第102話話し合いと推測


 気持ちを落ち着けたレセリカは、少し休憩をしてから寮室へと戻った。部屋の扉を閉めるとすぐにヒューイが姿を現し、ダリアも含めた三人の話し合いが始まる。


 話し合いというより、激高したダリアが我慢ならず文句を口にした、ともいう。


「信っじられません! フレデリック殿下のあの言動の数々! いくら王族といえど許せませんよ! レセリカ様!」

「お、落ち着いて、ダリア。でも、よく我慢してくれたわ」


 最近になってレセリカも気付いたのだが、ダリアは冷静に見えて意外と短気なところがある。特にベッドフォード家やレセリカのこととなると沸点が低いようだ。

 ヒューイに言わせれば最初からこいつはそうだった、らしいのだが、レセリカからしてみればかなり意外な事実だ。主人の前では基本的にいつでも完璧を装っていたのだから当たり前ではある。


「それにしても、新たな問題が増えたわ。まさかフレデリック殿下が同じクラスだったなんて」


 そもそも、フレデリックに関してはほとんど情報を持っていない状態だった。

 年齢が近いことは知っていたが同じ年だったということも驚いたし、授業に参加していないだけで学園には来ていたらしいことも予想外だ。


 そうなると、なんのために学園に来ているのかが気になるところではあるのだが。

 もしかすると、たまたま今日は来ていただけかもしれないが、真実は本人のみぞ知ることだ。


「あんなにも軽薄そうな方だとは思いもしませんでした! セオフィラス殿下とは大違いです!」

「性格が違うのは当たり前よ、ダリア。言葉には気を付けて。いくら誰も聞いていないとはいえ、あまりよくないことだわ」

「も、申し訳ございません……!」


 ヒューイという存在がいるのだ。自分たちもこっそり調べられているなど思いたくはないが、方法があるということが重要である。いつ誰がどこで聞いているかもわからないのだから、普段から自室でも言動には気を配りたいとレセリカは考えていた。


 その辺りも、ヒューイがいればすぐに気付くので今は本当に心配はいらないのだが。レセリカは慎重派なのである。


「明日以降の学園生活が心配です。レセリカ様、出来る限りフレデリック殿下からは離れてくださいませね」

「注意はするけれど、話しかけられてしまえば避けられないわ」

「うぅ……!」


 立場上、向こうからの話を無視するわけにもいかない。ここはレセリカの対応力に頼るほかないのである。

 ダリアとて、レセリカが立派に立ち振る舞えることくらいわかっているが、心労はかかるはずだと心配なのだ。


 何とも言えぬ沈黙が流れた時、ずっと黙っていたヒューイがようやく口を開いた。


「ここで切り出すのもなんか微妙だけどさ。いや、むしろ今だからこそ言わせてくれ。シィ・アクエルのことなんだけど」

「! ええ、聞かせて」


 今は少しでも情報が欲しい。深刻そうな表情を浮かべたヒューイにレセリカは先を促す。


「学園でアクエルを教師にしてくれと依頼した人物がわかった」


 思わずダリアと一度目を合わせたレセリカは、すぐにヒューイに向き直って彼をジッと見つめた。

 ヒューイはさらに眉根を寄せてその人物の名前を口にする。


「シンディー・バラージュだ」

「!」


 それは、ヒューイがそんな表情になるのも無理はない人物の名だった。


 シンディー・バラージュ。

 彼女は王弟であるヴァイスの妻、つまりフレデリックの母であるからだ。


 隣国から嫁いできたという彼女は気が強く、男性の中にいても臆することなく発言出来る。その姿勢が素敵だと、働く女性たちの間では憧れの人物でもあった。


 ただ、一部では要注意人物であるとも認識されている。隣国の貴族女性はその国柄か、とても野心に溢れた者が多いと有名だからだ。

 現在、隣国との仲はそれなりに良好だ。その証にとシンディーが嫁いできたという。


 だが、肝心の夫婦仲はあまり良くないと噂されており、だからこそシンディー・バラージュを危険視している者が少なくないのである。


「あの温室でフレデリック殿下に会ったのも、偶然ではなかったと考えた方が良さそうね」

「まだ断言までは出来ねぇけど、状況的に考えてアクエルの依頼主はシンディーって女だろうな。そうじゃなかったらその夫!」


 恐らくシィは依頼主からフレデリックを王位に就かせるための、なにかしらの行動を依頼されているのだろう。


 そうなると、王位継承権第一位であるセオフィラスの婚約者であるレセリカも他人ごとではない。レセリカを使って間接的にセオフィラスのことを探ろうとしていると考えるのが無難だ。しかし。


「ヴァイス殿下は……違うと思うわ」


 なぜなら、王弟である彼は子どもが生まれてすぐに譲ってしまうほど王位に興味がないのだ。息子を王位に就かせるためにあれこれ動くというのは想像しにくい。


 むしろ、それが原因となって夫婦間が不仲となったらしいと聞いている。母親であるシンディーが動いていると考えるのが最も説得力があった。


「私の言動で足を引っ張るわけにはいかないわ。……これは、相談すべきね」

「相談、ですか?」

「ええ」


 王位争いとなる可能性があるのなら、もはやレセリカだけでどうにかしていい話ではない。


「セオフィラス様に。私たちがコソコソ動くのは良くないと思うの。逆に疑われてしまうかもしれないし……対策をしようにも、私はあまりにもフレデリック殿下のことを知らなさすぎるわ」


 レセリカはセオフィラスを守ることを目標としている。これまでは自分の力でどうにかしようとしてきたが、頼れる部分は人に頼る方が良い結果をもたらすことを学んだのだ。

 それは、守るべき対象であるセオフィラスも例外ではなかった。


(むしろ、セオフィラス様の暗殺を回避するには彼の協力なくては始まらないもの。隠し通せることでもないでしょうし)


 いつかは、事情を話す時がくるだろう。その時に自分の話を信じてもらえるだろうか、という不安はある。


(お話しをするにしても、タイミングを間違えてはならないわ)


 慎重に、嘘は吐かずに。まずは、フレデリックに対してどう接するのが良いか相談する相手として、セオフィラス以上の適任はいない。


 彼の優しい微笑みを思い出す。それだけで、レセリカは肩の力が抜けるのを感じた。

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