第136話姉弟の語らい


 いよいよ明日は学園へと向かう日だ。余裕を持って向かうため、前日には学園に着くようスケジュールが組まれている。

 ベッドフォード家ではレセリカとロミオがテラスでお茶をしながら、もうすぐ始まる新学年について語り合っていた。


「姉上ったら、僕に相談もなく進路を一般科に決めちゃうんだから」

「もう、何度も謝ったでしょう?」


 このように、いつまでも拗ねている弟の機嫌を取るためにレセリカが誘ったのである。

 誕生日も迎えて十一歳になるというのに、姉の前ではいつまでも幼い子どものような部分が残るロミオであった。


 レセリカは話題を変えるため、紅茶のカップを置いてから口を開く。


「ロミオも、もう三年生になるのよね。今年のオリエンテーションでは後輩たちを引っ張っていかないといけないわね?」

「もちろん、その辺りは問題ありません。僕、これでもみんなから頼りにされているんですから」


 ふふん、と得意げに胸を張る弟を見て、レセリカはふわりと口元に笑みを浮かべた。もちろん、ロミオが学園でしっかり良い成績をキープしていることや、周囲の人たちから尊敬されていることをレセリカも知ってはいる。

 だがレセリカの中で、ロミオはいつまでたっても可愛い弟なのだ。ただ、いつかはこうして甘えたり拗ねたりすることもなくなってしまうのかと思うと、寂しい気持ちにもなる。


 ご機嫌を取るのが大変である反面、いつまでも弟離れが出来ないのは自分かもしれない、とレセリカは思うのだ。


「それに、今年はエミリア様がご入学されますからね。余計に情けない姿は見せられませんよ!」


 エミリアとはセオフィラスの妹で、末の王女だ。レセリカもチラッと遠くから見かけたことがあるくらいでよくは知らないが、少々お転婆で元気な王女様だと聞いている。


 フローラ王女の事件があった時はまだ一歳の赤ん坊だった。そのためトラウマを抱えることがなかったのだろう。伸び伸びと育ってくれたのは良いことだ。


「ところで、そのぉ……姉上は、セオフィラス殿下と仲良くしていらっしゃるのでしょうか」


 エミリア王女の名前が出たことでふと思い出したのだろう。ロミオは、常日頃から気になっているであろう、姉の婚約者との関係に探りを入れてきた。

 レセリカがセオフィラスの婚約者であることは、まだ取られたくないという気持ちの方が強そうだが一応認めてくれてはいる。


 だが、二人の関係に変化があるかもしれない、というのは弟としてかなり複雑なのだろう。どうせいつかは結婚するのだから、姉には幸せになってもらいたいとは思っているはずなのだが。

 おそらく、それでも姉が恋する姿はまだ見たくない、というところだろうか。


「ええ、一緒に過ごす機会が多くあったから、親しくなれたと思……」


 一方、レセリカはロミオからの質問にいつも通り答えた……はずだった。

 途中までは普通に答えていたのだが、先日セオフィラスに抱きしめられたことを急に思い出してしまった。なぜ、今このタイミングで思い出してしまったのか。


 不自然に言葉が切れて、レセリカは耳まで真っ赤になってしまう。


「え、ちょ、ちょっと……嘘でしょう? 何が、何があったんです!? まさか、殿下に何かされたんじゃないでしょうね!?」

「な、なんでもないの! なんでもないのよ!」

「うーそーでーすー! そんなに顔を真っ赤にして動揺して……ああっ! 僕の姉様に何をしたんだ、あの王太子っ!!」


 レセリカは両頬に手を当てて小さく深呼吸をした。あの時は、お互いに嬉しい言葉を送り合えたのだと思う。少なくとも、レセリカはセオフィラスの言葉が嬉しかったし、幸せな時間だと感じた。


(ロミオやお父様と一緒にいる時のように、自然体でいられた気がしたけれど……まだ緊張はしてしまうのよね)


 その緊張がなぜなくならないのか、レセリカにはまだわからない。


「あー、もういいですっ! 詳しく聞いてもショックを受けそうだし……。それよりも大事なことを思い出したので」

「大事なこと?」


 ロミオは複雑そうな顔でブンブンと頭を横に振ると、真剣な表情に変えて少し身を乗り出した。内緒話でもするかのような姿勢に、レセリカも少しだけ身体を前に倒す。


「そうです。姉上に絡んでくる別の殿下がいましたよね。……アレってどうなりました?」


 もはやアレ呼ばわりである。

 ロミオがわかりやすく嫌そうな顔をして言うので、一瞬だけレセリカも顔が引き攣ってしまった。ちなみにロミオの言うアレとは、もちろんフレデリックのことである。


 しかし、いくらなんでも殿下を指す言葉としては不適切だ。姉として注意をすべく、レセリカはコホンと一つ咳払いをする。


「ロミオ。その言い方は良くないわ。言葉には気を付けて?」

「う、ごめんなさい。で、でも! 失礼なのはあっちじゃないですか! 確かに殿下は敬うべきお立場ですが、あまりにも上から目線ですし、姉上に付き纏ってきますし!」


 それは実際、その通りではあった。いつでも偶然を装ってはいたが、見かける度に友人たちとの間に割って入るように話しかけてこられるのには、レセリカもほとほと困っていたのだから。


 あれだけ露骨にされればさすがに偶然ではないことくらいわかる。だが、フレデリックはレセリカを好いてあのような行動をしているわけではないだろう。口ではレセリカを口説くようなことをたくさん言ってはくるが、まるでこちらに対する好意を感じないのだ。


(王太子の婚約者、としか見ていないのだわ)


 レセリカは、フレデリックの言動は全てセオフィラスへの嫌がらせでしかないと考えている。セオフィラスがレセリカを大切に思ってくれている、その気持ちを利用しているのだと。


 その意図には、セオフィラスだって勘付いているだろう。だが、不愉快なことに変わりはない。


(私だって、怒っているのよ)


 次に何かあった時はハッキリ言ってやろうと思うほどには、レセリカもフレデリックに腹を立てている。

 その時が来るまで、この気持ちは密かに自分の中にしまっておこうとレセリカは小さく息を吐いた。

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