第145話推測と恋バナ


 自分がフレデリックに思いを寄せるだなんてあり得ない、とレセリカは瞬時に思う。

 なぜなら、今でさえ好ましいとも思えない相手なのだから。


 そもそも、王位を狙っているのならセオフィラスと争う立場にある。彼の婚約者である自分が、そんな相手を思うなど絶対にないだろうと思うのだ。


「フレデリック様って、お顔はいいものね……本人も自信がおありなのですわ」

「でも一般生徒だけではなく、他の貴族相手でも偉そうな態度を隠そうともしない方ですもの。いくら王族とはいえ、恋慕は抱けませんよね」


 ラティーシャの言葉に、アリシアが難しい顔をしながら正直に告げる。他のみんなも概ね同じ気持ちらしく、揃って首を縦に振っていた。


 だが、ラティーシャはそうではないと首を横に振る。


「あら。それでもいいと思う方は大勢いましてよ。それほど、フレデリック殿下は見目麗しいのですから。あのお姿に魅了されて、何でも言うことを聞きたいと望む方は意外と多いのですわ」


 そういうものなのだろうか、とレセリカは首を傾げたが、ケイティが大真面目に同意を示した。


「ああ、特に被虐趣味の方は好みそうですねぇ。罵られて喜ぶ方は一定数いますし」


 その言葉にはレセリカだけではなく、みんながえっ、と小さな声を漏らした。

 世の中には色んな人がいるものだ。レセリカたちはほんの少しだけ世の中を知った。


「は、話しが逸れましたわね。つまり、フレデリック殿下はレセリカ様のお心を狙っているのだと私は思っておりますのよ!」

「例えそうだとしても、私がフレデリック殿下に心を寄せることなんてないわ。だから大丈……」

「甘い! 甘いですわよっ!」


 話を戻したラティーシャにレセリカはサラッと告げたが、それも途中で遮られる。あまりの勢いに、レセリカは僅かに後ろに仰け反ってしまった。


「レセリカ様にその気はなくとも、フレデリック殿下がいつの間にかレセリカ様に本気になる可能性があると思いますの!」

「本気、に……? それってどういう」

「ああ、もう鈍いですわね! 本気で恋に落ちてしまわれるかも、ということですわ! あの方が本気になったら、手段を選ばない気がしますもの。それを危惧しているのですわよ!」


 あれほど自分のことだけを大事にしていそうな彼が、誰かに恋をするなんてことがあるのだろうか。レセリカにはとても想像がつかなかった。


 しかし、他のみんなは揃って納得したように頷いている。それが余計にレセリカには不思議で仕方がない。


「レセリカ様はご自分の魅力をよくわかっていないみたいですものねぇ」

「セオフィラス殿下の婚約者ですから、普通は誰もお声をかけたりしませんけれど。でも、密かにレセリカ様を思っている殿方はたくさんいますよ? もしかしてご存じなかったんですか……?」


 ケイティとアリシアに立て続けに言われて、まさかと声を出す。

 レセリカには、自分が表情もあまり変わらず、可愛げがないという自覚があった。そんな自分がセオフィラスの隣に立つのは、あまりにも似合わないのではと未だに思っているくらいなのだ。


 無自覚とは恐ろしいものである。


「もうっ、自覚がないのならそれでもいいですわ。ですが、言い寄られる可能性はあるということをしっかり覚えておいてくださいませっ」

「わ、わかったわ」


 本当のことを言えばあまりわかってはいないのだが、場の雰囲気に合わせてレセリカは首を縦に振った。


 結局、フレデリックが問題を起こしている件については、学校側が対処することであってレセリカが気にすることではない、ということで話はまとまった。

 気にはなるものの、ここで行動を起こす方が思う壺になると言われれば、レセリカもその通りだと思うからだ。


(あまりにも酷くなるようであれば、セオに相談、かしらね)


 セオフィラスも進級したことでますます忙しくしていることだろう。あまり頼るのも申し訳ない気がするので、出来ればフレデリックには大人しくしていてもらいたいものだ。


 次第に、お茶会の話題は好きな異性のタイプへと移り変わって行く。

 こういった話題は年頃の女生徒が好む。それは彼女たちも例外ではなかった。


 特にアリシアやポーラは興味津々と言った様子で楽しそうにキャッキャと話している。


「やっぱり、私は強い人がいいですねぇ」

「あら、それなら騎士科には素敵な方がたくさんいるのではなくて?」

「あはは、今のところそっちにまで気が回らないですね……授業がハード過ぎて」


 レセリカもまったく興味がないわけではない。自分のこととなるといまいちピンとこないだけで、友達が話す憧れや恋の話題を聞くのはむしろ好きであった。


(強い方が好みだなんて、ポーラらしいわ)


 そういった話を聞いていると、親しい友達のことをもっと知れるようで嬉しいのだ。いつか、みんなが良縁に恵まれることを心から祈るレセリカである。


「でも、騎士科の中にはハードな訓練をこなしても平然としている人も多くてビックリしちゃいます。セオフィラス殿下もそうですが、護衛のフィンレイ様も去年同じことをしてらしたはずなのに、お疲れの様子は見られませんでしたよね。鍛え方が違うのだなって思い知らされました」


 ポーラの話を聞いて、確かにその通りだとレセリカは去年のことを思い出す。

 それどころか、セオフィラスもフィンレイも、そして一学年上のジェイルだって、いつも顔色を変えずに過ごしていたと記憶している。


(セオも、そんなに大変な授業を受けていたのに……私と会う時間を作ってくれていたのね)


 改めてそのことに気付かされたレセリカは、自分の中の妙な感情に戸惑う。


(嫌だわ、私。……嬉しいって思うなんて)


 大変な思いをしてまで時間を作ってくれたことには当然申し訳なさを感じる。だが、それ以上に嬉しいと思ってしまうのだ。


(私、意地悪なのかしら)


 嬉しいと思う理由が思いつかないレセリカは、そんな見当違いなことを考えながら軽い自己嫌悪に陥るのであった。

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