第8話 ニートの監督者 アッシュクロウ
女がひゃっほうと叫びながら再び僕たちの間を走り回る。そしてマスクの嘴の前にマイクを
「わたくしの名前はカラスの化身、アッシュクロウ。このニートピアのイメージキャラクターであり統治者でもある。十三歳から二十歳までの更生可能な全ての入所者……【ニートモ】からはアッシュと呼ばれているわ」
妖艶な声で一通り喋ると、急な運動で体が疲れたのか、息切れと嗚咽を漏らした。
「おえ~、ウップ。これは御免あそばせ。それではこの場で時が経つのも忘れてポカーンとしている貴殿たち! この施設は三つの寮に分かれていてね、今から貴殿たちを各寮に振り分けたいのだけれど、始めちゃってよろしいかしら?」
「寮に振り分けるって?」
見知らぬ男女が、互いの顔を見ながら動揺した。
「そして貴殿たちが住まう寮の組分けを行うにはコレが重要……」
ウフッという気味の悪い声を出すと、クイズ番組で使用しそうなド派手なヘルメットをどこからか取り出してきた。
「組分けヘルメット。ちなみにこのヘルメットは各ニートモのこれまでの生い立ちを総合判定した結果、似た者同士が集まる寮へと組分けしてくれる便利なAI装置よ。じゃあ早速始めちゃうわね」
アッシュは身近にいたニキビだらけの青年にそのヘルメット被せようとする。嫌がる青年をアッシュは拳骨で殴り、無理やりヘルメットを頭に被せるという暴挙に出た。
するとヘルメットの頭頂部からピコーンと音がして、メット本体に描かれた人面の口がムニョムニョと動き出した。
『コイツはエロアニメ、エロ漫画、エロゲーそしてロリモノラノベと、二次元の小さな女の子にしか興味が無い超絶エロニート! こんなロリコン野郎は……【エロイカ寮】がお似合いだぜ! ひゃっはあ!』
ヘルメットが機械的な声でそう叫んだ。
彼の恥ずかしい性癖が会場内に示されると、ニキビの青年は今にも泣きそうな顔になった。そりゃそうだよな。
「あら、初心そうな顔をして中身は相当マニアックなのね、キミ。よしエロイカ寮は舞台から向かって左端のテーブルよ。早くそこに掛けなさいっ!」
アッシュはもたもたしていたニキビの青年の尻を蹴り上げると、指定のテーブルへと急がせた。
「じゃあ次、そこの眼鏡のお嬢さん」
「ヒイッ」
髪をおさげにした眼鏡の女子に先ほどのヘルメットを被せた。すると組分けヘルメットがムニョムニョと動き出し、
『う~ん、コイツは闇が深いぜ。リストカットに睡眠薬(オーバードゥース)。そしてノートに魔方陣を描いては黒魔術を行っているだと? 自分を虐めたクラスメイトにオカルトチックな手法で復讐する姿は正に狂気そのもの。こんなクレイジー女子は……【グロイカ寮】がお似合いだぜ! ひゃっはあ!』
眼鏡の女子は顔を両手で覆いながら右端のテーブルへと駆けて行った。なかなかハードモードな人生を送ってんだな。
こうやって次々とバスから降りてきた人間たちを勝手に選別しては、各寮へと組分けしていった。そしていよいよ僕の順番になった。嫌な予感しかしない。
アッシュは組分けヘルメットを緊張していた僕の頭に乱雑に乗せる。ヘルメットが機械的な音声を発し、
『コイツはクラスメイトの黒パンストを盗んだ挙句、それをくんかくんかと嗅ぎながら毎夜毎夜××行為を行う。コイツの体からはゲロ以下の匂いがプンプンするぅッ、正にゲロ以下の存在だッ。コイツに相応しい寮は……【ゲロイカ寮】だぜッ! ひゃっはあ!』
「『盗んだバイクで走り出す~♪』じゃなくて『盗んだパンストでチョメチョメしだす~』本当にどうしようもないゲロ以下の子ね」
アッシュが僕を侮蔑する。
「いや、僕はパンストなんか盗んでいないって!」
僕の必死の弁明も空しく、アッシュは僕の背中を乱暴に突き飛ばすと、早く行けと言わんばかりに真ん中のテーブルへ誘った。
こうしてバスから降りた三十名ほどの人間が、三つの異なる寮に組み分けされた。
全員が円卓に着座したところで、金屏風が立てかけられてある壇上へと、アッシュは駆け足でのぼった。
「今日からアナタたちは引きこもり支援施設、ニートピアの入所者、ニートモになるのよ。ここに持ってきた私物は現時刻を持って全てを没収。目の前に置かれているジャージとIDカードさえ着用すれば、これから毎日寝ようがゲームをしようがアニメを観ようが何をしても一切が自由ッ! 三食個室付きの正にリゾートホテルとでも思ったらよろしいですわ。でも、月に一度行われる健康診断だけは、ちゃんと受けなさいッ!」
僕は円卓の上に置かれていたジャージを手にした。山吹色のジャージだ。そして右隣の【グロイカ寮】に視線を移すとテーブルには赤色、そして左側の【エロイカ寮】のテーブルには桃色のそれが置かれていた。
「では最後に、ここに入所する決意の表れを皆で示して、この入所式を終えたいと思います」
アッシュは握りこぶしを作り、
「笑って……ニートモ!」
と、頭上へと高々と上げながら掛け声を発した。しかしその掛け声に反応する者は誰もいなかった。
「あら、どうして誰もわたくしの後に続いてくれないのかしら?」
アッシュがカラス面のまま首を傾げた。そしてもう一度同じ動作を繰り返して、
「笑って……ニートモ!」
と僕たちに艶やかな声を掛けたのだ。しかし反応を示す者は本当にごく少数だった。てか、これって何の儀式だよ?
「やはり団体行動が苦手な者たちのようね。こうなったら仕方ありません。わたくしも鬼では無いのですが……」
アッシュは全身タイツに包み込まれた胸の谷間から、何やらリモコンのような物を取り出した。そして親指でカチッとボタンを押すと、会場内から一斉に悲鳴が聞こえた。僕たちの体に静電気のような微量の電気が流れたのだ。その刺激に誰もが椅子から転げ落ちてしまった。
「皆さんがバスの中で眠っている間に、弊社が開発したナノマシンを体内に注入させていただきましたの。それによってこの施設内で蛮行に及ぶもの、反旗を
アッシュはウフと声を出して笑ってみせた。
「では最後にもう一度だけ、入所決意表明を行いますわね」
僕を含むニートモの全員が顔を強張らせながら、慌てて椅子に着座した。何だよナノマシンって、近未来設定のハイテク技術じゃねえかよ。どうなってんだ、この施設は?
「笑って……」
「「「「ニートモッ!」」」」
今度はニートモ全員でアッシュの掛け声に合わせ、こぶしを天高く突き挙げたのだった。
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