米山

「いらっしゃいませ」

女性店員が米山を見て、アッという表情をした後、木村を見て、もう一段階大きめのリアクションをする。木村は初対面の人に、このようなリアクションをとられるのは慣れているので気にもならない。


「……2名様ですね。こちらへどうぞ」

店員は奥の個室部屋へ2人を案内する。木村は喫茶店にあまり行く事がないので、現状に少し戸惑いながら米山に尋ねる。

「この店には、よく来られるんですか?」

「ええ、常連ですよ。個室があるんで話がしやすいでしょ」

「そうですね」

木村は話しながら周りを見渡した。完全防音という訳では無いが、外に声は聞こえなさそうな部屋だ。

「何飲まれますか? 会計は私が払いますんで遠慮せずにどうぞ」

「ありがとうございます。では、ホットミルクティーをいただきます」

米山が呼び鈴を押すと直ぐに店員が来た。米山は店員に話す。

「ホット珈琲ブラックとホットミルクティー、モーニングで」

「かしこまりました」

店員がその場を去るのを見て、米山は木村に話す。

「早速で申し訳ないんですけど、何か1つモノマネを見せてもらって良いですか?」

「どなたか指名してもらえれば」

「えっ?! 誰でも出来るんですか?」

「知ってる男の人なら出来ます」

「では、俳優さんを適当に3人ぐらいやってもらえますか?」

木村は、そんなにテレビを見る方ではないが、有名どころなら知っている。ドラマ等でちょっと話題になったセリフを使い、3人立て続けにモノマネをした。


パチパチパチパチパチパチ……

米山は目を丸くして拍手をした。

「凄いですね、想像を遥かに越えてます」

「ありがとうございます」

「今、ラジオで連続ドラマをしてるんですけど、ある俳優が風邪を引いてしまって……。そこをモノマネで乗りきれないかと考えていたところだったんですよ。お願いできますか?」

そこに店員が珈琲とミルクティーとサンドイッチを持ってきた。

木村は想像していた仕事内容と違っていたので 少し面食らったが、初仕事という嬉しさで引き受けることにした。

「録音させていただきたいんですが、 今からお時間空いてますか?」

「大丈夫です」

「では、軽食が済んだら行きましょう」


2人は食事を済ませ、店を後にした。タクシーで10分程走ったところに真新しいビル群があった。10階近くありそうな高い建物が4棟ぐらい並んでいる。第1印象としてはかなりオシャレなオフィス街という感じだが、その周りはオシャレな感じでは無い街並みが残っている部分もあるようだ。寂れた下町の土地を買い占めて建てたのだろうか?

木村は米山についてエレベーターで2階へ上がり、その一室に通された。部屋の中も小綺麗でオシャレだ。10畳程度の小さなオフィスだが、仕事が出来る人が働いていそうな部屋に感じた。

「てっきりラジオ局に行くのかと思ってました」

「まあ、今日はリハーサルみたいなもんだから」

そう言うと、米山は小さなレコーダーを再生させた。男同士の会話が流れる。1人は米山のようだが、もう1人は知らない人物だった。

「この男の声真似出来るかな」

木村はレコーダーから流れてきた会話を直ぐに声真似して見せる。

「普段は携帯のゲームをしたり、パチンコに行ったりが多いですかね、あとは……」

「凄いね、直ぐ真似出来るんだ。そっくりだよ。じゃあ、このセリフをその声でお願いできるかな」

米山は A4 の紙を5枚渡してきた。

木村は素人ながら自分なりに感情を込めてセリフを言う。5分程度の内容だったが、ほぼノーミスで全て読みきった。内容は事業に失敗したダメ息子が母親に無心するといったシーンだった。

「いやあ、そっくりだね。代役としていけそうだよ。正式に決まったら、オファーさせてもらうよ。取り敢えず、今日はタクシー代だけで申し訳ないけど……」

米山は1万円を渡してきた。

「連絡先だけ教えてくれるかな」

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