第二章 新たな出会い

第2-1話 ツー・アー・オンジャーニー

「ハァッ! ジィアッ!!!」


 イノシシのような見た目をした魔獣が突き出す角を紙一重で回避したアベルは側面に回り込みその分厚い皮膚に切っ先を突きつけいとも容易く貫く。同時に身体と平行に走りこみ胴体を切り裂いていく。胴体を切り裂かれ内臓をズタズタにされ肉片を漏れさせた魔獣は距離を取ったアベルに何もできないまま力なく倒れ伏した。


 敵対していた魔獣が絶命したことを確認したアベルは、振り返ると背後で彼の戦いを見ていたもう一匹の魔獣に視線を送る。それと同時に剣を逆手に握り直し狙いを定めるとそれを力の限り投げつけた。彼が振り返ると同時に剣が飛んできたことに反応できなかった魔獣は、剣を回避することが出来ず胴体に突き刺さる。その痛みで魔獣がよろめき身体を震わせる。


 アベルはそれを見逃さない。投げると同時に駆け出していた彼は魔獣の身体に飛びつくと身体に突き刺さる剣の柄を膝で押し込んだ。ギリギリ内臓までは届いていなかった剣は追撃で深々と突き刺さる。故に魔獣の内臓は抉れ重大な損傷を負うことになる。 


 魔獣の身体を蹴り、距離を取ったアベル。その目の前で魔獣は鈍い音を響かせながら崩れ落ちた。













 ユクリタを出発して十日ほどが経過し、アベルとラケルの二人は中規模都市であるクリフォルに向かって進み続けていた。途中で遭遇する魔獣もまさに鎧袖一触、持ち前の運動能力で打ち倒していた。


「ふう……。 ラケルちゃーん、大丈夫?」


「はーい。 大丈夫でーす」


 剣に付いた血を払ったアベルが背中に剣を掛けると同時に声を上げると近くの木の陰からラケルが元気そうな顔を覗かせた。彼女は近寄ってくると同時に肩にかけた袋の中から水筒を取り出すとアベルに手渡してくる。


「お水です。どうぞ」


「ありがとう」


 手渡された水筒の中身を流しこんだアベルは、水筒から口を離すと落ち着きの息を吐き出す。


 魔獣退治で消耗した体力も回復し再び街に向かって歩き始めた二人。その道中、ラケルはぽつりと言葉を零した。


「クリフォルまではあと三日くらいでしょうか?」


「多分ね。途中の村でも確認したし、この分だとあと三日もあればつけると思うよ。走ればもっと早くつけるだろうけど無駄に体力消耗するのもあれだしね」


「そうですねぇ」


 刻み刻み言葉を交わしながら進む二人。まばらに木が生えた場所から開けた草原を進む二人の間に沈黙が走っていた。それを解決すべくラケルが口を開いた。


「そういえばアベルさんはクリフォルって町に入ったことがあるんですか?」


「ん? まあ、何回ね。つってもここ一年近く言ってないから細かいところはわかんないけど」


「どんな町なんですか?」


 ラケルはクリフォルという街について問いかけた。いままで集落とその近辺でしか生きてこなかった彼女にとって未知の場所であるクリフォルとは興味の対象なのだろう。今までこの話題が浮かんでこなかったのが不思議なくらいである。

 

 そんな彼女の問いを無下にする理由などどこにもない。アベルは小さく笑みを浮かべると町についての話を始めた。


「そうだなぁ……。まずあの町には冒険者のギルドがあるんだ。おかげで腕っぷしのいいのがごろごろ」


「冒険者、って確か何でも屋みたいな感じでしたよね」


「まあ、大雑把に行っちゃうとそんな感じかな。依頼がギルドに集められて冒険者がそれをこなして報酬金をもらう。いろんなことをやってるやつがいるって話だよ。そのせいで人がたくさん集まるから経済がすごく活発なんだ」


「へえ~……」


 アベルの口から聞き覚えのない言葉とその説明を聞き、ラケルは納得したように息を漏らす。さらに続けてアベルが口を開く。


「あと……、なんとなく察して入るかも知んないけど、魔獣が多い。ユクリタなんか相手になんないくらいには魔獣が出る」


「はい……。アベルさん、毎日のように魔獣を倒してますもんね」


 現にアベルの戦闘回数はクリフォルに近づくにつれて増加しており、昨日は日に二回も魔獣と戦闘を繰り広げた。この世界ではどんな地域であっても魔獣が出るのが当たり前であり、ユクリタ周辺のように魔獣がほとんど出ない地域というのが珍しいのである。


 ここでふとアベルに疑問が浮かび上がる。それを口に出してアベルの中のもう一人に問いかけた。


「そういえば魔獣が出にくい地域が世界にあるらしいけどなんでだ? ヴィザ」


 その声に反応してアベルの中でおとなしくしていたヴィザが顔を出す。そして二度手間にならないようにラケルにも聞こえるように話始めた。


「俺たちの戦争に戦場にならなかったところなんだろ。魔獣は俺たちのお遊びに恨みがあって生み出された。それに関係ない場所にはいる必要がないんだろ」


 そこまで話したところでヴィザの意識は沈み込み、再びアベルの意識が浮かび上がってくる。


「……だってさ。でも魔獣が出ることで悪い事ばっかりじゃないらしいんだ。クリフォルには魔獣の皮や肉で作った加工品がたくさんある。冒険者なんかが殺した魔獣の身体を加工して物を作ったりしてそれが特産品になってるわけだからね」


「へぇ~。なんだか面白そうですね!」


 アベルからクリフォルの話を聞いたラケルは改めて好奇心を抱いたのか、ワクワクが抑えきれないといった笑みを浮かべながら楽しそうに言葉を紡いだ。


 そんな二人の前方から馬車がやってくる。しかし、その場所の様子がどこかおかしい。必要ない場所で全速力で進んでおり、馬車を操る御者は焦ったように手綱を握っている。その理由はすぐに明らかになる。馬車の陰から姿を現したのは馬車を狙うようにして走る大型のトカゲのような見た目をした魔獣であった。場所の後方を二匹走っており、さらに一匹が馬車の荷台の側面にしがみついている。


 かなり切羽詰まっている状況であることを理解したアベルは背中の剣に手を掛けながら矢のように走り出し、それに続くようにラケルも道の脇に逸れるように走り始める。二人の存在に気が付いた御者は馬車を操縦しながら大きく声を上げる。


「あぶねえぞ! 逃げろ!」


 しかし、アベルは既に魔獣に狩られる側から狩る側に変貌している。御者の言葉を聞き流し、なお全力で走り続ける。


 そして馬車との距離が手が届くところまで近づく。アベルは馬車の側面に回り込むとしがみついている魔獣の揺れる尻尾を掴む。一本背負いの要領で思い切り力を籠め引き剥がすと、そのまま地面に叩きつけた。自分たちに敵を向けて攻撃してきたことと、その人物が神装を持っていたことで残りの二体の魔獣の意識が完全にアベルに向く。


 魔獣を叩きつけたアベルは即座に次なる行動に移る。尻尾を掴んだまま叩きつけた魔獣の頭部に走ると首元を力の限り踏みつける。さらに捻りを加えて首元に重大な損傷を与えたアベルはここで剣を引き抜き止めに魔獣の頭部を貫いた。


 残る魔獣は二体。うち一体は既にアベルに向かって跳びかかってきており、その口内の鋭い牙をギラリと光らせている。胸元に跳びかかって噛みつこうとしてくる魔獣に対してアベルは身体を横にずらすことで回避する。同時に剣を振り上げ空中で無防備になっている胴体に向かって振り下ろした。ヴィザリンドムの鋭い刃に何の抵抗もできないまま胴体に突き立てられた魔獣は身体を前後に泣き別れさせその命を落とした。


 瞬く間に二体の魔獣を倒したアベル。そんな彼が残るもう一体の魔獣に苦戦するはずもない。一分とかからないうちに倒してしまい、彼らの立つ草原に平穏が訪れた。


























 魔獣を倒し、剣を背中にかけ終わったアベルのもとにラケルが駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか」


「うん、特に何の問題もないよ」


 手渡された汗を服用の布を受け取ったアベルは汗を拭うとラケルに布を返す。そのまま再び歩き始めようとするが、そんな彼らのもとに一台の馬車が近づいてくる。


「旅のお方! この旅は助けていただきありがとうございます!」


 先ほど魔獣に追われていた馬車が反転して戻ってきたらしい。馬車は二人の近くで止まると御者が降りてきて二人に対して言葉とともに頭を下げる。


「ああ、お気になさらず。こっちが勝手にやったことですから」


 御者に対して片手をあげて受け流すアベル。事実、誰に助けを請われたわけでもなく自分の意思で魔獣に向かって行ったわけであるため、言葉通りの意味である。


 が、助けられたほうからすれば関係のない話である。頭を上げアベルの眼を見据えると言葉を紡ぎ始める。


「何かお礼をさせていただきたいのですが……」


「そうはいっても今必要なものは間に合ってるんだよな……」


「そうですか……。ですがやはり何かお礼を……。そういえばお二人はクリフォルに向かわれる冒険者の方々でしょうか」


「冒険者じゃないけど、このままクリフォルには行きます」


「でしたら私もクリフォルに向かいますので、そこまで送らせていただけませんか。そのほうが楽だと思いますので」


「でしたらお言葉に甘えさせてもらいます」


 幾度か問答を重ねた末に御者の提案をのむアベル。この程度であればついで程度の提案であり、対価として価値は低いだろう。二人が気に病む必要が無くなる。


「でしたら荷台へどうぞ。狭くて硬いですがおくつろぎください」


 御者に促され馬車の荷台に乗り込むアベルとラケル。二人が乗り込んだのを確認した御者は馬に指示を出すとゆっくりと馬車を走らせ始めた。


「クリフォルまでゆっくりできそうですね。ありがたいですね」


「そうだね。体力が温存できるのはこっちとしてもありがたいから」


 そんなことをしゃべりながら馬車の荷台でくつろぐ二人。そんな二人に荷台の前方から声が飛んでくる。


「そういえばお二人さん。最近このあたりの魔獣の活動が活発になっているらしくて、近くに王国の獣鏖じゅうおう神聖隊しんせいたいが来ているらしいですよ。それに加えて隊長の率いる部隊が来ているらしいですよ。全く心強いもんですねぇ」


 世間話の一環でしかないであろう話を繰り広げる御者。しかし、荷台の二人はその話に興味を示した。正確には先ほどの話の中に出てきた獣鏖じゅうおう神聖隊しんせいたいについてである。


 王国最強の魔獣討伐の部隊の名前はアベルも聞いたことがあり、俗世離れした生活を送っていたラケルでも噂は聞いたことあるくらいには名の知れている部隊であった。


 しかし、ラケルの場合名前は知っている程度であり、詳しいことは知らない。新しい情報に興味を抱いたラケルはそのことをアベルに問いかけた。

 

「アベルさん、獣鏖じゅうおう神聖隊しんせいたいってどんな部隊なんですか?」


 ラケルの問いかけに一拍おいて答えようとするアベル。しかし、彼が口を開く前に割って入ってくる存在があった。


「なんだお嬢さん知らないのかい? それじゃあ教えて差し上げますよ!」


 このまま説明を任せることにしたアベルは半開きになった口を閉じ、御者の説明に耳を傾ける。


獣鏖じゅうおう神聖隊しんせいたいっていうのは魔獣討伐の部隊でね。文字通り魔獣討伐を生業とする部隊ですよ。そのほかにも未開の地の探索や、治安維持なんかもやってるんですよ。この部隊の隊長は代々神装使いの人間が努めていましてね。今の隊長も例にもれず神装使いらしいですよ」


「へえ~。そんなにすごい人が近くまで来てるんですねぇ」


 御者の説明に感嘆の声を漏らすラケル。その一方でアベルは内側の存在に声をかける。


(なあ、近くに部隊の隊長がいてその人間が神装を持ってるってことはお前位置とかわかるのか?)


(当然だ。今俺たちの近くにはそいつ以外にも同類がいる。だから近くには三本の神装がいるわけだ)


(そういうことは気づいた時点で教えてほしいんだが?)


(言ったところでお前の行動は変わらないだろう? だったら言ったところで変わらん)


(お前さぁ……)


 心の内で会話を繰り広げる一人と一柱。その間にラケルが割って入ってきた。


「そういえばヴィザリンドム様はその部隊の隊長に使われたことはあるんでしょうか?」


 その問いかけに答えるため、ヴィザはアベルから肉体を借り受ける。


「使われたというのは気に食わんが、まあいい。答えてやろう。獣鏖じゅうおう神聖隊しんせいたいは作られたのは今から五百年以上前で、初代隊長が使ったのが俺だ。そこから二代目、四代目が俺が象徴として使われた回数だ」


「すごい! そんなに使われていたんですね!」


 ヴィザの説明に嬉しそうに声を漏らすラケル。そんな彼女の反応を見て満足そうにアベルに肉体を返還するヴィザ。戻ってきたアベルは自分だけが楽しそうに戻っていったヴィザに呆れたようにハアと息を漏らした。


「俺、少し休むからよかったら馬車が止まったら起こしてもらっていい?」


「あ、どうぞ。ゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい」


 ラケルからの同意を得たアベルは荷台で楽な体勢を取ると瞳を瞑り意識を手離し始めた。


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