第144話報告会と噂話
それから一カ月が経とうとした頃、週末に第一回報告会という名のお茶会がラティーシャの寮室で行われていた。
メンバーはお馴染みの顔触れだ。
ラティーシャ、アリシア、ケイティに、レセリカ、キャロル、ポーラの六人である。
揃って貴族科に進級したラティーシャたち仲良し三人組は、これまでよりもより品格を求められるようになったと話している。
幼い頃からそういった教育を受けてはいるものの、合格ラインが厳しいのだとため息を漏らしていた。
彼女たちでさえそうなのだ。より苦労をしているのはキャロルである。
商業科へ進むかと思われていたキャロルは、いつかレセリカ付きの侍女になるという新しい夢のために貴族科へと進んだ。
キャロルもまた同じ貴族ではあるものの、マナーや淑女の立ち振る舞いについてはほぼ初心者である。久しぶりに顔を合わせたキャロルは今日のお茶会で一人、かなり沈んだ顔をしていた。
「そもそも覚えが悪いんですよ、私……このまま進級出来るのかさえ怪しい気がしています……何度も四学年を繰り返すかもしれませんっ!」
ワッと泣きながらテーブルに伏せたキャロルを、レセリカが背を撫でて慰める。
こんな行いをマナー講師が見たら雷を落とされるだろうが、今は友達しかいないのだ。誰も今のキャロルを見て眉を顰めたりなどしない。
「まだ始まったばかりだもの。教わってひと月も経っていないのよ? 出来なくて当然なのだから、あまり落ち込まないでキャロル」
「で、でもレセリカ様……このままでは、いつかレセリカ様の侍女になるなんて夢のまた夢で……っ」
「わからないことがあればいつでも教えるわ。大丈夫。キャロルならきっと出来るから」
「レセリカ様ぁっ!」
慰めたつもりなのに余計に泣かせてしまったようだ。そのことに動揺して慌てるレセリカに、皆が困ったように微笑む。
優しさが沁みただけですよ、と苦笑するポーラの言葉を聞いて、レセリカはようやく安堵した。
「ポーラ、貴女の方はどう?」
まだテーブルに伏せているキャロルの背を撫でながら、話題を変えようとレセリカはポーラに話を振った。
久し振りに見たポーラは相変わらずニコニコとはしているが、どことなく具合が悪そうに見えて心配だったのだ。
「あはは……基礎体力作りだけでヘロヘロです。毎日、寮室に戻ったらベッドに倒れ込んで寝る生活ですよ」
「ちゃんと食事は摂っている? 痩せたように見えるわ」
「食べないと倒れちゃいますから、それはもちろん。ただ、食べる量が足りてない気はします。ハードな練習で戻してしまうこともあるので……それに、食べるよりも寝ていたくて」
力なく笑うポーラを見て、アリシアとケイティの二人がポーラのお皿にお菓子をたくさん載せていく。今の彼女に必要なのはカロリーであった。
とはいえ、必要以上に心配することはない。騎士科に進んだ者たちは誰もが通る道だと全員が理解しているからだ。いわゆる洗礼というやつである。
ポーラ曰く、女性はもちろん、体の細い男性も軒並み同じような状態らしい。授業を休む生徒もチラホラいるのだとか。
それでもポーラからは絶対に食らいつくという意思が感じられる。一日たりとも休まないと宣言する彼女は頼もしくもあった。
「レセリカ様はいかがですの? 一般科の授業はやはり簡単なのでは?」
今度はラティーシャが話を振って来た。一見すると特に変化が見られないレセリカに、余裕があると思ったのだろう。
しかし、話を振られた瞬間その顔が歪んだのをラティーシャは見逃さなかった。
「何かありましたのね?」
「え、ええ。いえ、私自身はとても楽しく過ごさせてもらっているのだけれど……」
興味津々でこちらを見てくる彼女たち。気付けば伏せていたキャロルも、疲労感を滲ませていたポーラも心配そうな眼差しで注目している。
レセリカは一度小さくため息を吐いてから事情を説明した。
「……それは、何と言いますか。想像通りですわね」
「期待を裏切らないわねぇ、フレデリック殿下って」
話を聞いたラティーシャがふんと鼻を鳴らしながら肩をすくめ、ケイティが呆れたように呟く。
やはり二人にも、どこかこうなるという予感があったのだろう。
もちろんレセリカもある程度の予想はしていた。だが、生徒間で関係が上手く築けないだとか、そういったことを想像していただけに、今回のことは意外でもあったのだ。
「わざわざ一般科へと進んだのですもの。フレデリック殿下にはセオフィラス殿下への嫌がらせの他に何か意図があると思いますのよね」
それはレセリカも考えていたことだ。もちろん、まだ真実はわからないのだが。
「レセリカ様の気を引いている、とか?」
アリシアの推測に、それもありそうだとレセリカは思う。ただ、それさえもセオフィラスへの嫌がらせ以上の理由を思いつかない。
他の意図は考えつかないとレセリカが正直に答えると、ケイティは不敵に笑った。
「嫌ですね、レセリカ様ったら。文字通り気を引きたいのですよ、フレデリック殿下は。もっとわかりやすく言うなら……殿下は、レセリカ様に異性として惚れてほしいのだと思います」
「えっ」
思ってもいなかった発言に、レセリカはとても驚いた。
話を聞いていたアリシアやポーラは、さらに興味津々でケイティの話の続きを待っている。
この二人は特に、色恋の絡んだ話が好きなのだ。それがたとえ、あまり良く思っていない者の話だとしても。
「以前言っていたのでしょう? レセリカ様は王太子の婚約者なのだから、もし自分が王位に就いたら自分の婚約者になるだろうって。失礼な発言でしかありませんが、本気でそう思っていたのだとしたら……レセリカ様が自分を好いていて当然だとお考えになるのでは?」
きゃあ、というどこか嫌そうなアリシアとポーラの悲鳴を聞きながら、レセリカは今度こそ絶句してしまうのだった。
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