第137話冷徹令嬢の企み
「そんなところに火種を持ち込むようで悪いんだけど。新情報だぜ。悪い方の、な」
レセリカが心の中で決意しているところへ、姉弟のお茶会に乱入者がやってきた。
緑がかった金髪を靡かせたその少年は、まるで最初からそこにいたかのような自然さで立っており、うんざりしたような顔を浮かべている。
そのままテーブルに乗っている焼き菓子をヒョイッと口に運ぶと、ヒューイはその表情を満足げな微笑みに変えた。
「ヒューイ」
「これうっまいなー、レセリカ。友達だし、お茶会に付き合ってやるよ。でもオレはお茶よりミルクが飲みてぇ」
レセリカに名を呼ばれ、ヒューイはもう一つ焼き菓子を手に取ってニカッと笑う。
「もう、ウィンドったら久しぶりだって言うのに調子がいいんだから」
「ふぉ、おとうふぉ。ひしゃしぶりふぁな!」
「弟じゃなくてロミオ! というか、食べながら話さないでよ、行儀が悪いなぁ!」
もぐもぐと咀嚼しながら話したことでロミオに叱られたヒューイは、しっかり味わった後にゴクンと飲み込むとご馳走さん、と言いながらペロリと舌を出す。公爵家でこんな態度を取れるのはこの男くらいであろう。
ロミオは呆れ顔だったが、レセリカは肩の力が抜けたように小さく笑った。
「それでヒューイ。悪い新情報って何かしら」
「あー、そうだよな。話さなきゃだよなぁ……」
美味しいお菓子を食べて幸せそうな顔から、再び嫌そうな顔になったヒューイは、諦めたように頭をガシガシ掻きながら口を開く。
「……王弟の息子がさ、一般科に進むんだってよ」
「はぁぁぁっ!?」
言いたくなさそうにポツリと告げられたその情報に、ロミオが真っ先に声を上げた。次期公爵家当主としてあるまじき振る舞いだと思ったのか、すぐに慌てて両手で口を押さえていたが。ロミオもヒューイがいると、ついつられてしまうのかもしれない。
「……フレデリック殿下とも、一度ちゃんと話した方がいいのかしら」
「いや、やめた方がいい。周囲のヤツらが食い止めたって、根本的な解決になんねーのは確かだけど。あいつの目的ってさ、セオフィラスへの嫌がらせだろ? レセリカが何かしたら余計に思うツボってやつだ」
ヒューイの言うことは的確だった。実際、レセリカも半分以上は同じように考えていたことなのだから。自分がフレデリックと話すことで、余計に事態がややこしくなる可能性だって高い。
出来る限りセオフィラスに迷惑がかからないようにしたいレセリカとしては、これまで通りのらりくらりと躱すのが一番良いのかもしれない。
改めてそう考え直すとともに、レセリカはヒューイの言葉の中でどうしても気になったことを口にする。
「セオ様のことも名前で呼んでくれるようになったのね?」
「そこかよっ! いや、なんつーか。レセリカの未来の旦那なら一応? と思っただけだし」
普段からヒューイはあまり人を名前で呼ばない。レセリカと、時々ロミオを名前で呼ぶくらいだ。もしくは説明のために仕方なく名前を出す程度だった。
自分の名前も主人以外に呼ばせないことから、彼にとって名前がとても大切なものだということには気付いていたのだが。
だからこそ、自分にとって大切な人でもあるセオフィラスを名前で呼んだことが、レセリにかには少し嬉しかったのである。
「ってか! んなことはどうでもいいんだよっ! 来年からは常に友達がレセリカを守るってことが出来なくなんだろ?」
「そうね。前以上に気を付けるわ」
「そうだけど、そうじゃなくて……」
レセリカの至って真面目な答えにヒューイは脱力する。ただ、レセリカ本人に頑張ってもらう以外にないのも事実なのだ。
フレデリックは頻繁に話しかけてきたり、嫌な言い方はしてくるが、レセリカに対して直接的な嫌がらせをしてくるわけではない。初回以降は触れようとする素振りも見せていなかった。
むしろ仲良くなりたいという、一見すると好意的な理由であることが厄介であった。周囲が止める理由としては弱く、王族であることから一般生徒は余計に声をかけにくいだろう。
「僕としてはですねぇ……例え実害がなくても、あいつの目的がセオフィラス殿下への嫌がらせだとしても、姉上を利用しようとすることがあり得ないし許せないんですけど」
「それな。完全に同意だ!」
レセリカのことが大好きな者たちからすると、不満が爆発しそうになるのも無理はない。ロミオもヒューイも、なんとか出来ないものかと歯痒い思いを抱えているのだ。
「でも、何かが起こりそうな時はヒューイが守ってくれるのでしょう?」
「当たり前だっ! けど、なんか起きる前から守りたいんだよ、オレは!」
さすがにそれは難しいとわかってはいても、そう思ってくれることが嬉しかった。
気持ちに応えるためにも、揉めごとを起こさないよううまく立ち回ろうとレセリカは決意する。
「私のことも忘れてもらっては困りますよ」
そこへ、ヒューイの前にズイッとミルクピッチャーを差し出しながらダリアが現れた。先ほど、レセリカに頼まれたので仕方なく持って来はしたが、コップまで渡す気はないらしい。このまま飲めと言わんばかりである。
ヒューイはイラッとした様子でピッチャーを受け取ると、テーブルの上に荒々しく置く。ミルクが溢れそうで溢れないのが不思議だった。
「はぁ? 一般科に侍女はつれて歩けないからお前は側にいられないんじゃねーのかよ」
「護衛として影から見守るのが貴方の特権だと思ったら大間違いなんですよ。思い上がらないでもらえます?」
相変わらずこの二人は仲が良いなぁ、とレセリカはのんびり眺めているが、ロミオは冷めた眼差しを向けている。恐らくこちらの方が正しい反応だろう。
「レセリカはオレが守る!」
「いいえ、私がお守りします!」
「あ、姉上! 僕も出来る範囲で姉上をお守りしますからねっ!」
まだ夏の日差しが眩しい午後の昼下がり。
姉弟だけの静かなお茶会会場だったテラス席では、今や誰がレセリカを守れるかで舌戦が繰り広げられている。
二度目の人生が始まってから四年。あの頃からは想像も出来ない光景だ。ベッドフォード家に、こんなにも賑やかな時間が訪れるなんて。
(私は、欲張りになってしまったわ)
今、自分の周りにあるもの全てを失いたくない。そんな思いは日に日に強まっていく。
(断罪される日まで……あと三年。セオが暗殺されてしまうのも)
確実に未来は変わっている。レセリカにとっては良い方向に。
だが、それが必ずしもセオフィラスの暗殺を阻止する未来に繋がっているとは限らない。
(鍵は、やっぱりフレデリック殿下になるわよね……)
おそらく、暗殺の動機は王位継承権の奪い合いになるのだろう。王妃の反対を押し切ってシィを学園に送り込んだことから、現在の王弟夫妻の影響力も気になるところだ。
そうなるともはやセオフィラスだけでなく、現国王陛下や王妃ドロシア、学園に入学してくるエミリアも危険に晒されることだって考えられる。警戒レベルはさらに上げるべきなのだ。
フレデリックに関して、レセリカは先ほど話していたように引き続きうまく立ち回るつもりでいる。
(私も、フレデリック殿下を利用するわ。そんなこと、彼は考えもしていないでしょうし)
レセリカも利用されているのだ。お互い様だということであまり心も痛まない。
フレデリックが話しかけにきてくれるというのなら、自分はそれを受け身の姿勢で待てばいいだけ。そして会話の中から少しでも情報を得る。
公爵令嬢は大人しくて、言われたことだけを淡々とこなす無表情なお人形。ゆえに守られるだけの存在であると思われるために、そう振る舞えばいいのだ。
(冷徹な令嬢になるのは得意なの。逃げも隠れもしないわ)
そう、レセリカはフレデリックを避けようとは考えていないのである。
「でも、うちのお姫サマはこう見えて勇ましいとこがあるから心配なんだよなー」
舌戦の最中、ヒューイがチラッとレセリカを見た。風の一族はなかなかに鋭い。レセリカは口元に笑みを浮かべた。
「みんなとても心強いわ。本当に頼りにしているのよ?」
それは心からの賛辞であった。ヒューイやダリアはもちろん、ロミオまでもが照れた様子で顔を綻ばせている。
いよいよ、レセリカの一般科での授業が始まる。
波乱の予感を頭に過らせながら、今この瞬間の穏やかな時間を楽しむべく、レセリカは自らカップにミルクを注いだ。
たまにはミルクだけで飲むのもいいかもしれない、そう思いながら。
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これにて3章終了になります。
4章「恋の始まり」編開始までしばらくお待ちください!
書き終わり次第また毎日更新いたします。
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