第18話 ガール・セパレート・ペアレント

 魔獣に殺されてしまった同僚たちの追悼の意を込めた送別会から二日後。アベルとラケル、ギルディの三人は本社の前で言葉を交わしていた。親子揃って吐くまで酒を呑み続け、本来出発するはずだった翌日に全く使い物にならず唸り声をあげるだけの存在と化していたこと、ラケルがいくら呑んでも全く酔った素振りを見せず隠れた自分の才能に気づいたラケルが驚いたことなどいろいろあったが、まあ特に重要でもないため割愛する。


 いわゆる二日酔いからアベルとギルディの二人が復活したところでようやく出発することになり、見送りのためギルディが二人の前に姿を見せていた。


「さて、お前らこれからどこに行くんだ?」


 二人と雑談を交わしていたギルディは、話を打ち切ると本題を問いかけた。そんな彼の問いかけにアベルは一瞬考えこんだかと思うと口を開いた。


「とりあえず一週間くらい行ったところのクリフォルに行ってそこで情報収集するよ。大きい街だから魔獣退治の何かしらもあるだろうしね」


「そうか。少し曖昧だがやること決めてるんだったら何も言うことはないな。ヴィザリンドム様。愚息をよろしくお願いします」


 アベルの答えを聞いて目を瞑り頷くと、彼を見守ることになる神に対して無事を祈る言葉を掛けた。それに対しての返答はないが、彼らを包む空気がどこか包まれるような温かいものへと変化する。それをヴィザからの返答だと判断したギルディは数秒目を瞑ったかと思うと、ゆっくりと瞼を開き徐に懐に手を伸ばした。


「そうだ。お前に渡すものがある」


 彼の言葉に首をかしげるアベル。懐から取り出された手のひらに収まるサイズの金属の板を受け取るとその正体を問いかけた。


「何だこれ?」


 その問いかけに誇らしげに鼻を鳴らしたギルディは口を開いた。


「知り合いに特注で作らせたうちに所属してたことを示すカードだ。実はお前は金持ちでな。うちに来てから今日まで働いてきた分の給料十年分、俺が管理してる。それだけの大金を持ち歩くのはあぶねえからな。そいつをうちの支社に見せればいつでも引き出せるようにする。ある程度手間はかかるがそこは勘弁してくれ」


 彼の言葉を聞き言葉を失うアベル。さらにギルディは言葉を続ける。


「さらにうちの会社はお前がこれから魔獣殺しをするっていうんならそれを全力で支援する。お前の個人的な金だけじゃ足りないことが起こったなら資金も融資するし人手が欲しいっていうならいくらでも紹介する」


「……マジ?」


 そのあまりの厚遇っぷりに思わず声を漏らしたアベル。なぜそこまでするのだろうか。いくら家族とはいえここまでする理由はないだろう。そう考えたアベルはその真意を問いかけた。


「なんでここまで? さすがに好待遇過ぎないか?」


 そんな彼の問いかけに一瞬不思議そうな表情を浮かべたギルディは呆れたように鼻を鳴らすとゆっくりと口を開いた。


「そりゃお前、これから魔獣殺しの大役を担う未来の英雄が目の前にいるんだぞ。親としてそいつの背中を押してやるのは当然の事だろう。それにな。俺はお前の事優秀だと思ってる。大体のことは自分で解決できるだろうし貯金も相当ある。そんな男が助けを求めてくるってことは相当厄介な事態に巻き込まれてるってことだからな。支援しにゃならんわけだ」


 一瞬口を閉じたギルディはアベルの反応を見る前にさらに言葉を投げつけた。


「いいか! こんだけやったんだ。絶対にラケルちゃんを悲しませるなよ! 男としてここで誓え! 絶対だ! …………あと身体に気をつけてな。忘れないうちに顔も見せろよ」


 言葉の途中でギルディは手を伸ばすとアベルの頭を上に置き、子供のころやっていたようにくしゃりと撫でて見せた。まだアベルが彼のもとにやってきたばかりで右往左往していたころ、よくこれをして落ち着かせていた。仕事の最中でも、プライベートな時間であってもやっていた二人に刻み込まれた思い出。


 久しく感じていなかった感触で子供の頃の思い出を思い出したアベルは、無意識のうちに涙を流した。声を漏らさず静かに涙を流したアベルは、声を上げそうになるのをグッとこらえると絞り出すように彼の誓いに答えた。


「おう……、絶対にこの子には不自由はさせない。絶対に守る。だから応援しててくれ……」


 キッと鋭く、覚悟の籠った視線で見つめられたギルディもこらえきれなくなったのか、頬に一条の涙跡を作る。それにつられるようにラケルも感極まったように涙を流した。ギルディは頬の後を恥ずかしそうに拭うと再びアベルの頭に手を伸ばし、軽く頭を叩いた。


「さあ、言うことは言い終わった! とっとと行っちまえ! 気持ちが変わらねえうちにな!」


 彼の乱暴で、かつ不器用な送り出しを受けたアベルは大きく首を縦に振ると踵を返し、クリフォルへと旅立とうとした。しかし、そんな彼らを引き留めるような声が周囲に響き渡る。


「ラケル!!!」


 アベルの隣に佇んでいた彼女の名を呼ぶ女性の声。アベルたちはその声に聞き覚えがなかったが、彼女だけはビクリと肩を震わせた。


 声を聴いた時、ギルディはアベルの陰に移る。アベルはそれに気づき位置を微妙に移動する。そして二人が声のほうに視線を向けるとそこには嬉しそうに頬を綻ばせる女性とその隣で驚いたように口を半開きにした男、そしてその二人の後ろでラケルの様子を伺う額の広い男。以下の三名が声の響いた方向にいた。


 アベルとギルディからすれば顔も知らない人物。しかし、二人の脳内には即座にその正体が浮かび上がった。ラケルの話を聞いて、いま彼女を探す人物など一人しかいない。


「彼女の……、母親でしょうか」


 母親とラケルの間に割り込ませるようにして腕を上げたアベルはそのままラケルの前に移動しまるで壁のように立ち塞がる。それを見た母親であるルインはアベルの行動に一瞬驚いたような表情を浮かべるとすぐに戻し笑顔を浮かべる。


「はい。申し遅れました、私はルイン。その子の母親です。こちらが私たちの集落の長の……」


「オーエンと申します。私たちの集落のラケルを保護していただきありがとうございます」


 二人は丁寧にアベルに対して自身の正体を明かし深々と頭を下げた。しかし、ラケルの口から彼女らの所業を聞いているアベルだ。彼らの行動が非常に胡散臭く見えて仕方ない。彼女らに向けていた目を非難するように細めた。


「さあ、ラケル。家に帰りましょう。集落の外で迷子になって生き残ることが出来たなんて奇跡のようなものだ。帰ったらお祝いにあなたの大好きなオムレツと野菜たっぷりのスープを作りましょう」


 ラケルを迎え入れるように両手を広げるルイン。それを見たアベルは胸の内の怒りを大きくした。いったいどういう気持ちでそんなことが言えるのだろうか。生贄として魔獣の前に放り出したと思えば、その真実は人身売買で若い娘を金に換えて売り払っていた。どこまで邪悪になれば気が済むのだろうか。アベルには想像もできなかった。


 胸の内で燃え上がる炎を抑え込むアベルは、後ろにいるはずのラケルに視線を送った。彼女は彼の後ろで背中を掴みながら小さく震えており、その表情は複雑であったが、はっきりと恐怖という感情が読み取れた。それが一体何に対しての恐怖かはアベルにはわからなかった。が、ただ唯一はっきりしていることはこのまま彼女を行かせてはならないことだった。


「この子。話を聞いた時、生贄にされたって言ってたんですがそれは本当でしょうか」


「え……、い、いえいえ! そんなことはございません! ラケルには森の中に薬草を取りに行ってもらっただけなんです。その時に魔獣に気を付けるように注意していたのですが……」


「じゃあ、生贄というのは?」


「きっと勘違いしてしまったのでしょう。そそっかしい子だから」


 苦笑いを浮かべ場を濁すように笑いながらアベルの問いかけに答えるルイン。一見、愛想よくふるまっているように見えるがアベルは彼女が一瞬見せた変化を見逃していなかった。問いに答えている時と笑いの間のほんの一瞬、彼女はラケルに視線を送った。それは間違いなく子を見るような視線ではなくもっと別の自分の蚊帳の外の存在が自分の周りに危害を加えようとしてきたときの、負の感情が込められたものであった。


 ――――決まりだ。アベルの中で彼らが彼女を渡すことのできない存在であると決定づけられる。ラケルに視線を落としたアベルは彼女にこう問いかけた。


「どうする? あの人らと帰る?」


 この問いかけにラケルはこう返答した。


「イヤ! 帰りたくない!」


 だろうな。ほぼノータイムで帰ってきた返答に対するアベルの感想がこれであった。涙を流してまで生贄になった自分を送り出した母親の目的が金であると知り、終いには生贄のことを勘違いとのたまう。今のラケルには母親が母親に見えなくなっていた。


 震えながらアベルに縋り付き拒否反応を見せるラケルに対して驚きの表情を浮かべるルインとオーエン。そんな二人を押しのけるようにして後ろで様子を伺っていた男が前に出る。


「そういうわけにはいきませんなぁ。その娘はうちで既に購入済みなのですから」


 押しのけて現れたその男は彼らの集落の人身売買を請け負っていた商人である。不快感を滲ませる声を響かせながらアベルの前に立ったその男は値踏みするようにラケルにジロジロと視線を走らせた。アベルが彼を睨みつけていると続けて男は言葉を紡ぐ。


「その娘を売り払うという契約のもと、そちらのお二人には既に代金をお支払いしているのです。その娘を受け取れなければこちらが損をするのです。お渡ししていただけなくては。それとも……、一時の正義感に身を任せて他人を助けてはご家族に危害が加わるかもしれません」


「脅す気か?」


「んん、そんなことはありません。ただ可能性の話をしているまでです」


『おい変われ。このクソガキ、一辺殴らにゃ気が済まん』


 あまりの怒りにアベルの手が勝手に硬い拳を作り上げる。それはヴィザも同じらしく物騒なことを言い始める。しかし、ここで入れ替わったところで事態の根本的解決になるかは怪しい。かといってアベルだけでは事態の収拾はかなり難しいだろう。


 しかし、ここでようやく彼の後ろに身を潜めていたギルディが動く。耳に手を当てながらアベルの前に出ると口を開く。


「よう後輩。元気してたか?」


「おや、ギルディ先輩。ご無沙汰しています。噂で小さい会社をやっているとは聞いていましたがこんなところでお会いすることになるとは。経営がうまくいかなくなって首吊ったと思いました」


「あいにく身体は丈夫なほうでな。ボチボチ周囲に協力してもらいながらやってるよ。お前は相変わらず性根が腐ってるな!」


 笑顔で罵倒し合う二人。それを見てアベルは一抹の恐怖を覚えるがそれとは関係なく二人の会話は進む。


「それで? 先輩みたいな木っ端会社がうちに何の用ですか?」


「随分面白い話を聞かせてもらってなぁ? この娘を買っただのなんだの」


「それが何か?」


「お前んとこの会社は確か王国の許可を得て特産物の専売をしてたはずだが。王国の禁止事項は知ってるよな?」


 ギルディの怒り交じりの言葉に一瞬たじろいだような表情を見せる男。彼の商会が許可を受けている王国の禁止事項には人身売買が含まれている。彼のやっていることは紛れもない違反行為でありこれが露呈すれば特産物専売権のはく奪だけでなく、商会としての認可も取り下げられる可能性がある。彼にとってこれほど損失を得ることはないだろう。


 しかし、ここまで来ても男はしらを切りとおそうとする。


「だから何です? そのことを知っているのはここにいる六人と集落の人間だけ。集落の人間は口止めをすれば痛くもかゆくもないし、先輩たちは何故かかもしれない。そうすればだれもこのことを知る人間はいなくなります」


 彼のご高説を聞いたギルディは大きく溜息を吐くと乱暴に頭を掻きむしる。そして呆れたように口を開いた。


「お前……、前にも言われたろ、詰めが甘いって」


「は?」


「俺が何の用意もなしにこんなこと言うと思ってんのか?」


 そういうとアベルは耳につけたイヤリングを指さす。


「これ、何か分かるか? 商人のお前のことだ。わからないはずないよな?」

 

 それを見た男は目を見開いた。


「それは最近発売した通信機の……」


「そうだよ、子機だよ。こいつは今本社の通信機につながっててそいつは関係各所全部につながってる。俺の名前で聞いてほしいことがあるって一言入れてな。言ったよな。周囲に協力してもらってるって」


「ということは……」


 今までの会話はすべて筒抜けということである。商会ということで二人が同じ領域を担当することもある。つまり二人の存在を知る別の証人もいるということだ。今までの会話が聞かれてしまっていたということは彼の積み重ねてきた悪行が露呈したということであり、そうなればもはや人の口に戸は立てられないと言わんばかりに彼の評判は広まっていくだろう。そうなればおしまいである。


「ところでもう一度確認するが」


 事の重大さを理解し顔を青ざめていた男はギルディの言葉に顔を上げた。


「お前人身売買は本当にしているのか。俺の勘違いかもしれんからな」


 ギルディの問いかけに男は言葉を濁し、口を閉ざし、子供の用にごにょごにょと呟くだけ。はっきりと明言しようとしない。


「どっちだ、ハッキリしろ!!!!!」


 彼の態度に業を煮やしたギルディは今までにないほどの大声で改めて男に問いかけた。そこでやっと男は結論を出す。


「いえ! そんなことはしていません! これから先もするつもりはありません!」


 その言葉を聞いたところでギルディは一度耳に触れ、言葉を紡ぐ。


「その言葉、忘れんなよ」


 その言葉を聞いた男は逃げるように、ルインとオーエンの二人を置き去りにしてその場を去った。もう彼が人身売買に手を染めることはない。これだけのことをされてもう一度やろうと思えるのならばただの阿呆である。男がいなくなったことで交渉の糸口を見いだせなくなった、置き去りにされたルインとオーエンは助けを求めるような視線を一瞬ラケルに向けるが、もう入り込む余地がないことを悟り背を向けるととぼとぼと歩き始める。



























 残された三人は改めて出発を行おうとしていた。


「やれやれ。出発直前にとんだ面倒ごとに巻き込まれたもんだ。ともあれあとは俺だけでどうにかできるし、お前らはとっとと行っちまえ。ラケルちゃん、こっちは気にせずアベルと元気でな」


「は、はいぃ……」


「……あぁ」


 ギルディの言葉に怯えた声で答えるラケルと苛立ち混じりの重い声で答えるアベル。その直後、彼の表情に不可解さを覚えたギルディは口を開いた。


「お前、何が気に食わねえんだ?」


「だって、俺一人で解決できなかったし……」

 

「バカヤロー!!!!!」


 アベルがぼそりと自分の行動に不満を漏らすと、直後怒声とともに彼の脳天に衝撃が奔る。突然の事態にラケルは自分の事のように身体をビクリと震わせる。


「いでぇっ!!! 何すんだ!!!」


 即座に殴られた事実とその痛みを理解し、拳骨で沈んだ頭を上げたアベル。そんな彼にギルディは続けて怒りの声を上げる。


「おめーみたいな見習いだったガキンチョに事が収められるなんてハナから思っちゃいねえ! 役割分担で効率よく終わらせるんだよ! それにだ! こんな時こそ明るくいくんだよ!!! おめー、記念すべき今日という一日を不機嫌なまま終わらせる気か!!! そんな奴でラケルちゃんを守れると思ってんのか!!!!!」


 彼の一言でアベルは再び殴られたような衝撃を覚える。彼の言葉に正当性を感じ取ったアベルは両手で頬を叩き、首をブンブンと振ると気持ちを切り替える。そんな彼の意思とは関係なく口が開き言葉が紡がれた。


「フッ、気前のいいいいガキだ。見直した」


 ギルディはそれがヴィザからの賛辞であることをすぐに見抜き誇らしげに笑みを浮かべる。直後、戻ってきたアベル本人の意思で再び言葉が紡がれる。


「すまん、俺が悪かった。それじゃ俺たちは行く」


「おう! 外に行くときはなんて言うんだ?」


 ギルディの言葉に笑みを浮かべたアベルは肺に溜められる限界まで息を吸い込むと一呼吸おいてそれを一気に吐き出し震わせた。










   ――――行ってきます!!!!!!!!!!――――



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る