第25話元素の一族と悩み
「あった。これだわ」
新緑の宴があった次の日。レセリカは朝から屋敷の書庫に足を運んでいた。
昨日はあの後、ロミオとオージアスがやってきてすぐに帰宅した。
もう少し早かったら風の少年と鉢合わせていたかと思うとレセリカは内心で冷や汗を流したが、当然それを表に出すことはしない。変わりはなかったかという父の言葉に、途中で令嬢が倒れて運ばれた話を聞きました、とだけしれっと伝えてのけた。
けれど、本当に危なかった。父と弟に見つかっていたら、いくら自分が説明しようと国王に話が伝わっていただろう。そうしたら、その場では捕まらなかったとしても捜索されていたかもしれない。
普通に考えて城に侵入するのは犯罪だ。それが空腹によるつまみ食い程度の目的であったとしても、暗殺事件が起きたこともある分、かなり厳しく取り調べられるはず。
(……今更だけれど、見逃して良かったのかしら?)
本当に食べ物だけが目的だったのだろうか。もしかしたら、別の目的あったのかもしれない。それこそ、重大な犯罪に繋がるような何かが。
彼が奴隷に落とされるのは嫌だ、という個人的な感情で余計なことをしてしまったかもしれない。レセリカは今になって後悔と反省をしていた。
(今回のことは、してはいけないワガママな行動だったかもしれないわ。でも……)
しかし同時に、安心もした。その後いくら待っても侵入者の話は聞かなかったので、少年がうまく逃げたのだと予想出来たからだ。自分の耳に入ってないだけかもしれないが。
いざとなれば、彼を呼び出して直接聞いてみればいい。ただそれは最終手段である。
「……とにかく、まずは調べてみましょう」
小さく息を吐いて呟くと、レセリカは見つけた本を抱えてイスに座る。それからじっくりと調べ始めた。彼の一族についてだ。
元素の一族。この国にはそう呼ばれる四つの一族が存在する。火、水、風、地の四つだ。
別に、火の扱いが上手いから火の一族と呼ばれるだとか、そういうわけではない。その在り方が表されていつしかそう呼ばれるようになっただけだと言われている。
ただ、身体的な特徴はある。彼らはなぜか一様に、その一族特有の髪と目の色を持って生まれてくるのだ。
火の一族は赤みがかった髪と目、水の一族は青みがかった黒、といったように。地の一族は濃いめの茶髪に茶色の瞳ということで、一般的にもよく見かける色合いである。そのため外見だけでは判断出来ないという。
「……彼は、緑がかった金髪をしていたわ。目だって綺麗な緑」
そして、風の一族はもっとも不思議な色合いを持っている。一目でそうだとわかる特徴的な配色なのだ。手に持つ本にもそう書いてある。
だからこそ、レセリカもすぐにわかったのだ。少年が風の一族であることが。
ただ、前の人生で彼を見た時はすでにレセリカは断罪される直前だった。色々と余裕もなかったこともあり、ちゃんと調べるのは今回が初めてである。
しかし、本に書いてある特徴を見れば見るほど、なぜ彼が前は奴隷に落とされてしまったのか理解出来ない。
なぜなら、風の一族は絶滅寸前の少数一族だからだ。それを知らない国王ではないはず。そんな貴重な存在を、奴隷として認めるとはとても思えなかった。
(主人と認めた相手以外の前で姿を見せることはあまりない、風のように掴みどころのない一族、ね。昨日はあっさり目の前に現れたのに)
少年はまだ子どもだった。あと数年で成人というくらいの。だから未熟な面があったということだろうか。
それならば、成長したら本格的に姿を人前に現さないかもしれない。そこまで考えてレセリカはハッとする。
(もしかして、国王様にも内緒で奴隷にされていた……?)
それはあり得る、とレセリカは思った。確か、彼の姿を見た時に近くにいたのはアディントン伯爵とその息子、そしてラティーシャだ。
レセリカを断罪する際に彼が書類を渡したのはアディントン伯爵だったことからも、奴隷の主人は伯爵だったのは間違いないはず。
(いつ、捕まってしまうのかしら。なんとか阻止出来たらいいのだけれど……)
とはいえ、自分に出来ることなど何もない。いくらレセリカが有能な公爵令嬢であっても、まだ八歳という子ども。自ら動ける範囲も家の周囲程度なのだ。
せめてもう少し情報を、とレセリカは本をいくつか探し出して調べてみることにした。しかし、数時間かけて調べても成果はほとんどない。
「風の一族については、本当に謎が多いのね……」
他の一族ならもっと詳しく書かれているのだが、風の一族だけ極端に情報が少ない。地の一族に関しては家系図まで載っているというのに。
けれど、僅かながら収穫もある。風の一族は主人の命令には絶対であること、そして単独行動が多いことだ。
(昨日、城に侵入したのも、もしかしたら彼の主人の命令だったのかもしれないわ)
推測は出来る。けれど今のレセリカにわかるのはここまでだ。完全に手詰まりである。本に載っていることが全てではないし、そもそも情報が少ない。
もし、彼が奴隷になってしまったらまた情報を操られて自分が断罪されてしまうかもしれない。もう二度と、あんな思いはしたくなかった。何度だって鮮明に蘇るあの光景を思い出し、レセリカは身体を震わせる。
とはいえ、現状これ以上の手を打つことは出来ない。情報収集が得意だと彼には言ってもらえたが、呼んだだけで本当に来るのかはわからない。
そもそも、調べたいのは彼の一族についてやアディントン家についてだ。彼にとって危険な橋を自ら渡らせるのは戸惑われる。
「あの時に捕まるのを阻止は出来たから……大丈夫だとは思うのだけれど」
彼の安全のために調べたいが、事情が事情なだけに呼ぶわけにもいかない。
仕方がないと小さくため息を吐いたレセリカは、もう少し調べておこうと何冊かの本を抱えて自室に戻ることにした。
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