最後の町

 カスツール子爵の屋敷で昼食を摂った王たち一行は一休みすると子爵の屋敷を出た。

 広場では今日も店が並び賑やかだ。アガリア一座も中央で興行をしていた。

「陛下、次はどこに行かれるのですか?」

「次の町はそれほど離れていない。日暮れにはつけるはずだ」

「次の町の領主は私たちの叔母にあたる方なのですよ」

王の言葉に続いてキースが次の町について教えてくれる。王の叔母が領主と聞いたユリアは驚いてしまった。

「女性が領主をなさっているのですか?」

「叔母は独身でね。公爵の称号を得て、普段は領地にいらっしゃる。これでなかなか、男勝りな女傑だよ」

「王都の貴族など、叔母上を前にしたら何も言えないでしょうからね」

王とキースの言葉にユリアはますます驚く。カイルもその女性には会ったことがないらしく驚いた顔をしていた。

「父の妹君だが、父の後宮が荒れているのをいつも嘆いていらしたよ。一度後宮で王妃や妃たちを集めて嗜めたことがあって、それ以来叔母上の前でだけは皆大人しくしていた」

「それは、とてもすごい方なのですね」

呆気にとられてユリアがどうにか口を開く。王は苦笑しながらうなずいた。

「まあ、普段は優しい方だから。今回もユリアとカイルを同行させると知らせたら楽しみにしていると返事がきた」

王の言葉にユリアとカイルは神妙な顔つきでうなずいた。


 一行が最後の目的地、サージャの町に入ったのは日が暮れてからだった。家には灯りが灯り、食堂や酒を出す店は賑わっている。広場も明るくしてあり、店が並んで賑わっていた。そんな様子を眺めながら領主の屋敷に向かう。屋敷につくと、サージャの領主であり、王の叔母であるルクナ公爵が外に出て待っていた。

 公爵はドレスではなくズボンを穿いて男の装いをしていた。長い髪はひとつに結われ、その立ち姿は年齢を感じさせない凛としたものだった。

「ようこそ、サージャの町へ」

「叔母上、お久しぶりです」

馬車を降りた王が公爵に挨拶をする。キースも挨拶をすると、公爵は優しそうに微笑んだ。

「おふたりとも元気そうで安心しました。そちらが新しいお妃とキースの子息ですか?」

「お初にお目にかかります。ユリアと申します」

「カイルです。はじめまして」

ユリアとカイルが挨拶する。公爵はうなずくとふたりに一礼した。

「はじめまして。サージャ領主、ルクナ公爵エカテリーナといいます。我が領地への来訪、心より歓迎いたします」

「ありがとうございます」

「叔母上、ユリアとカイルは今回初めての遠出で疲れていると思います。休ませたいのですが、よろしいですか?」

王の言葉に公爵は微笑みながらうなずいた。

「応接室も客室も用意はできています。さ、中へどうぞ」

公爵の案内で一行は屋敷に入った。その際、護衛の騎士たちも一緒に入ったが、なぜか騎士たちは緊張している様子だった。


 公爵の屋敷は本人の気質をよく表しており、華美ではないが、質の良い調度品でそろえられていた。

 応接室も落ち着いた雰囲気で、ユリアはソファに座ると肩の力を抜いた。

「すぐに夕食にしましょう。その前に紅茶をどうぞ」

王の向かいのソファに座った公爵が言うと、すぐに侍女が紅茶と菓子の用意をする。侍女は目の前で紅茶を入れ、まず公爵に出した。公爵がそれを一口飲む。彼女がうなずいたのを見てから侍女は紅茶を人数分いれた。

 ユリアは侍女の行動を不思議に思ったが、王やキースが不思議に思っている様子はなかった。

「ユリア様には礼を欠いているに見えましたか?」

公爵がユリアを見て微笑みながら声をかける。ユリアはそんなにわかりやすく顔に出ていたかと恥ずかしくなってしまった。

「申し訳ありません。不思議に思ってしまって…」

「お気になさることはありませんよ。だが、ユリア様が不思議に思うということは、他の方々は自身で毒味をすることはなかったのですね」

ユリアの反応でこれまでの貴族の対応に気づいた公爵がすっと目を細める。王は苦笑しながら紅茶を飲んだ。

「毒味をしてくれる者のほうが少ないですよ。叔母上がいちいち目くじらを立てるほどのことではありません」

「陛下は相変わらずお優しい。ユリア様、王族をもてなす貴族は王族に出す飲食物に先に口をつけるという慣例があります」

「それは、なぜですか?先ほど毒味とおっしゃっていましたが」

「王族に出す飲食物は安全なものだ、毒など入っていない。つまりは王族への忠誠を示す行為ですね。貴族たちがこの慣例を知らぬはずはないのに」

そう言ってため息をつく公爵にキースは苦笑した。

「近頃はこの慣例もあまり一般的ではなくなってきましたよ」

「おや、そうなのですか?ときに陛下、王妃様やお妃様たちはご健勝ですか?」

「ええ、皆元気です。ユリアのことも可愛がってくれています」

「そうですか。それは何よりです」

後宮の皆が元気だと聞いて公爵が安心したように微笑んだ。

「陛下が父親に似なくてこれほど良かったと思うことはありませんよ」

公爵の言葉に王とキースは苦笑し、ユリアとカイルは目を丸くした。

「陛下たちの父上、私の兄ですが、本人は優しく穏やかで、王としてはよく国を治めましたが、後宮を管理することだけはできませんでしたからね。子どもの頃から頭が上がらない方を王妃に迎えたのは兄も彼女を慕っていたからでしょうけど、他の妃まで気の強い者ばかりで。あの中では兄が一番穏やかで大人しく女性らしかったですね」

血の繋がった兄妹だからこその辛辣な言葉に王とキースは思わず横を向いて吹き出してしまった。

「ですから、陛下が王妃様の他に妃を迎えると聞いて心配でしたけど、王妃様と争わない人をきちんと選んでいるようで安心しました。それに、お妃様たちのこともちゃんと慈しんでおられる」

「父の後宮で育ちましたからね。なるべく穏やかな女性を妻にと思うのは自然かと。キースには申し訳ないが」

「私の場合は仕方ない面もありましたから。それに、可愛い息子たちにも恵まれました」

キースがそう言ってカイルの頭を撫でる。公爵はその様子に穏やかに目を細めた。

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