面会

 その夜、王の許可を得てギルバートはユリアの部屋を訪れた。

「ユリア様、兄君様がお見えですが」

「お兄様が?お通ししてちょうだい」

兄がきたという言葉にユリアがベッドから体を起こす。ギルバートが寝室に入るとユリアは嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「お兄様!お久しぶりでございます」

「ああ。少し痩せたかな?体調はどうだ?」

ベッドに腰かけたギルバートがそっとユリアの頬を撫でる。ユリアははにかむように微笑むと「大丈夫です」とうなずいた。

「皆様がとてもよくしてくださいます。今回のことも、お兄様たちには急なことで、ご迷惑ではありませんでしたか?」

「迷惑などではないよ。母上たちもお前に会えるのを楽しみにしている」

兄の言葉にユリアは嬉しそうに微笑んだ。

「私も、お母様やお姉様にお会いできるのは楽しみです」

「屋敷に戻ったらゆっくりするといい。明後日あたりには屋敷から使いがくるだろうから、今のうちにゆっくり休んでおきなさい」

「はい。ありがとうございます」

ユリアは優しい兄にうなずいて久しぶりに心からの笑顔を見せた。


 ギルバートがユリアの部屋を出て自分にあてがわれた部屋に向かっていると、向こうから王妃の侍女が歩いてくるのが見えた。

「ギルバート様、王妃様がお話があるとのことです」

「わかりました」

うなずいて侍女のあとをついていく。案内されたのは王妃の書斎だった。

「失礼いたします」

侍女に促されて書斎に入ったギルバートは王妃がソファに座っているのを見ると深く一礼した。

「お呼びだとお聞きしましたが」

「ええ。少しお話をしたくて」

うなずいた王妃はギルバートに向かいのソファを勧めた。

「カリン様はお変わりありませんか?」

てっきりユリアのことを聞かれると思っていたギルバートは王妃の口から母の名が出たことに驚いた。

「変わりありませんが、王妃様は母をご存知なのですか?」

驚いたように尋ねるギルバートに王妃は小さく微笑んでうなずいた。

「昔、パーティーで何度かお会いしてお話をしたことがあります。カリン様に、ユリア様は必ずお守りしますとお伝えください」

「王妃様は、懐妊したかもしれないユリアのことを受け入れてくださるのですか?」

ギルバートの問いかけに王妃は小さく微笑んでうなずいた。

「今後宮にいる方々は、わたくしに居場所をくださいました。人前でろくに話すこともできないわたくしは、本当なら王妃などという立場には相応しくないのに。それでも妃の皆様はわたくしにこのままでいいと言ってくださいます。陛下も、無理に変わらなくていいと言ってくださいます。ならば、わたくしにできることは陛下や妃の方々をお守りすることだけです」

こんなにたくさん話す王妃をギルバートは初めて見た。他の者たちが言うように王妃が影で妃たちをいじめていたり貴族たちを結託しているなどとは思っていなかったが、きっと話すことが苦手なのだろうとは思っていた。その王妃が今、ほとんど言葉を交わしたことがない自分にこれほどたくさん話してくれる。ユリアを守ると伝えてくれる。それはギルバートにとって驚きとともに安堵をもたらした。

「王妃様、ありがとうございます。ユリアの懐妊が確かなことになっても、王妃様のもとにあれば安心だと、今改めて思いました」

「ユリア様や妃の方々のためならば、わたくしはいくらでも悪役を演じましょう。陛下は本当は子どもが好きな方です。わたくしも妃の方々も、陛下のお子を身籠れぬことが悲しかった。けれど、ユリア様が子を生んでくださるなら、これほど嬉しいことはありません。これは妃の方々も同じです。嫉妬などありはしません。今までは表だって仲良くすることはありませんでしたから城に仕える者たちの間では色々と噂がありましたが、ユリア様の懐妊がわかれば別です。わたくしたちは必ずユリア様をお守りします」

王妃の力強い言葉にギルバートは立ち上がって深く頭を下げた。

「ありがとうございます。王妃様のお言葉、必ずユリアと両親に伝えます」

「カリン様とはいずれお会いしたいです。そのこともお伝えくださいね」

王妃からの言葉にうなずいてギルバートは書斎をあとにした。


「あのようなことを言ってよかったのかい?」

ギルバートが退室したあと、本棚の影から姿を現したのは王だった。ギルバートと話したいと言った王妃を心配して、王は本棚の裏に隠された小部屋で話を聞いていたのだ。

「陛下、ご心配には及びません。ユリア様の懐妊が公になり、ご出産となれば後宮も城内も今のままではないでしょう。わたくしも、変わらなければなりません」

「そうか。私はお前が悲しい思いをしたり苦しい思いをしないかが心配だよ」

そばに寄り添ってそっと抱き締める王を王妃は微笑みながら見上げた。

「わたくしは今までたくさん守っていただきました。陛下にも、妃の方々にも。わたくしもそれに甘えてきた。今度はわたくしが守る番ですわ」

「女とは強いな。妃たちも、今までとは顔つきが違っていた」

「守るものができて強くなるのは女も男も同じですわ」

王妃の言葉に王は驚きながらもクスクス笑ってうなずいた。

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