第126話秘密の取引


「今から、オレが偶然知った情報だけを伝える。気に触る内容かもしれねーが、とりあえず最後まで聞いてくれよ?」

「……わかった。聞こう」


 風の少年の口から語られた内容は、セオフィラスにとって、いやこの国にとってかなり重要な内容であった。まさか、七年前の姉の死にまつわる情報が聞かされるとは思ってもみなかったのだ。


 例の事件はセオフィラスの地雷とも言える。あの件について触れられるのはとにかく不快であったし、自分のせいだったかもしれないという幼い頃のトラウマが蘇ってどうしようもなく心が不安定になるのだ。


 だが、毒の出どころが判明し、犯人の特定に繋がるかもしれないとなれば話は別だ。


 話を聞いて、セオフィラスはシィや犯人に対する怒りや憎しみで我を忘れそうになった。

 それをギリギリのところで耐えられたのは、今現在シィがこの学園にいること、加えてシィの依頼内容に婚約者であるレセリカの名が上がっているからにほかならない。


 毒を使った暗殺の恐れについては、あまり嬉しくないことだが慣れている。自分のことはいくらでも対策が打てるからまだいいのだ。もちろん、今以上に注意を払うつもりではあるのだが。

 しかし対象がレセリカであったなら? レセリカをどうするつもりなのかはわからない。だが、何か良くないことに巻き込まれることだけは確かなのだ。


 その可能性があると知った瞬間、セオフィラスはいまだかつて抱いたことのないほどの焦りを感じた。


「……情報量が多いな。それに、証拠があるわけでもない」


 全てを信じるには早い。冷静な頭で考えれば、侵入者のもたらす情報を鵜呑みにするのは愚かなことである。


 しかし、情報源は風の一族なのだ。どんな情報でも手に入れられるという、その道のプロ。

 さらに言えば、セオフィラスの勘がそれら全て事実であると感じてしまっている。


「裏を取ることも、証拠を押さえることもオレなら出来る。けど、やるつもりはねーよ。オレの主はアンタじゃないし、情報をくれてやっただけありがたいと思ってもらいたいね」


 こちらが信じようが疑おうがどちらでも構わないと本気で思っているようだ。それが余計に信憑性を増した。

 本当に信じてもらいたいと思っていたら、必死になって証拠を出すだろう。それをする気がないと言うのだから。


 そうなると、彼にとって重要なのはこの情報をセオフィラスに伝えることのみにあるように思える。それは一体なぜなのか。


「一つだけ聞かせてくれ。君がここへ来たのは、君の主の命令か?」

「違う。これはオレの判断でしたことだ。主は関係ない」


 最初に思いついた予測を口にすると、セオフィラスの言葉を遮る勢いで否定されてしまう。

 予想が外れたのは意外だったが、目の前の少年にはすでに唯一の主人という存在がいることだけはハッキリした。


「わからないな。君が私にこんなにも重要な情報を与えるメリットはないように思える。気まぐれってわけでもないだろうに」

「いんや。個人的なメリットならあるさ。アンタがこの情報を知っている、それだけでオレの気が晴れるんだよ」


 まったくもって彼の行動理由がわからなかった。


 この風の少年は、一体どこまで知っていて、どこまで先を見通しているのか。そして彼が唯一従う主人とは、どういった人物なのだろうか。

 これまでの短いやり取りの中で、セオフィラスは彼という人物に興味が湧いた。


 そんな雰囲気を感じ取ったのだろうか。風の少年は不意に立ち上がるとセオフィラスから一歩距離を取る。


「おっと。これ以上は何も説明しねーかんな? 好きに推測すればいいさ」


 なかなか一筋縄ではいかないらしい。ここで食い下がってもこれ以上の情報は引き出せないと本能で察したセオフィラスは、小さくため息を吐いただけでそれ以上何も聞かなかった。


「けど、一つだけサービスしてやる。秘密の取引ってとこかな? もしオレに関する何かを知って、答え合わせをしたくなったら『風』と呼べ。当たっていたらさっきの情報の証拠を持ってきてやるよ」


 先ほどから彼は何度も予想を裏切ってくる。そのサービスはかなりの大盤振る舞いではなかろうか。


 風の一族の能力は、貴族家が最も欲しがる力だ。それをほんの僅かでも王族が借りれるというのは大きい。

 それもセオフィラスにとって最も知りたい事件の証拠を得られるというのなら、その取引についてしっかり考えねばならないだろう。


 ただ、それをすることで彼が不利になるのではないか。彼のメリットは? もし自分が真実を言い当てたその時は、彼の弱みとなる主人の正体を知ることになる可能性が高いのだ。


「主人を知られても構わないと言うのか」

「いやー……構わないというか。その判断をするのはオレじゃねーから。だからもしバレたら、オレは解雇されてるかもな」

「……君のメリットがないように思える」

「ははっ、ご心配どーも。でも、メリットならちゃんとあるから気にすんな」


 それなのに、危機感を覚えるでもなく笑ってそう言う風の少年に、セオフィラスは今回ばかりは負けを認めた。


 既に、目の前の彼のことを好ましい人物だと感じてしまっているのだから。彼の不利となることはしたくない、と。


「なかなかいい性格をしている。それでは君を呼ぶしかないじゃないか」


 つまりセオフィラスは、何かわかったとしても迂闊に彼の主人に接触したり、他に漏らすこともしないと遠回しに言っているのだ。

 出来れば、彼の存在自体をあまり人に知らせるべきではない。彼に主人がいるのなら、本人よりもその主人が貴族たちから狙われかねないのだから。


 それは色んな意味で危険で、リスクが高い。これがセオフィラスが出した現状での結論だった。


「はっ、王子サマ。アンタお人好しだな?」


 それを聞いた風の少年は、意外そうな顔でそう言った。


「いや。あらゆることを考えた結果、リスクの高いことはしないと決めただけだよ」

「ふぅん。ま、そういうことにしといてやるよ」


 じゃあな、と楽しそうに言う声と共に、風の少年は文字通り風のように姿を消す。

 不審な人物であることは今も変わらないが、セオフィラスはやはり彼を好ましいと感じた。


 貴族嫌いで有名な風の一族なら、王族である自分を害することだって考えられるというのに。直接会って話した印象からいって、彼がそんなことをするような者とは考えられなかったのだ。


(……まずは情報のウラを取るか。もし全てが本当なのだとしたら)


 ことは慎重に運ばなければならない。一刻も早くあの事件の犯人は捕らえたいし、シィのことも学園から追い出したい。だが。


「レセリカ……」


 一番の懸念はこれだ。いつの間にかとても大切な存在となっていた己の婚約者に、危険が迫っているかもしれない。


 セオフィラスは強く拳を握りしめた。


「私が、絶対に守ってみせる。……今度こそ」


 幼い頃に姉を守れなかったという思いがあるからだろうか。セオフィラスは自然とそんな決意を口にしていたのであった。

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