第46話努力を続けるお姫様


 季節は移ろい、ついにセオフィラスが学園に入学する月となった。

 それまでの間、レセリカは他の令嬢のお茶会に出席すること二回、セオフィラスとのお出かけを三回こなしている。


 まずお茶会だ。今度はあまり遠方にならないように近場を選んだレセリカは、前の人生での記憶を思い起こし、一番気負わずに過ごせそうな相手を厳選した。


 前回はほぼ黙って過ごして終わったお茶会も、今回は進んで話をするよう心掛けたレセリカは、見事に令嬢たちの心を掴んだ。

 ほんの少し勇気を出して心の声を口にしただけなのに、こうも楽になるのかと驚いたものだ。


 ただ、参加した令嬢たちは皆、レセリカへ憧れの感情を抱いた様子である。どうも友達という距離ではない気がするのでその点だけは残念に感じていた。

 しかし、諦めるつもりはない。自分も来年は学園に通うことだし、そこで少しずつ打ち解けたいと今から意気込んでいた。


 次にセオフィラスとのお出かけだが、入学前の忙しい時だというのに大丈夫なのだろうかという心配があった。

 実を言うとスケジュール的にはギリギリであった。レセリカに会う、というご褒美を作るためにセオフィラスが頑張っていたのだ。

 ちなみに、この事実は一部の者しか知らない。


 そんな王太子の涙ぐましい努力は成果に現れており、会うたびに仲良くなれているのではないかとレセリカは思っていた。

 あまり自信はなかったが、セオフィラスが張りつけた笑顔ではなく、いつも自然体で笑ってくれている気がするのだ。気のせいではないので自信を持ってほしい。


 ただ、一度だけヒヤリとしたことがあった。


「え……? レセリカはイグリハイムに通うんじゃないの……?」


 話の流れでレセリカが、自分はセントベルティエ学院に通うかもしれないと告げた瞬間、セオフィラスの表情が抜け落ちたのだ。

 聖ベルティエ学院とは、前の人生でレセリカが通っていた令嬢だけが通う学院であり、セオフィラスが通うのは王立イグリハイム学園だ。


 彼はレセリカが当然、同じ学園に通うものと信じて疑っていなかったのである。


「え、っと。まだ、決まってはいないのですが……」

「イグリハイムに来なよ。絶対に勉強になるから。ベルティエで習うようなこと、レセリカはもう全て習得しているでしょ」


 レセリカの言葉を途中で遮って、久しぶりに見た張りつけた笑顔と共に早口で告げるセオフィラス。圧を感じたレセリカは、どうしてもノーとは言えなかった。


 そもそも、セオフィラスの暗殺を阻止するために、レセリカも父親を説得するつもりではあったのだが。


「ち、父が、なんというかわから……」

「ベッドフォード公爵には後で私から話をしておくよ。ね? 解決」


 かなり強引に決められた気もするが、願ってもないことなのでレセリカは戸惑ったように頷くことしか出来なかったのである。セオフィラスはなかなかの策士であった。


「それとも……レセリカは、私と会えなくても平気なの?」

「っ、そ、そんなこと……」

「本当かなぁ? 私は今こうして会っている時でさえ、君に会えない日を思うと寂しくて仕方がなくなるのに」


 大人のような怖い笑顔を浮かべたかと思えば、拗ねたように口を尖らせるセオフィラスに、レセリカは感情が大忙しである。


「わ、私も、セオフィラス様に会いたいと思っておりますっ……!」


 そして、まんまと大きな声で言わされてしまう余裕のないレセリカ。頬を赤く染め、やや涙目である。

 なお、言質をとったセオフィラスは満足げに微笑み、その後は終始ご機嫌であったという。


 そんなわけで後日、いつの間にか裏で説得をされていたオージアスの口からレセリカは来年、王立イグリハイム学園へと通うようにと言い渡されたのであった。

 その時のオージアスの表情は筆舌に尽くしがたい。


「ヒューイ、頼みがあるの」


 ある日、レセリカは自室にヒューイを呼び出した。すぐに姿を現したヒューイは頼みがあると言われてとても嬉しそうだ。


「この一年、時々イグリハイム学園に行ける……? セオフィラス様のご様子を見てもらいたくて」

「別にいいけど……。何? 他の令嬢に言い寄られるのが嫌とか? 意外とやきもち妬きなんだな、主サンて」

「そ、そうではなくて!」


 妙な誤解をされて僅かに頬を染めるレセリカ。違うのか、と呟いたヒューイはそのまま視線で説明を求めた。


「……殿下は立場上、お命を狙われやすいから」

「……さすがに大丈夫じゃね? あの学園はその辺厳しいし。オレだって侵入するのは骨が折れるくらいだし」


 学園への侵入は出来ない、と言わない辺り彼の実力の高さがわかるというものである。

 実際、どれだけ訓練された兵でも城やあの学園への侵入は不可能だと言われているのだ。万が一、侵入できたとしても必ず捕まる。捕まらずにホイホイ侵入出来るのは風の一族くらいのものである。


 すでに城に侵入している実績もあるため、レセリカは学園でも問題なく侵入出来るだろうと考えた。倫理的には問題大有りだが、悪事を働かせるわけではないからと自分に言い聞かせて。それでも心は痛むのだが。


「気になることがあって。全てを話すことは出来ないのだけれど」


 さて、侵入の理由なのだが……レセリカは悩んだ挙句、まだヒューイには黙っておくことにした。


 いつかは話したいと思っている。彼は忠誠を誓った従者なのだから、どんな突拍子もない話でも信じてくれるだろう。

 ただ、心の準備が追い付かない。レセリカ自身の気持ちの問題だった。まだ落ち着いてあの人生を語るのは怖くて出来ない、と。


「いいって。話したいと思えば話してくれればいいし、話したくないなら聞かない。まぁ、知ってた方が対応は出来ると思うから、どうしてもって時にでも教えてくれたらいいさ」


 ヒューイも無理には聞かないと言ってくれたことで、レセリカはホッと安堵のため息を吐いた。


 それから、すぐに気持ちを引き締める。それは決意に満ちた表情だった。


「私は、セオフィラス様を守りたいの」


 真面目なレセリカがルールを無視してでも成し遂げたいこと。それは、セオフィラスの暗殺を阻止することだ。


 いつしか、そちらが目標になりつつあった。結果的にそれは、自分の身を守ることにも繋がる。

 何より、レセリカはセオフィラスを好ましいと思っていた。絶対に死なせたくないというのは、紛れもないレセリカの本心なのだ。


「へぇ、王子を守るお姫様、ね。いいじゃん。さすがは我が主」


 思いがけない決意を聞いてヒューイは僅かに目を見開いたが、すぐに面白そうだとやんちゃな笑みを見せる。


「お願い出来るかしら?」

「もちろん。初仕事だな!」


 正式な主となって、初めて出した指示だ。張り切るヒューイを前に、レセリカはさらにいくつか守るべき項目を伝えていく。


「何があっても自分の身の安全を第一に考えること。危ないと思ったら引くこと」

「お、おいおい。なかなか厳しいぞ、それ。時には危ないことだって……」

「それから」

「う……」


 指を一つ一つ立てながら告げるレセリカに焦った様子のヒューイだったが、ジッとレセリカに見つめられたことで言葉を詰まらせる。


「絶対に、私のところに帰って来ること」


 これだけは譲れないと美しい紫の瞳が言っていた。

 ヒューイは困ったように眉尻を下げると、諦めたように笑った。それから片膝をつき、胸に手を当てて頭を垂れる。


「我が主の望みのままに」


 膝をついたまま顔を上げたヒューイの緑の瞳は、真っ直ぐ主を見つめていた。


 それを受けてレセリカは神妙に頷くと、話はこれでおしまい、と一つ手を打ってから彼をお茶に誘った。

 しかし、堅苦しいのを好まない彼は焼き菓子だけをごっそり持って逃げるように去ってしまう。友達としての頼みは聞いてくれないようだ。


「ふぅ……なかなか友達とはお茶が出来ないわね」


 レセリカは少々残念そうに、しかし嬉しそうに微笑んだ。


 数日後には学園生活が始まる。もちろん、レセリカはもう一年先になるのだが。


「それまでに、出来ることをしましょう。調査はもちろんだけれど、学園で恥ずかしい成績になってしまわないように努力をしないと」


 その点についてはどう考えても心配無用なのだが、レセリカは真面目なのだ。

 前の人生では足を踏み入れることもなかった学園に行くからこそ、気になるのかもしれない。未来の予測がつきにくいのだから。


 未来を変えるため、そしてセオフィラスを守るために。

 レセリカは、今日も努力を惜しまない。


────────────────


『やり直しの始まり』編 おしまいです。

次は『王立イグリハイム学園』編へと続きます。


書き切ってから一気に毎日投稿していく予定ですので、更新開始までしばらくお待ちください。


再開時は「あれ? これどんな話だっけ……?」対策のために「これまでのあらすじ」も一緒に投稿予定です。安心して内容忘れてくださいw(期間があくと私は忘れる。すぐ忘れる)

読み返していただくのもオススメですよ!よ!


まずは、ここまでお読みいただきありがとうございます!

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