。私はあの子に嫌われているから、本当は頼りたくなかったのでしょうに、それほど貴女が大事なのね」
そう言って、永は悲し気に微笑んだ。
(嫌っている……?)
思ってもみなかったことを言われて采夏は微かに首を傾げる。
「嫌われているようには、思えませんが……」
采夏が恐る恐るそう申し上げると、永は苦笑いを浮かべて首を左右に振る。
「気を遣わなくていいのよ。私があの子にどれほどの我慢を強いているか、貴女は知らないからそう思えるだけ。ひどい母親なのよ。私は息子に矜持(きょうじ)や誇り……命以外の大事な何もかもを捨てさせたのだから」
「でも……」
辛そうに笑う永に、采夏は何事かを言おうとしたが、言うべき言葉が浮かばずに思わず口を噤む。
(なんと言えば伝わるかしら。陛下は、決して皇太后さまのことを嫌ってなんていない。だって……)
采夏は先日の利き茶のことを思い出していた。
あの時、確かに優しい目をしていたのだ。
(そうだわ。こういう時はお茶。そう、お茶を飲んでいただければ……!)
口ではうまく説明できない時、いつもお茶が味方してくれる。
「皇太后さま、お願いがあるのです。お茶を……飲んで欲しいお茶があるのです」
神妙な顔をして采夏はそう言った。
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