第30話伯爵家と挨拶
町の中を馬車で走る。ベッドフォードの領地と違って道幅が広く、人があまり通らないからこそ出来ることだ。
それでも人がまったくいないわけではないため、速度はゆっくりである。不躾に町の様子を見るのもよくないからと、民家が見えてきたところでレセリカは馬車の窓のカーテンを閉めた。
次第に馬車が坂道を登り始めたらしく、レセリカは馬車の背もたれにゆったりと寄りかかる姿勢となった。おそらく屋敷のある丘を登っているのだろう。
それから数分の後に馬車はゆっくりと停車し、御者がおそらくフロックハート家の者と何かを話す声が聞こえてきた。
「失礼します。到着いたしました、レセリカ様」
「ええ。ありがとう」
外から馬車のドアが開かれ、馬で並走していた護衛の手を借りて優雅に下りるレセリカ。すでに彼女は公爵令嬢レセリカ・ベッドフォードの顔つきになっており、その所作には無駄がない。
フロックハート家の使用人たちはそんな八歳の少女の気品や美しさに見惚れていた。
「案内をお願いしますね」
「は、はい! こ、こちらです。どうぞ」
使用人に案内されながら、レセリカはダリアと護衛二人を連れて屋敷の中へと進んだ。
パッと見た印象は「可愛らしい」に尽きる。屋敷の壁は白く、入り口に続く小道は花のアーチが並んでおり、まるで絵本の世界のようだ。ところどころに小人の白い像がならんであったり、彩り豊かに植物が植わっていて少女が喜びそうな景色になっている。
(ラティーシャ様はご家族に愛されているのね)
間違いなく娘のためであろう。事実、フロックハート伯爵が娘を溺愛しているということは町では有名な話である。
屋敷の中も可愛らしい調度品が飾られており、外観の期待を裏切らない内装となっていた。壁紙は淡い小花柄、絨毯も薄いピンク色。
いくら娘のためとはいえ、当主である伯爵や長男は嫌にならないのだろうかと首を傾げたくなる。が、嫌にならないからこそこうなっているのだろう。レセリカは深く考えるのをやめた。
案内されたのは中庭だった。お茶会はこうして庭で開くのが最近の社交界のブームとなっているらしい。
屋敷内の照明より明るい外の方が、血色よく見えるからだそう。世の女性は自分たちをより美しく見せたいのである。
とはいえ、日差しが強ければ日焼けをして髪も肌も荒れてしまう。そうならないように植物やレースのカーテンなどでお洒落なシェードが用意されるのが主流となっていた。
フロックハート家のシェードはそのどちらも使われており、屋敷全体のイメージに合うように可愛らしく、それでいて上品な日除けが施されている。
「レセリカ様! 本日はお越しいただきありがとうございます。ラティーシャ・フロックハートです」
一歩レセリカが中庭に足を踏み入れると、すぐにフロックハート家の令嬢が駆け寄って挨拶をしてきた。
本来、他家との関りがある場合、身分が上の者から話しかけない限り口を開かないのがマナーである。だが、お茶会の主催となると話は別だ。主催者が招待客に挨拶をし、席まで案内するのがマナーになる。
駆け寄ってきたラティーシャは今日も愛らしい笑みを浮かべていた。新緑の宴で見かけた時と同じように、ふんわりとしたピンクゴールドの髪を揺らしている。
「こちらこそお招きありがとう、ラティーシャ様。とても素敵なお屋敷ね」
油断すると前の人生で向けられたあの疑惑に満ちた目を思い出してしまうのだが、それをグッと堪えてレセリカも挨拶を返す。
屋敷を素敵だと褒められたラティーシャは嬉しそうに頬を染め、両手を組んだ。
「そう言ってもらえて嬉しいですわ! さぁ、こちらへ! あぁ、ごめんなさい。私、少しはしゃぎすぎですわね……!」
コロコロと表情を変えるラティーシャは本当に愛らしい。屋敷やその容姿のイメージにピッタリの性格をしているようだ。素直で少し子どもっぽいけれど、それがまた魅力的に感じる。
「いいえ、構わないわ。今日は貴女のお茶会だもの。気にせずいつも通りにしてもらえたら嬉しいわ」
「そ、そうですか? で、でも! ちゃんと出来るところもお見せしますわね!」
前の人生での記憶がなかったら、無条件に彼女を好ましく思っていただろう。実際、今も彼女のことは好ましいとレセリカは感じていた。
けれど油断はならない。彼女は確か、セオフィラスを慕っていたのだ。婚約者として選ばれた自分に対して好意的な感情を抱いているとは思えない。
ただ、目の前の彼女がセオフィラスを好いているのかまではまだわからないのだが。
それでも、楽観視していてはいざという時に冷静でいられないかもしれない。レセリカは気を引き締めるためにわずかに背筋を伸ばした。
(風の少年は、どうしているかしら)
彼の言葉を信じるのなら、すでに屋敷の中で調査を始めているだろう。にわかに信じがたいことではあるが、心配していても仕方がない。うまくいかなかったらまたその時に考えればいいのだ。
まずはこのお茶会を乗り切ること。レセリカは思考を切り替えて案内された席に座り、ラティーシャに顔を向けた。
全員が揃ったことを確認した彼女が、両手の指先だけを合わせて愛らしく挨拶を始めたのだから。
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