第181話絶対の約束と答え合わせ


 不安そうに弱々しく語る主人を見て、ヒューイは困ったように頭を掻く。それからベッド脇に片膝をついてレセリカを見上げた。


「……オレはさぁ、その未来を経験したわけじゃねーからわかんねぇけど」


 話し始めたヒューイに目を向けると、真っ直ぐな瞳がレセリカに向けられていた。


「レセリカが望むなら、セオフィラスのことも守ってやるよ。最優先はレセリカだけどさ」


 その迷いのない瞳のまま、ヒューイはニッと歯を見せて笑う。彼は主人に、少しでも安心してもらいたいのだ。


 たとえレセリカの言うように、まだ全てが終わっていないのではという予感をヒシヒシと感じていたとしても。


「物事に絶対はない。オレは命をかけてもレセリカを守るつもりだし、いざとなったら逃がせる自信もある。それは、セオフィラス一人増えたところでそう変わんない。けど、いつ何が起こるかなんて誰にもわかんねぇよな?」


 ヒューイは眉尻を下げつつそう告げると、再び真剣な表情に変えて言葉を続けた。


「それでも、オレは絶対に・・・レセリカの望みを叶えるって言ってやる」


 絶対はないと言ったその口で、絶対を告げる。


 それは叶うかもしれないし、叶わないかもしれないことは重々承知しているが、ヒューイの覚悟と誠意は本物だった。


 レセリカはようやく、小さく微笑んでくれた。


「ヒューイはカッコいいわね」

「まぁな! でもそれ、セオフィラスには言うなよ。アイツ間違いなく嫉妬するから」

「そ、そんなこと……は、あるかも、しれないけれど」

「あるって! マジ、色恋沙汰で嫉妬されるのは勘弁。オレたちにとって主ってはそういうのじゃねーんだから」


 風の一族の矜持というやつだろう。誇り高い彼の在り方を、レセリカは尊敬していた。


「でも、いつかセオにも貴方のことを紹介したいわ」


 そんな主人の言葉を聞いて、ヒューイはわずかに動揺したがそれを悟られることはなかった。


「あー……。うん。ま、その気になったら言ってくれ。オレはいつでも構わないぜ」

「本当? 嫌がるかと思ったけれど」

「そりゃ、嫌に決まってるだろ! 王族となんか関わりたくねぇもん! でも、レセリカが王族になっちまうんだから今更逃げらんねーし。だから覚悟は出来てるってこと」


 すでに一度、レセリカに内緒でセオフィラスに会いに行ったという後ろめたさがヒューイにはある。

 レセリカは知る由もないのだが、その時点で覚悟は決まっているのだ。


 そもそも、主人に決めた時点で全てを受け入れるつもりではあるのだが、それはそれ、これはこれなのかもしれない。


「じゃあ、セオの暗殺される未来を無事に過ごして、私が学園を卒業したら。その時に、紹介するわ」

「……りょーかい」


 胸中は複雑なヒューイであったが、ようやく主に戻った笑顔にホッと胸を撫で下ろすのだった。


 ※


 翌日、レセリカたちは午後に学園へと到着した。真面目な主人は午後からの授業には参加するという。

 移動で疲れているだろうに、と呆れはするものの、本人の生き生きした様子を見たら止めるのも戸惑われた。


 今夜は早めに休むようにということをダリアと約束し、レセリカは午後からの授業に打ち込む。護衛を任されていたジェイルもすぐに来てくれた。ありがたいことである。


 そうして夜を迎えると、約束通りレセリカは早めにベッドへ潜り込んだ。疲れは溜まっていたのだろう、横になるとすぐに寝息を立て始める。


(お、っと。ついに呼び出しか)


 そんな時、ヒューイの脳内に「風」と呼ぶ声が響いた。そろそろ来るのではないかとは思っていたのだ。


 出来れば行きたくはないが、約束は守らなくてはならない。


(さすがにバレた、よなぁ)


 心の中でため息を吐きながら、ヒューイは呼び出した人物の下へと移動した。


 ────王太子、セオフィラスの自室へと。


「やぁ、本当にすぐ来たね」

「ま、ね」


 セオフィラスの自室は薄暗く、ベッド脇のライトが点いているだけだった。

 護衛たちには早めに休むとでも言ったのだろう。今日、ヒューイを呼び出すことをあらかじめ決めていたのかもしれない。


「君だろう? シンディーの情報を見付けたのは」

「もう本題に入んのかよ。意外とせっかちだな、王太子サマは」


 窓際の椅子に腰かけて笑顔で告げる彼に、ヒューイは一歩近付きながら軽い口調でそう返した。

 セオフィラスはふわりと笑みを深めると、首を僅かに傾げてみせる。


「茶化さないで答えてくれない? 君は情報を見付けただけでなく、こちらに見つかりやすいように仕向けたよね?」


 セオフィラスの笑みからは、感情が読み取れなかった。怒っているのか、喜んでいるのか。

 いや、喜んでいるとは言えないだろうことはなんとなくわかる。


 ヒューイは片眉を下げて、視線だけで続きを促した。


「私はまだ、君に関する何かを摑んだわけじゃなかった。それなのに、君は証拠を持ってきてくれたね。情報は謂わば私への報酬だったはずなのに。……なぜかな?」


 セオフィラスはゆっくりと立ち上がると、今度は彼の方からヒューイに近付いていく。

 なんとも言えない迫力を感じ、ヒューイは王族の風格というものを思い知らされて微妙な気持ちになった。


「答えなくていいよ、私が答える。君の主が、そう命じたんだろう?」


 その間にも、セオフィラスの言葉は止まらない。まだヒューイからの答えを望んではいないようだ。


 目の前で立ち止まったセオフィラスは、意外にもヒューイより少し背が高い。


 少し前までは自分より小さかった気がしたのだが、と思い出す余裕くらいはあった。というより、セオフィラスに気圧されるのは癪なのだ。


「あまりにもタイミングが良すぎた。しかも、君が言い出した秘密の取引なのに、先に報酬の情報をくれただろう?」


 セオフィラスは微笑みを崩さない。だというのに、絶対に逃がさないという圧力を感じたヒューイは、彼の腹黒さを思い知った。


「順序が逆になってしまったけれど。君に関する何かを私は摑んだ。情報を得てしまったからね。答えるのが筋というものかと思って呼び出させてもらったよ」


 要は、答え合わせをするつもりなのだ。

 腕を組んでこちらを見下ろすセオフィラスに、ヒューイはようやく言葉を返す。


「ふーん。で、なんで今日?」

「さすがの君でも、学園にいなければすぐには呼び出しに応じることは出来ないと思って」


 つまり、週末からヒューイが学園にはいなかったと確信しているというわけだ。


 これはいよいよ、バレている。ヒューイはセオフィラスの顔を下から覗き込むように見上げた。


「答え合わせ、するんだろ? 言えよ」


 挑戦的な視線を受け、セオフィラスは目を細める。


「君の主は、レセリカだね?」


 ヒューイは小さく両手を上げながら、ハハッと声を上げて笑った。

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