第11話 ニートピア通貨「ニータ」

 海洋生物センターを後にした僕らは、またマイクロバスに乗って違う施設へと移動しようとした。ところがなかなかバスがやってこない。仕方なく僕らはベンチに座ってバスの到着を待つことにする。そのベンチの脇に立つ自動販売機の前で、


「おいクロパン、何飲む?」

 とホビットが訊いてきた。


「僕、お金持ってないよ」


 私物や私財は一切合財を施設に没収されている。そもそもここは所持金が無くても暮らせると思っていた。でもやっぱお金の概念はあるんだ……。


「お前、部屋に備え付けてあるニートピアのガイドブックを全然読んでないだろう。此処ここニートピアでは、島内でのみ使用できる施設通貨【ニータ】ってのが有るんだ。そしてその預金額は全て、お前の首からぶら下げているそのIDカードが記録している。それは部屋の鍵であると同時に財布代わりにもなっているから、絶対に紛失するなよ」


 ホビットが首から吊り下げている自分のIDカードを手にすると、背伸びをしながらカードセンサーに近づける。すると自動販売機内全ての押ボタンランプが一斉に緑色に光る。


「好きなモノを選べ」


「あ、ありがとう」


 僕は乳酸菌飲料の箇所を押した。再び緑色ランプが点灯する。

 僕はホビットを両手で抱きかかえた。


「もうちょっと右……」


 ホビットの指示通り僕は半歩だけ右に進む。ホビットは腕を伸ばしてコーラのボタンを押した。


 ベンチで足をぶらつかせながら、僕たちは飲料水を口に含んだ。


「ねえニータってどうやって貰えるの?」


 僕は先ほどホビットが言っていた施設内通貨のことが気になっていた。

「貰える?」

 ホビットは大笑いした。「ガキの使いじゃあるまいし、いつまでお小遣いが貰えると……」


 突然、喉に何かがつかえたかのように、ホビットは慌てて口を閉じた。それから咳ばらいを二度三度繰り返す。


「いや、その、何だ……。俺たちはまだ十代だから小遣いは貰えて当然だよな。ちなみにこのニートピアでは労働の対価としてこのニータを稼ぐことが出来る。ちなみに1ニータは1円と同じだ」


 僕は脇を振り返りながら自動販売機を見た。どの飲料水も全て200ニータと記載されていた。


「『山価格』じゃないか。ボッタクリだ」


「ま、食堂で出される食事さえ平らげていたら餓死することは無い。だがどうしてもだ、ジュースや間食おやつが欲しいと言うのなら、ニータを稼ぐしかないな」


「じゃあどうすればいいの?」


 ちょうどそこへ、島内を周回しているマイクロバスが到着した。今度は幾人かが乗車していた。


「知りたいか?」


「うん」


「じゃあニータが稼げる場所に連れて行ってやる」


 バスに揺られること五分程度。

 バスが到着した場所のその光景に僕はまた驚いた。


「テーマ……パーク?」


 横一列に間延びしたフェンスとゲートが備えられており、おいそれと誰しもが入れるようにはなっていなかった。そしてチケットカウンターのような小屋にホビットが近づくと、

「【ニートザワールド】に入りたい」

 と受付の女性に話しかけた。


「IDカードをご提示ください」


 事務的な口調でそう告げられると、彼は首から紐でぶらさげていたカードケースをゲート上のタッチパネルに翳す。ゲート機器がピコーンと音がして青色に光る。ゲートが自動で開くと、ホビットは施設の中に入って行った。

 僕も彼にならって同じ動作をする。無事にゲートを通過だ。


 目の前には大きな円形状の花壇。電飾を施した看板には英文字で【NEET THE WORLD】と威嚇的に表記されていた。


「ニートザ……ワールド」


 僕はその英文字を声に出して読んだ。


「そうだ、ここはニートザワールド。一見するとテーマパークのようにも思えるが、ここはただ娯楽だけを追求した場所では無い。その実態は……職業訓練施設だ」


「何だって?」


 僕は聞き慣れない施設の名前を口にした。「職業訓練施設?」


「そうだ。言っとくがニートピアが設立された目的は、『糞製造機』とでも言うべき俺たちニートの存在を、世間から隔離することでは無い。あくまで自立を支援するための矯正施設だ。ニートたちが主に興味を示す、ゲーム、アニメ、ラノベと言った二次元的表現世界を現実の物とすることによって、外出を促すのが目的らしい。現に寮の個室にはトイレも風呂もないだろ? 生理現象や食欲と言った、抑えることのできない欲求を利用して、部屋の外へと出させるためにあえてそう設計されている。その最たる例が此処、ニートザワールドだ」


 ホビットは前方を指さした。

「ウェルカム」と書かれたアーチを通過したその先には、ロールプレイングゲームの世界の雰囲気を持った町が見えた。


 まず中央部に、放射状へと水を放つ噴水。その後ろ正面には巨大な十字架が天蓋に聳え立つ教会。そして赤煉瓦と土壁を用いた木造の家々が、町全体を取り囲むようにして立ち並ぶ。商売口上の書かれた看板が立てかけられている家は、おそらく商店なのだろう。


 噴水を中心にぐるりと一周しながらホビットが先導する。


「あれを見ろクロパン。剣が交差する立て看板……武器屋だ。そして防具屋に魔法屋、道具屋と横に並んでいる。おっとマッサージ小屋ってのもある。ハハ、言っとくがエッチなマッサージ屋じゃないぞ。そして極めつけはあれだ」


 夜になれば満艦飾の光源を放つのであろう。ネオンサインが施された豪奢な建物がそびえていた。


「カジノだ!」

 

僕はテレビゲームのような光景にただ見惚れていた。現実にこんなものが存在するんだ。


「そして、このニートザワールドでは実際にモンスターとの戦闘が疑似体験できる」


「ええ?」

 僕はホビットの言葉に驚いた。

「モンスターとの戦闘ってどうやって?」


 実際におどろおどろしい姿をした魔物が出現するはずはない。では一体どうやってゲームの中の世界を構築しているのか? とても興味があった。


「その反応を見ると少しは興味があるようだな。何ならこれからちょっとやってみるか? 百聞は一見に如かずだ」


 僕は大きく頷くと、ホビットが「ついてこい」と僕を手招きした。

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