第37話報告と友達


 お茶会の日から二日が経過した。レセリカは旅の疲れを癒すため、屋敷で穏やかに過ごしている。

 いつも通りの勉強や課題はこなしつつも、量は減らして休む時間を多くとっているのだ。それも全て父からの指示であった。


(最近気付いたけれど、お父様は過保護でいらっしゃるわ)


 言葉も少なく態度に出ないだけで、結局のところ自分や弟のことを心配しているのだとレセリカは気付くようになっていた。

 ラティーシャのお茶会から屋敷に戻った日は、いつにもましてレセリカの側にいたし、茶会はどうだったと何度も同じ質問をしてきたほどだ。


 ただその質問は難解で、言葉のニュアンスで今は屋敷の様子を聞いているようだとか、今は参加した令嬢がどうだったかを聞いている、だとかを判別する必要があった。

 さすがのレセリカも苦労を要したのだが、そもそもわかるようになってきただけですごいことである。なお、レセリカ本人に自覚はない。余談である。


(彼はいるのかしら……?)


 さて、忘れてはならないのは風の少年からの報告を聞くことである。

 お茶会のあった日に別荘で一度、簡単に話は聞いた気がするのだが、あの時のレセリカは疲労により気付けば寝てしまっていた。要は、あまり覚えていない。

 記憶が確かなら、屋敷に戻ってから詳しく話すと言っていたと思うのだが。


 とにもかくにも、レセリカは一度少年を呼んでみることにした。いつも気付けば出てきてくれていたので、呼び出すのは初めてだ。本当に呼んだだけで来てくれるのだろうか。


 部屋は人払いを済ませたし、お茶の用意はしてある。あとは呼ぶだけだ。レセリカは小さく深呼吸をしてから不安げに声を出した。


「風、さん……?」


 次の瞬間、窓も締め切っていた室内に風が吹いた。

 小さな竜巻ような風が吹き上がって驚いていると、瞬きの間にあの少年が姿を現した。まるで、風の中から出てきたみたいに。


「……こんにちは」


 レセリカはこれ以上ないほど驚いていたのだが、第一声はとても冷静な挨拶であった。その反応に拍子抜けしたのは少年の方である。


「はぁ……驚かねーのな?」


 自分の現れ方が普通ではないと自覚しているのだろう、ガックリと脱力したかと思うとすぐに顔を上げて、やはり面白いお嬢さんだ、と言って笑い出した。


「驚いているわ。とても」

「いや、そう見えねーんだよなぁ。まぁいいけどさ」


 レセリカは本当のことを言っているのだが、本気とは取られなかったようだ。まるで魔法みたいだと内心ではドキドキしているのに、それが表情にも態度にも出ないからだろう。


 実際、色々と聞いてみたくなったが今はそれよりも報告である。

 なんだかんだいって出会ってからそれなりに長い間、自分の近くで待機してくれていたのだから。これ以上、彼を拘束するのは申し訳ないと感じているのだ。


「報告を聞くために呼んだ、でいいんだよな?」

「ええ。お願いするわ」


 実際、少年もすぐに話を切り出した。これが終わればお別れなのだと思うとなんとも寂しい気持ちに襲われるのだが、一度その気持ちは追いやってレセリカは話を聞く。


 少年は、お茶会の時に予定通りフロックハート家の屋敷に忍び込んだようだ。情報収集の仕方は当然ながら教えてもらえなかったが、言われた通りアディントン家との繋がりがないかだけを重点的に調べたのだという。


 結果は、以前簡単に報告した通り。貴族同士の繋がり以外はなかったとのこと。それも、過去に一度か二度ほど話す機会があった程度の薄い繋がりのようだ。

 どちらも伯爵家であるため、互いに顔は見知っているだろうが親しい付き合いもないという。


 報告を聞いて、やはりラティーシャとアディントン伯爵令息は学園で知り合ったのだろうと結論付けた。

 やはり、全てが回り始めるのは学園が始まってから。今度は同じ学園に通い、少しの変化も見逃さないように気を付けようと改めて決意する。

 まず、学園に通えるように父親に許可をもらわねばならないのだが。


「ってなわけで。正直、報告もこの程度しかない。あんまり収穫がなかったから、アディントン家に行ってもうちょい調べろって言われればやってもいいけど……」

「そ、そこまではやらなくていいわ!」


 少年的には、あまり役に立てたと思えなかったらしい。自らもっと詳しく調べて来ようかと提案してきた。

 しかし、レセリカはその提案を慌てて断る。アディントンは少年に最も近付かせたくない家なのだから。


「あまり繋がりがなかったっていうのも貴重な情報だもの。本当にありがとう」


 少年は優秀な血を引く風の一族なのだ。先ほどの現れ方といい、お茶会へ馬車にも乗らずついてきていたことといい、普通の人では絶対に無理であろうことをこなしている。彼が特別な存在なのはわかっていた。

 とはいえ、おそらくまだ成人前の子ども。危険なことに足を踏み入れてはほしくない。


 情報が欲しいかと言われれば、欲しいに決まっている。けれど、何が大事かを考えれば答えは一つだ。

 優秀だからといって大人ではないし、なんでも出来るわけではないのだということを、レセリカは嫌というほど理解している。期待されるのは、度が過ぎれば重荷でしかないのも。


 それはレセリカの価値観であって、少年にとっては消化不良でしかないのだが、頼まれもしないのに勝手に動くことなど少年だってする気はない。あまり納得は出来ないが、これ以上の口出しをするのもやめたようである。


「ただ……これでもう会えなくなるのは寂しいわ」

「へ……」


 ふと目を伏せて、レセリカは本音を小さな声で漏らす。あまり言うつもりはなかったのだが、ここで言わないと後悔すると思ったのだ。

 彼の身の安全が心配なのはもちろんだが、この縁がここで終わるのも嫌だった。レセリカはハッキリと気持ちを伝える。


「貴方と話すのは、楽しいわ。あの……それって、友達って言うのでしょう?」

「……」


 聞いてはみたものの、レセリカには自信がない。なにせ、友達という存在がいたことがないのだ。

 だからこそ、黙ってしまった少年の様子に不安になり、違うのかしら、と悲しそうな呟きを落とす。


「え、いや、その。オレは、友達とか、知らねーし……」


 レセリカが珍しくも落ち込んだように見えたからか、少年が慌てて口を開く。どうやら、彼もまた友達というものを知らないようだ。


「そうなの?」

「そーなの!」


 二人の間に沈黙が流れる。なんとも気まずい沈黙だ。

 先にそれを破ったのはレセリカだった。


「私、いつでもお茶とお菓子を用意するわ。貴方は甘いものが好きでしょう? 時々でいいの。お話に付き合ってくれないかしら」


 月に一度でも、それより少なくてもいいし多くても構わない、とレセリカは続ける。お茶とお菓子の用意については友達の作り方がわからない彼女の、精一杯の思い付きであった。


「父のことも弟のことも大好きだし、信用の出来る侍女もいるわ。でも、気兼ねなく話してくれるのは貴方が初めてだったの。ダメ、かしら……?」


 懇願するように目だけで少年を見上げるレセリカ。その美少女ぶりと冷静すぎる普段とのギャップにうっと言葉を詰まらせる少年。

 顔を上に向け、下に向けて。しばらく唸った後、ついに観念したように顔を上げた。


「わーったよ! お菓子一つにつき、一つだけ話を聞いてやる!」

「本当!?」


 笑いこそしないものの、明らかに嬉しそうに目を見開いたレセリカに、少年は再び言葉を詰まらせた。

 それを誤魔化すように用意されていたお菓子を口に放り込む。サクサクとクッキーを咀嚼するいい音と、甘いバニラの香りが漂った。


「あ、食べたのね? じゃあ早速なのだけれど。今度、殿下とお出かけすることになったの。私、どんな話をすればいいのかしら?」

「最初の話がそれかよっ!? ってか、知るかよっ!!」


 少年は今すでに承諾するんじゃなかった、と愚痴を溢したくなったが時すでに遅し。


 こうしてレセリカには初めての友達が出来たのである。

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