第142話回想と護衛
ようやく校舎に辿り着くという頃、ダリアが小声でレセリカに声をかける。どことなく興奮気味だ。
「レセリカ様! 先ほどはとてもご立派でございました……! これまでずっと心配しておりましたが、あれほどの対応が出来るのならば安心出来ます」
「そ、そうかしら? 実はまだ胸がドキドキしているの。言い過ぎだったかしら……?」
「そんなことはございません。むしろ、ハッキリ告げられてあの方もようやく理解なさったのでは? レセリカ様が迷惑しているということを」
そうだといいけれど、と言いながらほんのり眉尻を下げるレセリカに、ダリアは一歩下がって礼をする。
「では、レセリカ様。私はここまでとなります。授業が終わる頃、またこちらまで迎えに参りますので」
「ええ、ありがとうダリア」
一般科の校舎内部では従者を連れ歩くことが出来ない。つまり、ここからがようやく一般科の学園生活の始まりだ。
実は、この瞬間が一番緊張するレセリカである。
「レセリカ様」
ドキドキしながら校舎内に一歩足を踏み入れた時、すでに待っていたらしい男子生徒から声をかけられる。
彼は場違いなほど体格と姿勢が良く、周囲にいる生徒たちから遠巻きにされており、かなり目立っていた。とても一般科の生徒が放つオーラではない。
皆と同じ制服を身に纏っているというのに、どこからどう見ても騎士科の生徒なのだ。一目でそう思わせられるというのもすごいことである。
「リファレット。もう来ていたのですね」
それもそのはず、彼は実際に騎士科最高学年であり、さらには成績優秀者の一人でもあるのだから。
リファレット・アディントン。
アディントン伯爵家の跡取りで、ラティーシャの婚約者でもある。
そして……前の人生で、レセリカを糾弾した人物の一人でもあった。
(真面目で少し頭が固い部分がある彼のことだから、私がセオの暗殺をしたという状況証拠を提示されれば、迷いなく責め立てたのも不思議ではないわね……)
ただ、証拠の裏付けをしっかり取ってもらいたかったとは思うのだが。
しかし、水の一族の毒によって知らぬうちに自分が毒を盛っていた可能性が浮上した今、あの時は物的証拠も出された可能性がある。
しかも前回レセリカは聖ベルティエ学院に通っており、あまり面識もなかった。おかげで冷徹令嬢という噂だけが一人歩きしており、疑われるもの無理はない状況であったと今ではよくわかる。
ラティーシャもだ。前回、レセリカと仲良くならなかった彼女はきっとセオフィラスを思い続けていたに違いない。
愛する人が暗殺され、それが婚約者の仕業だと聞かされたら……?
思い込みが強く、行動力の塊のような彼女のことだ、証拠を集めて人の多い場所でそれを明かすのもわかる気がした。
前の人生でも、恐らくリファレットはラティーシャに思いを寄せていたはず。そんな彼女から協力を要請されたのなら、余計に彼は張り切ったことだろう。
その結果、あれよあれよという間にレセリカは国王陛下の前に突き出されたのだ。
(フローラ王女が亡くなった事件の犯人が、見つからなかったことも大きく影響していそうだわ)
そこにセオフィラス暗殺の犯人であろうレセリカが現れれば、過去の事件の犯人の分まで怒りをぶつけられても心情的には理解出来た。
それを向けられた当のレセリカはたまったものではないのだが。
(こちらの話を一切聞いてもらえなかったのは……私自身が誰の話も聞かず、関わろうとしなかったせいでもあるものね)
今のレセリカに、彼らを恨む気持ちはない。どうしても多少の恐怖は残ってしまうが。
今生で知った彼らのことを考えた結果、そう行動するだけの理由があったのだと理解は出来るからだ。
(知ることは、とても大切なことね)
ただ、敵対すればいつでも向けられる牙があることを忘れてはならないとも感じている。
レセリカはそれらの複雑な気持ちをそっと胸にしまい込み、リファレットに歩み寄った。
「待たせてしまいましたか?」
「いえ、こちらが待つのが当たり前なのです。護衛が護衛対象をお待たせするわけにはいきませんから」
凛々しい顔で真面目に任務を全うしようとするリファレットは、とても尊敬の出来る先輩だとレセリカは思う。だが。
『シンディーの不倫相手はドルマン・アディントンだ』
つい、ヒューイの報告を思い出してしまう。
父親のその事実を、リファレットは知っているのだろうか。いずれにせよ、それを知るレセリカの心は痛んだ。
「ありがとう、リファレット。護衛の話を引き受けてくれて。私のワガママで、振り回してしまってごめんなさい」
「そんなことはありません。おかげでチャンスをいただけましたから。王城勤務の夢を叶えられるかもしれない……お礼を言いたいのはこちらの方です」
どこか嬉しそうに見える目の前のリファレットを、父親と同じに考えてはならない。
不貞を働き、フレデリックの即位を望むシンディーに加担し、前の人生ではヒューイを奴隷にしたドルマンと、彼は違うのだ。
「ではその夢が叶うよう、大人しく守られるようにしますね」
「! はは、レセリカ様もそのようなことをおっしゃるのですね。はい、出来ればそのようにお願いします」
目の前の彼がそういったことに加担しているとはとても思えない。ただ、知らずに利用されていることはあるかもしれない。
せっかく護衛に付いてくれるのだ。それとなくリファレットが、シィやフレデリックに接触されないよう気を配ろうとレセリカは決意した。
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