第6話 ニート、拉致される
そんなやり取りが僕の知らないところでされていたかと思うと、腹の底から笑いが込み上げてきて、情けないほど涙が出て来るよ。
でも家から放逐されても仕方ないくらい、確かに僕の生活は堕落していたよな。
学校にも通わず、自室に引き籠もって毎日テレビゲーム三昧。両親を酷く悲しませた罪は重いが、そんな気持ちなどあの頃は微塵も無かったんだ。
運命のあの日、いつも夕刻七時に部屋の前に配膳される夕食が今夜に限っては無かった。
一分一秒でも遅れることのないように、きつく命じて置いた夕食。部屋の中に入ることなく、食膳の上に三食きっちりと出すように指示しておいたのにも関わらずだ。
僕はドアの隙間から目を眇めながら、自室の前をそっと覗く。
「メシがまだじゃねえかッ! おいッ、聞こえてんのか? 返事しろよクソババア!」
部屋の中から階下に向かって響くように怒声を浴びせた。いつものように階段を駆け上がって来て、何度も謝罪しながら膳を持ち運ぶ母親の姿を想像していた。しかし、階下からは何の反応も無かった。そもそも今夜に限っては生活音すら聞こえなかった。
「おいッてば!」
何度も督促はしてはみるが、反応が無い。僕は舌打ちし、
リビングの灯りを点けると、パッと乳白色の照明が生活場を照らす。今日に限って生活の残り香も感じさせないほど、綺麗に整理されていた。台所のシステムキッチンを見てもガスコンロの上、電子レンジの中を見ても、食事の用意がされていない。
「さぼったのか?」
僕は苛立ちながら、リビング内をうろうろと歩き回った。そしてテーブルの上に何やら光沢を帯びたパンフレットらしき物が置かれていることに気が付いた。
「引きこもり者支援施設……?」
僕の好奇心が視線をパンフレットへと向かわせる。太陽の下で輝く砂浜と、灰桜色した建物が立ち並ぶリゾート宿泊地のような光景。そして、ワイプで抜かれた、黒髪の美女の顔写真。——施設長と書かれている。僕はしばしそれを眺めていた。
ふと、僕の背後で人の気配を感じた。すぐさま振り返り、
「居るんじゃねえか、さっさと飯の支度を——」
僕は言葉を途中で止めた。感じた気配が家人のモノでは無かったからだ。
全身黒のスーツ姿にレイバンサングラスを掛けた、SPのような屈強な男が二人、僕の背後に立ちはだかっていた。
「ちょっと……、お前らいったい何者だよ?」
「仁藤直樹様。どうか抵抗をなさらずに」
僕は男たちによって羽交い絞めにされた。そこまでは覚えている。催眠導入剤が含まれてたんだろうな。「いかにも」な布切れを無理やり嗅がされた後からは、記憶が定かでは無かった。
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