第7話 「ようこそニートピアへ!」

 目が覚めると僕は走行するバスの座席に座っていたんだ。バスだと分かったのは座席がそれっぽいのと不規則に停車するからだ。おそらく信号の関係だろう。

 車内は座席ごとにカーテンで仕切られており、他に誰が乗車しているのかは分からない。


 二人掛け座席の通路側に座らされていた僕は、空席となっている窓側へ寄り添うように移り座った。そして車窓を覆うカーテンを手でたぐり寄せると、レーザービームのような陽光に目が眩んだ。小気味良いエンジン音を響かせて、バスは湾港沿いへと緩やかな曲線を描きながら流れ行くのが分かった。


 やがて眺望の良い岸壁を走ると、高架橋を渡りやがては一本の長い連絡橋へと接続する。

 海の上を走るのだ。その先は確か「夢の大地」とかいう人工島に続いていたような気がする。        

 近未来のテーマパークができるとか、そんな噂が上がっては立ち消え、結局はとん挫。目的地がその人工島なのだと知ったとき、もう二度と元の生活には戻れないような気がしたんだ。


 連絡橋を渡ると程なくしてバスが停車する。


 バスの運転手に促されバスを降りると、僕と同じような世代の男子と女子が、ドームのような建物の中へと誘導される。後に知ることになるんだけど、そこがセレモニーなどを行うイベント会場だった。


 学校の体育館ほどの広さ。


 暗闇と静寂に支配されていた空間に突如照明が灯される。橙色のスポットライトが、結婚式会場のキャンドルサービス演出のように、備えられているいくつかの円卓を浮かび上がらせた。各円卓には五脚ほどの椅子と、卓上には飲み物、そして衣服と思しき物が備えてあった。パーティー会場と言われれば、そうだと頷くしかないほどに。


 ところが現実はパーティームードとは程遠い雰囲気に包まれていた。

 それもそうだろう。見知らぬ場所へと半ば強制的に連れて来られた男子と女子、合わせて三十名ほどが、困惑しながら皆まごまごしていた。


(どうしてこんなところに連れてこられたのだ?)


 そんな思いで誰の頭の中もいっぱいだろう。

 と、そこへ僕たちの目の前に一陣の風が吹く。何者かが、素早い動きで目の前を通過したのだ。


 その者は全身黒ずくめのタイツに黒いシルクハット。そしてカラスを模したようなマスクを被っている。その姿は世界史の教科書に出てきたペスト医師を思わせた。

 そして黒タイツから隆起した二つの胸の膨らみから、「中身」は女なのだろうということしか分からなかった。


 彼女は拡げて見せた腕に翼が生えて羽ばたくようなジェスチャーをすると、バスから降りてきた僕らの間を、奇声を上げて疾走した。それはもう頭が狂っているとしか思えないほどの奇行。てか、あんなコスプレキャラ、漫画やアニメの中に登場してきたっけ?

 

 彼女は自身の姿を皆に目一杯誇示した後、握っていたマイクでこう呼びかけたんだ。


「自宅という牢獄を出て、新たな世界で新しい人生を始めようとする勇気ある者たちよ。ここは引きこもり、自宅警備員、無職、すねかじり、居候、パラサイト、穀潰し、そして若年無業者(ニート)といった、実社会に馴染めなかった者たちが集う最後の楽園……」


 黒タイツ女は一呼吸溜めてからこう叫んだ。

「ようこそ、ニートピアへ!」

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