旅芸人の一座

 翌日、朝食をすませて落ち着いた頃、子爵の屋敷に来客があった。それは昨日広場での祭りで声をかけた旅芸人の一座だった。訪れたのは座長の男と、同じ顔をした若い女がふたり、それと大男がひとりだった。

「アガリア一座、お召しにより参上いたしました」

座長が優雅に胸に手を当てて挨拶をする。ユリアとカイルは昨日の様子を思い出して目を輝かせた。

「今日も広場で芸を見せるのでしょう?わざわざありがとうございます」

「広場には他の者が行って興行していますからご心配には及びません」

ユリアの言葉に座長がにこりと笑う。座長は改めて自己紹介した。

「私はアガリア一座の座長、レイブン・アガリアといいます。後ろの双子はアイリとマイリ、大男はザガンといいます」

「ふむ。双子とは珍しいな」

「私たちは親に捨てられるところだったのを先代の座長に拾ってもらいました」

王の言葉にアイリが答える。その言葉にユリアは表情を曇らせた。

「辺境のほうはまだ貧しい場所がある。そういうところでは育てられない子どもを捨ててしまったりすることがあるし、双子は縁起が悪いなどという場所もあるな」

「よく、ご存知なのですね」

「知っていても改善できていないのだから私もまだまだ無能ということだ」

レイブンの言葉に王が苦い表情を浮かべて言う。するとアイリは首を振った。

「昔ほど貧しい場所は減りました。今は口減らしもほとんど行われておりません。双子が縁起が悪いというのは風習もあるのでなかなか変わらないかもしれませんが。国王陛下は決して無能ではありません」

アイリの言葉に隣に立つマイリもうなずく。王やキースばかりではなく、レイブンも驚いた表情をしていた。

「ありがとう。まさかそんなふうに言ってもらえるとはな」

「ふふ。私は兄上が無能とは思っていませんが、市井の人にそう評価してもらえるのは嬉しいものですね」

王が微笑みながら言うと、キースもにこりと笑ってうなずく。アイリはハッとした表情を浮かべると恥ずかしそうにうつむいた。

「すみません。勝手にベラベラと…」

「かまわない。私が各地の祭りをまわるのは、王都以外に住むものの声を聞きたいからだ」

「ありがとうございます」

うつむいてしまったアイリに代わってレイブンが礼を言って頭を下げた。

「ところで、お妃様はどのような話をお聞きになりたいのでしょう?」

「あ、はい。王都以外のことを聞いてみたくて。私は王都と父の領地以外行ったことがないので」

レイブンに尋ねられてユリアが答える。レイブンはうなずくとアイリとマイリを示した。

「では、このふたりがお話できると思います。私より同性であるふたりのほうが話しやすいでしょう」

「お気遣いありがとうございます」

レイブンの気遣いに礼を言ってユリアはアイリとマイリに微笑んだ。

「アイリさん、マイリさん、よろしくお願いします」

「はい」

「我々でよければ」

ユリアの言葉にふたりがうなずく。カイルも話を聞きたいとのことで、4人は窓際のソファとイスに移動して話し出した。


 4人が移動すると王はレイブンとザガンにも座るよう言った。

「では、おまえたちは私たちと話をしよう」

「陛下はどのような話をご所望ですか?」

イスに座りにこりと笑ったレイブンに王は微笑んだ。

「旅芸人とは各地を回るのだろう?領主や、貴族の屋敷に呼ばれることもあるのか?」

王の言葉にレイブンの表情がピクリと動く。レイブンが探るように見つめると、王は笑みを深めた。

「おまえは察しがいいな。私が言いたいことがわかるか?」

「領主や貴族の内情を知る機会があるか、ということでしょうか?」

レイブンの答えに王は何も言わずに、しかし満足そうに目を細めた。

「そうですね。祭りの時期以外では領主の屋敷や貴族の屋敷に呼ばれることもあります。パーティーの余興として呼ばれることがほとんどですが、パーティーには様々な方がいらっしゃいますから」

にこりと笑ったレイブンの言葉に王は静かにうなずいた。

「はるほど。では、各地で見たことを私に知らせてほしいと言ったら、それは可能か?」

「…それでは定期的に王都に興行に来なければならなくなります。それはなかなか難しい」

「定期的でなくてかまわない。そうだな。数ヵ月から半年に1度くらいではどうだ?他に気になることがあれば鷹を飛ばせばいい。もちろん、謝礼はする」

王の言葉にレイブンはしばらく考える素振りを見せたが、やがて深く頭を下げた。

「そのご依頼、お受けいたします」

「ありがとう。助かる」

レイブンの答えに王は嬉しそうに笑ってうなずいた。

「王都に興行にきたら私の耳に入るようにしておこう。私かキース、あるいはここにいるライルが忍んで訪ねるから、お前たちはいつものように興行をしてくれてかまわない」

「わかりました。というか、陛下自ら忍んで町にこられるんですか?」

「兄上はお忍びの常習犯ですよ」

レイブンの問いにキースが笑いながら答える。王は悪びれもせずに笑ってうなずいた。

「護衛はちゃんとつけているから心配するな」

「そういう問題ですか?」

思わず言ってしまったレイブンにキースと王はクスクスと笑った。


 アガリア一座は昼前に帰っていった。アイリとマイリから旅先の色々な話を聞いたユリアとカイルは終始楽しそうだった。

「ユリア、カイル、楽しかったか?」

「はい。とても色々なお話を聞きました」

「勉強になりました」

王の問いに笑顔で答えるふたりに、王とキースも穏やかに微笑んで目を細めた。

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