第9話 ソードマン・シンク・フューチャー

 ひょんなことからラケルという旅のお供が出来たアベル。同じくらいの女性との二人きりの旅という彼にとって未知の体験。それはラケルにとっても同じことであり、最初こそ二人はどぎまぎとした初々しい雰囲気を醸し出していたが、半日もすれば慣れてしまい、お互い気さくに言葉を交わしていた。二人とも物怖じせず、コミュニケーション能力が高いことも相まって驚異的な打ち解けっぷりを見せていた。


 ラケルの村までの道のりを仲睦まじく順調に進む二人。一時、背中の剣の存在と正体に気づいたラケルが恐縮しすぎて散歩後ろを歩く亭主関白の妻のような状態になっていたがそれもすぐに解決し今では二人並んで歩いていた。


 さて二人の旅が始まって三日。死にもの狂いで魔獣から逃げ続けていたラケルは火事場の馬鹿力ともいえる力(まあ、魔獣に追い掛け回されればいやでも発揮せざるを得ないのだが)で二日では移動できない距離を移動してしまっており、二日かかってようやく半分のところまで進むことができていた。魔獣が現れてもが一太刀のうちに魔獣を殺してしまう。二人の旅に障害など一つもないと言えるほどには順調に進んでいた。


 三日目の夕暮れに差し掛かったところで二人は村に到着する。地平線に太陽が触れた時点でこれ以上進むのは不可能である。今日のところはこの町に留まることにしたアベルはまず先に宿を探し始めた。小さな村であったため、宿屋といえるほどの大きな施設はなかったが、幸いにも宿泊できる場所を発見し、胸を撫でおろす。


 管理者に宿泊に必要な代金、千ユーラを手渡すと宿泊のために案内される。そこは小ぢんまりとした一軒家、中にはベットが二つとテーブル、椅子が二つ置かれている程度であり、本当に余所者が宿泊するためだけの施設であった。だが、一日滞在してすぐに離れるアベルにとって問題ない程度には環境が整っており、不満は全くない。


 問題は同行者の存在である。仮にも年頃の少女に自分と同じ部屋で寝かせてもいいものなのだろうかと懸念を抱くアベル。昨日はわざわざ彼女のために一部屋借りており何の問題も起こらなかった。宿泊費が二倍になったが、彼女のことを思えば苦にはならなかった。


 しかし、今回はどうすることもできない。宿泊できる施設はここしかないと管理人にも念を押されている。これ以上を望むことはできないだろう。どうするべきかと考え、アベルは自分が部屋の隅で寝ようと脳内で決めるが、そんな彼の脳内に声が響く。


『何だよシケたやつだな。女連れて歩いてるくらいなんだから抱いてやるくらいの気概でいろよな』


「黙ってろ」


「どうかしましたか?」


「何でもない」


 ヴィザの茶化すような言葉を荒い口調で流したアベルは、横で不思議そうな表情を浮かべているラケルに先ほどのことを伝えるために彼女のほうに視線を送る。しかしアベルよりも早くラケルが口を開いた。


「だ、大丈夫です! 私は寝られればどんな場所でも! お金も出していただいてますので!」


 アベルに口を開かせない強い語気での怒涛の発言に気圧されるアベル。彼女と同じ場所で寝るわけにいかない良心の狭間で揺れ動く。とはいえこれ以上どうすることもできないのもまた事実である。彼女の意思と自分の意思、どちらを優先すべきかを悩んだ末、アベルは結論をつける。


「……それじゃあよろしく」


「よろしくお願いします!」


 ラケルの意思を尊重することにした。


 こうして寝る場所を確保した二人は夕食の支度を始める。近くにある店で食材を買ってきたアベルは外で火を起こすと鍋を持ってきてそれに水を入れ火にかけ始めた。水が湯に変わるのを待っていると宿から出てきたラケルが彼の肩を叩く。


「何かお手伝いできることはありませんか?」

 

 顔の前に垂れる前髪を書き上げながら問いかけてくるラケルの顔を見てアベルは傍らに置いてある食材にチラリと視線を落とした。


「じゃあこの野菜を適当な大きさに切っておいてもらってもいいかな?」


「わかりました!」


 アベルから野菜を受け取ったラケルは彼の隣に並ぶと包丁で野菜を切り始める。それを横目で確認したアベルは袋にしまっていた途中で殺した魔獣の肉と塩を取り出す。鍋の上に肉を持ち上げたアベルは片手にヴィザリンドムを握る。


「じゃあ、お肉切りまーす」


『おいふざけんな俺の体は食材を切るためのものじゃ』


「もともとお前が切った魔獣の肉だから問題ありませ~ん。それじゃいきま~す」


 間延びした声でヴィザのわずかな抵抗を跳ねのけたアベルは剣で肉を切り始める。さすがの切れ味で肉を切り落としていくと、肉はポチャンポチャンと音を立てながら水の中に沈んでいく。魔獣の肉を入れ終わったアベルは続けて塩と臭み消しの香草を入れていく。肉の下処理が終わったアベルは野菜の方も終わったかなとラケルの方に視線を向ける。


「あれ~? どうしてこうなるの?」 


 彼女の前にはほぼみじん切りといっても過言ではないほどに細かく刻まれた葉物野菜やイモが鎮座している。適当な大きさと言ったため、そこそこの、それこそ口に入りやすい大きさ程度に切られていると思い込んでいたアベルは視線の先の細かい野菜を見て一瞬思考が停止する。それは表情に現れてしまっていたらしく、彼を見てことの張本人は慌てたように身体の前で手を横に振る。


「わわっ!? これは違うんです! そのー………………、家にいた時にはこんな感じだったので、つい」


 慌てて否定するラケルであったが、たっぷりととった間がそれが嘘であると告げていた。逆に器用なことをするものだと褒めてやるべきかもしれない。思考停止から回復したアベルはゆっくりと口を開く。


「んー……、まあ調理時間の短縮になるし食えればいいか」


 事実である。どことなくしょぼんとしているラケルから野菜を受け取ったアベルはそれをまとめて鍋の中に入れていく。細かい分火の通りも早い。肉を先に茹でていたことも相まって三分ほどでスープが完成する。これにパンがあれば十分な食事になる。


 部屋の中でそれを食べた二人はやることがない上明日も早いこともあり、即座に寝る体勢に入る。


「それじゃアベルさん。おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 ランプの灯を消した二人は就寝の体勢に入る。ラケルは三十秒もしないうちに寝息を立て始めるが、一方のアベルはどことなく目が冴えて眠ることができていなかった。眠りに落ちることのできないアベルは無意識のうちに思考を巡らせて、その影響で余計に眠れなくなり、その影響で……、と悪循環に陥っていた。


 このままでは眠れないと判断した彼は一度頭を冷やそうと外に出る。月明りのもと、外に足を踏み出したアベルは頬を撫でる涼風に目を細める。しばらくして頭も身体も十分に冷えたアベルは部屋に戻ると再びベットに寝転がる。


 が、身体が高ぶってしまっているのか、全く眠くならない。目をつぶったアベルは再び思考を巡らせそうになる。その時、その過程でふとあることを思い出す。そのことが気になったアベルは、目をつぶったまま、傍らに置かれた剣の主に問いかける。


「……なあヴィザ。お前やたらと俺に剣を振るうように言ってたがあれってどういうことなんだ」


 目をつぶったまま、自分の意識の中にいるヴィザに問いかけるアベル。彼の問いかけにヴィザはいつものようで答える。


『ああ? ああ、あれか。この世界に姿を現した俺たち十柱が武器に姿を変えた理由は知ってるよな?』


「ああ、確か好き放題やりすぎて、咎められて反省の意味もあって武器に変わった。って話を本で聞いたぞ」


『俺たち神々はその時に多くの力を封印した。自分たちだけで力を振るえないように、これ以上俺たちが好き勝手に遊べないようにな』


 世界を滅ぼしかねない神々同士の大戦争を“遊び”と表現するのはどうなのだろうかと考えるアベルであったが、話の腰は折るものではない。無駄なことは言わずにヴィザの話に耳を傾ける。


『とはいえ、俺たちが力を振るう方法がなくなったわけじゃない。それじゃ俺たちがいる意味がないからな。それは人間が俺たちの力を引き出し、自分の力として振るうことだ。ただ肉体を乗っ取って自分振るうだけじゃない。本当の意味での俺たちの真価、それこそ山なんて簡単に吹き飛ばせるような力を発揮することができる』


「なるほど、絵本なんかで名前が出る英雄がやたらと強いのはそのせいか……」


『早く覚悟を決めろっていうのは、俺が力を貸す気になるかもしれないって意味があって言ってんだ。それにだ。これからあの女みたいなお節介をするんだったら力があった方が確実にいい。世の中甘くないのはお前だって知っているだろう。自衛するだけの力じゃない。守れるだけの力が必要だぞ。俺は自分のためだけじゃない。お前のためにも言っているんだ』


 ヴィザの厳しい言葉に黙り込むアベル。確かにこれから生きていていくうえで、戦う戦わないに拘らず魔獣に襲われることはあるだろう。そうなったときに大きい力を持っていた方が生き残れる確率が高い。そうなれば戦闘能力は高い方がいいに決まっている。


『迷うくらいならとっとと俺のことを手放せ。俺もお前みたいな臆病者に振るわれたくない』


 続けて脳内に響いた言葉に続けて黙り込んだアベルは悩んだように唸り声を上げ始める。しかし、その唸り声は徐々に小さくなっていく。 


『このバカ寝ちまいやがった。ったくこの俺様ありがたいお説教を聞かせてやっているというのに』


 アベルは自分の身の振り方を考えている最中にうっかり寝てしまっていた。こうして悩み事をしている最中に寝れるだけ大物なのかもしれない。そう考えながらも自分のことを蔑ろにされたような気がしたヴィザはアベルの体を乗っ取ると腕を振り上げ、彼の鼻面にデコピンを強めに打ち込んだ。しかし、アベルはううんと小さく唸るだけでそれ以上の反応を見せない。


 これ以上やっても無駄だと判断したヴィザは肉体の操作権を返還すると再びアベルの内側で黙り込む。


 まだ戦う覚悟、誰かを守るための覚悟のともっていないアベル。しかし、彼の魔獣に対する気持ち、そして彼の誰かを守りたいという願いは本物である。そして何より今の彼には守りたいと思うものがある。ただ、最後の一歩を踏み出せずにいるだけである。それが踏み出せれば彼は優秀な戦士となる。ヴィザリンドムもそれを予期しているからこそ、彼にうるさく言っているのだ。


 彼が剣を振るう、誰かを守るための覚悟を決める日はそう遠くない。


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