第7話 虎 (第1部 完)


 翌日の夜。

 私はひとりバカラ会場に真っ正面から突入することになった。だって職場の人は誰も一緒にきてくれなかったのだ。みんな協調性がないよね。でも私もないから文句は言わない。


 お目当てのビルの前で張り込み、待つこと数十分。今夜最初のカモが部屋に連れていかれた直後に突撃した。ドアに鍵がかけられる前に、取っ手を掴んで思いっきり引っ張る。

「こんばんはー! ユウゲキ不動産です。お金の回収にまいりました」

 私が元気よく叫ぶと、室内にいた男たちは私を見たままフリーズした。サラリーマン風のスーツ姿の若い男とディーラーらしきダークスーツの男2人、ジャージ姿の男3人、合わせて6人もの男たちだ。サラリーマン風の男がカモである。

 肩路かたみちはディーラー役のようで、カードを持ったまま固まっていた。誰一人動かない。みな予想外の事態にすぐさま対応できないようだった。


 室内は赤い絨毯に赤い壁紙、赤いガーベラが生けられた大量の黒い花瓶、赤と黒のトランプとチップ……。その中でグリーンのギャンブル用テーブルだけが奇妙に浮かび上がって見えた。こんなところに長時間いたら目が疲れそうだ。目が疲れた相手にはイカサマもやりやすい……。考えすぎだろうか。


 肩路は目だけをきょろきょろさせ始めた。狼狽えているようだ。

「あなた、肩路さんですよね。あなたが闇賭博なんかを始めたせいで、私は大迷惑なんです。とりあえず早田さんから巻き上げた100万円を返してくれませんか」

 ここは賭場だ。詐欺とはいえ現金を幾らか置いているはず。少なくとも札束1ぐらいならあるだろう。

 私はスマホを高くかざした。

「今、このスマホは生活安全課の警察官に電話がつながっています。柴犬に似ているまあまあのイケメン警察官なんですけど、ちょっと上から目線な感じで……じゃなかった、弊社がいつもお世話になってる方です。もう悪事はバレてしまったんですから、無駄な悪あがきはやめて大人しくしてください。あなたたちが闇賭博をやっていることはもう言い逃れできませんよ」

 なんて言ったけれど、実は嘘だったりする。電話の向こうで耳を澄ませているのは私の上司、佐藤さんだ。私の目的はあくまでもお家賃回収なのであって、悪者退治はそのオマケに過ぎない。警察にちくるのは、お金を確保した後でいい。


 肩路はやっとフリーズ状態から抜け出し、カードをばらまくように投げ捨てると、店の奥に引っ込んだ。裏口のドアノブをガチャガチャ回す音がする。

「そっちのドアは外から封鎖しておきましたから、残念ですけど開かないんですよね。ビルの間取り図をゲットして、今日のお昼に工作しちゃったぁ、えへっ」

 バカラ部屋に戻ってきた肩路は、憎々しげに私を睨んできた。

「で、何度も恐縮なんですが、お金を返してください」

「なんのことだ」

「またまた。わかってるくせに」

 私はスマホ画面を見せつけるようにして通話を切った。

「ユウゲキの私がお屋敷に行ったこと、もう聞いてるでしょう? 闇賭博とお屋敷のイケオジは共犯関係にあるはずですなんですから、今さら知らないふりはやめましょう。さあ100万円返してください。返してくれるなら見逃してもいいですよ」

「警察にばらしたくせに、何が今さら見逃すだ」

「通報は私の勘違いでした。ここを闇賭博の会場だと誤解してしまったけれど、実はただのマジックバーだったのです。トランプもギャンブルテーブルもコインも、客にマジックを見せるための小道具でした。警察にはそういう説明をするということでいかがでしょう?」

「そんな嘘くさい説明、警察が信じるか」

「じゃあ、どうします。本当のことを言ったほうがいいですか」

「か、肩路さん」

 ジャージの男がせがむような声をあげた。

 サラリーマン風のカモ男が私の横をすり抜けて店外へと逃げていったのを、別のジャージの男が羨ましそうな顔で見送る。

「もしかしたら私の言うことなんて警察は信じないかもしれません。でも、私が嘘をつけば、警察がいきなり逮捕にやってくることはないでしょう。情報の真偽を確かめてから逮捕に向かうという流れになるはずです。肩路さんたちが逃げたり、お金を隠したりする時間を稼ぐぐらいはできるんじゃないですか」

 肩路は舌打ちすると、私に背を向けた。店の奥へ引っ込み、がちゃがちゃという金属音、おそらくは金庫のダイヤルを回す音をさせた後、戻ってきた。

「金は返す。だから警察にはうまく嘘をつけよ」

 札束を投げつけられた。私は慌ててキャッチして、紙幣の手触りを確認すると、再びスマホを操作し、佐藤さんに電話を掛けて、「さっきのは私の勘違いでした。ここってただのマジックバーだったみたいです。ごめんなさい」と、彼らの前で言ってやった。


 数日後、私はマンション・グランドメロウの803号室を訪れていた。


 早田さんは82万円を受け取ると、おでこを床にこすりつけるようにしてお礼を言ってくれた。うん、頑張った甲斐があったな!

「1000万円の借用書については、警察に相談した方がいいと思いますよ」

 とたんに早田さんの顔が曇った。

「でも大学にバレたら退学になるかもしれないし」

「それは大学との交渉次第ではないでしょうか。賭博に手を出してしまったけれど反省して、自分の弱さに向き合って、立ち直るんだって、これからまじめに勉強を頑張って、社会に貢献できる人間になりたいです、それに力を貸してくださいって、そういう態度が大学側に伝われば……停学ぐらいで済むかも」

「それでも停学なんですね。おとがめナシってわけにはいかないですかね」

「そういう甘い考えはだめです。そんなのすぐ見透かされて、退学になっちゃいますよ。謝罪とは誠心誠意嘘をつくこと。自分をも騙すこと。わかりましたか!」

「は、はい」

 まったくもう。


「それで、あの、犯人たちは……?」

「バカラを仕切っていた肩路っていうおじさんは逮捕されましたよ。共犯者たちも一網打尽です」

「そうですか……」

 早田さんは複雑そうな顔をした。気が弱いみたいだし、仕返しを怖れているのだろうか?

 仕返しというなら、私も心配しなければいけないかもしれない。

 どういうわけかイケオジだけは警察の手から逃れられているのだ。共犯関係にあるのは間違いないのだが、起訴できるだけの証拠がないのだという。

 そんなわけがない。どうも警察の動きが怪しい気がする。

 先﨑さんが言うには「いまは泳がせているだけだ。本部はもっと大物がかかるのを待つつもりなんだろう」とのことであったが、本当かどうだか。先﨑さんが嘘をついているとは思わないが、もっと上にいる人たち――県警本部や検察が買収されているということもあるのではないか。そんなふうに疑ってしまう。なんせユウゲキの人間なものですから。


 でもまあ、そんなことは私には関係ない話だ。私はお家賃さえ回収できればそれでいい。


「あ、それと、ヤミ金さんについてですが、違法なヤミ金にはお金を払ったらダメですからね、というのはあくまで一般論で、今回は100万円取り返すのにヤミ金さんも協力してくれましたからね。完全に踏み倒すのもどうなんでしょう。というわけで、早田さんがヤミ金さんから借りているお金が50万円、利息が40万円で、返済したのは14万円でしたね。相手はヤミ金とはいえ50万円だけは返すのが人として最低限の正しさだと私は思うので、そこから既に払った14万円を引いて、36万円を返済するということで、どうですか」

「えっと、え」

 早田さんは混乱している。

「そんなの、いいんですか」

「いいんです、いいんです。というか、私が勝手にそういうことで話をつけております」

 ヤミ金さんは私の提案を拒否するかと思ったが、「おまえとつき合ってもろくなことがない、勝手にしろ。俺は転職する」とのことだった。巳一会に喧嘩を売ってしまったことについて、かなりびびってしまったようだ。

 ヤミ金さんの勤め先のヤミ金も、私が電話してみた感じでは、早田さんの件については回収に対して腰が引けているようだった。ヤクザがらみとなると、さすがのヤミ金も弱腰だ。ユウゲキは一切ひるまないけど。そうでなきゃ夜の不動産屋なんかやれっこない。

「私だったら36万円払ってスッキリしますけど、このまま踏み倒すことも法的には可能かと思います。違法かつ暴利な貸金業者への返済義務はありませんしね。それにこれは私が勝手に決めた話に過ぎませんから、最終的にどうするか決めるのは早田さんご本人です。いずれにせよ弁護士か警察には相談しておいたほうがいいですよ」

 早田さんは再び、おでこを床にこすりつけた。

「ありがとうございます。両親とよく相談して決めます」

「ですね、よく話し合って……おっと」

 私のスマホが鳴った。陽気なメロディが流れる。そういえば今日は金曜、上司からの定期連絡だろう。早田さんに一言断って、私は電話に出た。


「もしもし、ノゾミン? お仕事お疲れちゃん。で、今週の滞納者だけど、メモの準備はいいかしら」

「あ、はい。どうぞ」

 今日も元気にお家賃回収、頑張ります!


<第一部 闇賭博編 おわり>

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遊撃不動産 ~ヤメ警だらけの「夜の不動産屋」に転職してしまいました~ ゴオルド @hasupalen

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