第57話疑心と冗談
レセリカが二人の前まで追い付くと、リファレットが頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。配慮が足りておらず……」
レセリカにとって、彼は自分を糾弾した怖い人という印象しかなかったが、どうやら真面目な性格らしいということに気付く。もしかしたら正義感も強いのかもしれない。
だからこそ悪は許さず、レセリカのことも許せなかったのだろう。もちろん、レセリカは無罪だったわけだが。
(頭が固い部分もあるのかもしれないわね……)
もっと悪く言えば御しやすい、騙されやすいともいえる。あの未来を回避するためには、彼に信頼してもらうことも大事なのでは、とレセリカは考えた。
「いえ……何か、考えごとでもしていらしたのですか?」
踏み込むのは怖かった。だが親しくはならないまでも、せめて自分が王太子暗殺などするはずもない人間だとは思ってもらいたい。
そして願わくば、その正義感の強さはセオフィラスを守るために発揮してもらいたい。
(そこまでは、欲張りかもしれないけれど)
味方は多ければ多いほどいい。ただ、誰が暗殺犯だったのかわからない以上、あまり踏み込みすぎるのもよくない。目の前の彼が犯人ではないとも言い切れないのだから。
(自分の目を信じるのよ。絶対に、見極めてみせるわ)
下手すれば誰もが疑わしく思えてしまう。そうならないように、いつだって客観的視点で物事を判断しておきたいところだ。
疑心暗鬼になりそうな自分を、レセリカは心の奥の方に追いやった。
「まぁ、そんなところです」
リファレットは心ここにあらず、と言った様子でそう答えた。そのまま視線をずらし、レセリカと目を合わせるとギュッと眉間にシワを寄せる。
心なしか、レセリカを見る目は鋭い気がする。気のせいではないだろう。敵意というより警戒されているのを感じるのだ。
やはり、リファレットがレセリカに対して何か思うところがあるのは間違いない。
しかし、今のレセリカには彼との接点はないはず。前の人生でも接点はほとんどなかったはずだ。知らない間に恨みでも買っていたというのだろうか。心当たりがなさすぎる。
(信頼してもらうまでの道は遠そうね……)
せめて、原因くらいは知っておきたいものなのだが。この件はヒューイに調査を頼むことになるかもしれない。
ただ、アディントンの息子とはいえヒューイに近付かせてもいいものか。レセリカはすぐに答えを出せそうになかった。
オリエンテーション一日目は特に問題もなく終えた。一限が終わるチャイムとともに、レセリカの教室に到着するよう組まれた道順はフィンレイが考えたものだという。さすがである。
「では、明日はここまでお迎えに上がります。それでいいですよね? アディントン伯爵子息」
「ああ、今日のお詫びもかねて」
それだけを言うと、リファレットはさっさと立ち去ってしまう。彼にとっては居心地の悪い時間だったのだろう。正直なところ、レセリカもフィンレイも同じ心境ではあるのだが。
このオリエンテーションが成り立ったのは間違いなくフィンレイのおかげだ。レセリカとリファレットの二人だったら会話が始まらないどころか、早々にはぐれていただろう。
「今日は、頼りきりになってしまって申し訳ありませんでした」
自分は何も出来なかったことを自覚していたレセリカは、まだその場に残っていたフィンレイにそう告げた。そのまま頭を下げそうなところを、フィンレイが慌てて止める。
「とんでもありません。レセリカ様のお役に立てて嬉しいですし、それに……」
フィンレイはそこで一度言葉を切ると、キョロキョロと周りを確認してからそっと口元に手を当てた。
どうやらあまり大きな声では言えないらしい。レセリカはわずかに耳をフィンレイの方に傾けた。
「殿下のワガママに振り回されることに比べれば、なんてことはありませんから」
内緒ですよー、とクスクス笑うフィンレイに、目を丸くしていたレセリカも肩の力を抜く。
レセリカが気にしないようにとわざと言ってくれたのだということはすぐにわかった。
冗談を言ってくれたフィンレイに倣って、レセリカも勇気を出すことに決める。ただ、こういった冗談は初めてなので内心は不安でいっぱいである。
「……でしたら、あと二日間も頼らせてもらおうかしら」
「お、っと。そうきましたか。ええ、もちろん喜んで動きますよ。もとよりそのつもりでしたし」
レセリカが気さくに接してくれるとは思ってもいなかったのだろう。一瞬だけ戸惑ったように目を丸くしたフィンレイだったが、そこはさすがフォローのプロ。すぐに乗ってくれた。レセリカもホッと息をつく。
「ふふ、貴女も冗談を言うのですね。意外です」
「い、嫌な気持ちにさせていないかしら? 実は少し、ドキドキしていたの」
胸に手を当てて恥ずかしそうに頬を染めるレセリカはとても可愛らしい。周囲で彼女を見ていた者たちは、普段とのギャップに心を揺さぶられたのではなかろうか。
実際、目の前でそんなレセリカを見ていたフィンレイも見惚れてしまっていた。いつもは完璧な人物が隙を見せることの威力を思い知ったであろう。
「こ、これは、レアなのでは……? セオフィラスに知られたら面倒なことになりそうですね……」
思わず小さくブツブツと呟いてしまう。実際はこの後、黙っていたのに噂が広まったことで追及されてしまうのだが。ご愁傷様である。
「心配は無用ですよ、レセリカ様。気さくに接してもらえて嬉しいに決まっています。ではまた明日」
「それならよかったわ。ええ、また明日。よろしくお願いします」
あと二日もこんな思いをすることに、嬉しいやら試されているやらで複雑な心境になったフィンレイであったが、その心情を知る由もないレセリカなのであった。
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